人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2017/09/20 (連載 第100回)

「三方よし」とOJL

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 iSRF通信のコラム“人財育成のツボ”を担当させていただいて今回がちょうど100号になります。1つの区切りとして“人財育成のツボ”を通して私が皆さんにお伝えしたかったことを整理したいと思います。

 「企業目的の達成、経営理念の実践のために“人財育成”をする」

 人財育成論を論じているとしばしば、「人財育成」そのものが目的として論じられることがあります。これまでの“人財育成のツボ”を振り返ると、OJL(On the Job Learning)についてかなり多くお伝えしてきました。読者の皆さんからすると、ともすればOJLそのものが目的のように展開していると感じられた方がいらっしゃるかもしれません。
 あることを達成するためにOJLという文化を定着させることが必要だ、という趣旨で「OJLとは?」そしてその具体的な手段を論じてきたつもりですが、読者の目線では、「OJLを目的とした手段を論じている」と。この辺りは、私自身が気を付けなければならないことです。

 「そもそも人財育成の目的はなんのために?」

 この大目的を皆さんと一致して考えていかなくては、目的達成のための手段としてのOJLの必要性を合意形成することができません。

 「企業目的の達成、経営理念の実践のために“人財育成”をする」

 これが大目的でしょう。

 それぞれの企業に独自の経営理念があり、その企業の存続の目的があります。個別に作成された理念ではあるものの、その根底には、「三方よし」の近江商人由来の精神が流れていることが多くの日本企業の特色ではないでしょうか。
 日本企業の特色ともいえる、「三方よし」の意図するところを確認しましょう。
 「三方よし」とは「買い手よし、売り手よし、世間よし」という、近江商人の活動の理念を表すものです。
 その原典は江戸時代中期の近江商人である中村治兵衛が孫に残した書置にあるとされ、そこには、「たとへ他国へ商内に参り候ても、この商内物、この国の人一切の人々、心よく着申され候ようにと、自分の事に思わず、皆人よき様にと思い」とあり、自分のことよりもお客のことを考え、みんなのことを大切にして商売をすべき、という風に書かれています。
(「三方よしを世界に広める会」の「近江商人と三方よし」より引用)

 なんのために事業を営むのか、自らの利益のみを求めることなく、買っていただく方に喜ばれる商品(サービス)をお届けすること、これが「買い手よし」、今の言葉で言えば、顧客満足度(CS)の追及が1つ目の理念です。
 次の「売り手よし」、この言葉の解釈が大変重要です。ここでは、売り上げ、利益といった「業績」の良さではなく、「お客さまに喜んでもらえる商品を提供することができた」、「人さまのお役に立つことができた」、「この仕事に携われて『良かった』という満足感。この事業に携わっている人たち、経営者も従業員も含めた満足、今の言葉で言えば従業員満足(ES)の追及が二つ目の理念です。
そして、「世間よし」。先ほどの「三方よしを世界に広める会」の文章を引用します。
 近江商人は、「三方よし」をモットーに、自らの利益のみを求めることなく、多くの人に喜ばれる商品を提供し続けました。そうして少しずつ信用を獲得していったのです。

 さらに彼らは利益が貯まると無償で橋や学校を建てたりと、世間の為にも大いに貢献しました。つまり三方よしとは「商いは自らの利益のみならず、買い手である顧客はもちろん、世の中にとっても良いものであるべきだ」という現代の経営哲学にも通じる考え方なのです。

 この「三方よし」の精神は現代の日常生活においても、相手よし 自分よし みんなよしという言葉に置き換えられる大切な考え方です。

 三方よしを世界に広める会では、この「三方よし」を多くの人に広め世界中が明るく幸せな世の中となることを願っております。
 世界にも誇れるこの日本の精神を経営理念のベースとしている企業が数多くあります。うれしいことだと思います。しかし、実践の度合いを問われると課題が残るといわざるを得ません。変化への対応の課題といえそうです。

 日本企業が高度成長期に世界的にも驚くほどの成長を遂げ、社会学者エズラ・ヴォーゲル氏による「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(原題:Japan asNumber One: Lessons for America)が1979年に出版され、日本の奇跡的な成長に世界の注目が集まりました。
 日本企業の強さは、「終身雇用制度」、「年功序列制度」、「企業内組合」という「三種の神器」によるものだ、ともいわれました。
 ところが、バブル崩壊とともに、日本経済は低迷し、その低迷から抜け出そうともがき、米国を手本に日本の伝統的な経営スタイルを次々と手放していきました。
 変えるべき習慣もあったのでしょう。しかし、日本流として誇りを持って続けるべき仕組みや制度もあったのではないでしょうか。

 そのことを問題提起しているのが、元花王社長の常盤文克氏の著書「人が育つ仕組みをつくれ! - リーダーとして一番に心得ること -」(東洋経済新報社刊)です。
 常盤氏は言います。
 ミンツバーグ教授が日本企業の現状に疑問を投げかけています。

 「かつての日本企業では、従業員は会社を愛し、会社も従業員を愛し、強い絆で結ばれていた。従業員たちは共に働き、励まし合いながら成長していく家族のような温かい雰囲気を持っていた。それこそが日本企業の強みだったのに、日本人はそれをどこかへ置いてきてしまった。組織の約40%を非正規社員が占めるようになり、業績悪化の際のコストの調整弁とするなど、米国企業同様に人材を単なる資源として扱うようになってしまった。今、必要なのは企業内のコミュニティシップだ」と。まさに我が意を得たりです。

 かつて、日本企業の集団は、ミンツバーグ教授が言う通り、コミュニティ精神にあふれていました。単なる仕事の付き合いを超えて、人の温もりのある集団だったのです。そこには働く喜びや幸せがありました。

 日本企業が失われた20年を漂流することになったのは、米国を見過ぎたために、コミュニティ精神を喪失してしまったからにほかなりません。
 米国をまね、過度に“個”に注目し、数値とりわけ“カネ”に着目した経営。日本の強みであった“集団思考”、「愛のある組織」、「おかげさま」の精神で結果(カネ)は後からついてくるものとしていた経営。
 OJLが必要だと思い、私がコラムに書き続けているのは、「日本の強みを生かした文化を再構築したい」との思いからです。
 常盤氏の著書よりもう1カ所引用します。「掛け算の集団をつくる」より
 企業は、一人の個人ではとても果たせないような大きな夢を追いかけ、その実現を目指して、10人、100人、1000人と集まって集団をつくっています。理想形は1+1が2になるのではなく、3にも4にもなるような集団です。それには「相加」ではなく「相乗」の関係をつくり上げることが大事です。(中略)

 相乗の関係をつくるには、個と個の繋がりが強く、個のスキルや個の知を一体化する事が必要です。個と個を繋ぐものは、集団としての共通の夢や思い、志です。

 それには、集団のリーダーが「きらめく旗」を掲げることです。リーダーは「わが社は○○を達成しよう」「わがグループは○○をつくろう」という大きな夢を描き、熱い思いを語り、高い志を持って全員が進むべき方向を明確に指し示すことです。一人ひとりの社員がリーダーの思いに共感し、志を共有し、共に頑張ろうと協働が起きる時、強い集団ができ、大きな力を発揮します。

 よく価値観を共有すると言いますが、集団で力を発揮しようという時には、価値観の共有だけでは物足りない。共有では共通の価値観を持っているだけです。これは、“静的”で行動を伴いません。“動的”な共振、共鳴、そして協働が必要です。リーダーの掲げる魅力あるきらめく旗が、いかに共振、共鳴、協働という行動を呼び起こすことができるかがカギとなります。 
 リーダーが掲げる「きらめく旗」の下、皆を率いていく。このようなリーダーを育てることが求められます。夢を描き、熱い思いを語り、高い志を持って取り組めるリーダー、そのようなリーダーを育てるためには、高邁な経営理念が前提になければなりません。「カネ」中心、数値中心のマネジメントではなく、理念や思いがきちんと議論できる文化を構築する必要があります。
 その文化をつくるために、OJLについてこれからも議論していきたいと思います。

“人財育成のツボ”第100号をお届けしました。初回が2009年6月でしたので、8年強続けさせていただいたことになります。iSRFの田口代表、森田事務局長には、継続して私のコラムを取り上げていただいたことに感謝申し上げます。また編集スタッフの皆さんには私の悪文を読める程度に見直し、校正の労をおとりくださっていることに感謝申し上げます。

 まだ、事務局から打ち切りの話を頂戴しておりませんので、今しばらく続けさせていただきます。

 最後に、読者の皆さま、お付き合いいただき、本当に感謝申し上げます。


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