人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2010/04/08  (連載 第10回)

「自ら考える」習慣を身に付ける(4)~ 価値観の違いを認め、合意形成する ~

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

前回記事 《「自ら考える」習慣を身に付ける(3) 「○○したい」という思いを大切にする》 はこちら


 前回記事で「やってみよう」という情緒を育てる職場が、「自ら考える」習慣を 身に付ける--と紹介しました。
 バンクーバーオリンピック(五輪)では、フィギュアスケートに日本中の関心 が集まりました。金色のメダルがなかったのは残念でしたが、日本から出場した 6人全員が入賞したことは素晴らしいことだと思います。

 このフィギュアスケートの採点基準は、2002年ソルトレークシティー五輪で不 正採点問題が起こり、その反省からより公正で分かりやすい評価ができるように と考案されたものだそうです。五輪では2006年トリノから採用し、毎年基礎点や 構成点について見直しをしています。現在は、構成要素の一つ一つを分かるよう に表示して納得性を高める努力をしています。

 フィギュアスケートのような採点型の種目では、この採点基準が命です。選手 やコーチは、採点基準を踏まえ、最高の得点が採れるように演技を構成すること が求められます。また、技術の進化や時代が求める要素を踏まえて、採点基準も 毎年見直しをすることが求められています。採点基準の明示が、最高のパフォー マンスを生み出す競技のベースとなっているのです。


 ビジネスの世界でも「案を評価する基準」を明示することによって、より質の 高い提案を生み、質の高い議論ができるようになる、と考えています。「やって みよう」という活気ある職場を作るため、担当者に改善や変革の提案を積極的に 行って欲しいと願うならば、まずは案の採否を決める「評価基準」作りを行うこ とをお勧めします。

 一人ひとりの価値観が異なる中で「良い案」を検討することは容易ではありま せん。自分にとっては良いと思える案も、上司にとっては不足している要素が あったり、観点が異なる案に見えることがしばしばあります。
 『日本型プロフェッショナルの条件』(安永雄彦著、ダイヤモンド社)では、 「視点や視座を少し変えるだけで、物事の見え方は変わります。良し悪しの判断 は個人の価値観や解釈によって決まるもので、それが唯一絶対的な見方ではあり ません」と述べています。

 案を検討する際は、案を導入する目的と成果、そしてコストや期間などの条件 を明確にすることが必要です。目的と期待する成果、諸条件が不明確なまま、 「思い切った提案をしてくれ」と言っても、案を考えることは困難です。それで も意欲のある担当者は、思いきった提案を出してくることがあります。その案を 見て、今度はマネージャーが「この案じゃ費用がかかりすぎる」「他部署の抵抗 が大きいからこの案を通すことは難しい」などと採用しない理由を並べ立てるよ うなことになると、その担当者は二度と提案することはなくなるでしょう。


 評価基準作りを最初に行って、合意形成を行うことは、大きく二つ利点があり ます。一つは、評価基準に照らして具体的に案を考えられるようになること。い くつかの案を出し合い、評価基準に従って案の判定を行うことができます。そし て、いくつかの案の良いところを組み合わせて、さらに良い案を考えようという ことにもつながります。そしてもう一つは、評価基準を議論することで上司やチ ームメンバーの「価値観」を確認することができることです。

 私が仲間と開発・普及を進めている「創造的実行プロセス」*)では、意思決 定ツールの中で「評価基準」を学ぶワークを取り入れています。評価基準は、 「期待成果」(最大化を図りたい項目、例えば売上増大効果が大きい)と「制約 条件」(最小化を望みたい項目、例えば案実施のコストが小さい)の観点から抜 け盛れ・ダブりのないよう列挙します。研修では列挙された項目を整理して10 項目程度に絞り込みます。絞り込んだ評価項目のウェイトを決めることが「評価 基準」のポイントです。

 このウェイトを決める段階でメンバーの価値観の違いが明確になります。コス トや期間を重視する傾向にある人は、制約条件に関連する項目のウェイトが高く なります。一方、期待成果の最大化を一番に考える人は、期待成果のウェイトが 高くなります。当然、前者の評価基準の下ではあまり大きな改善には着手できず、 後者の場合は、期待成果が高くなる一方でコストが高くなったり、期間がかかる ことにつながります。
 あらかじめ評価基準が明確になっていれば、担当者も安心して評価基準に照ら して最も効果があると思われる案を立案できます。


 評価基準を議論することが、互いの価値観の相違を認め、より良い案を作るこ とにつながる--。つまり活気ある職場、自ら考える習慣を築くことにつながる はずです。

    *)創造的実行プロセス:B-CEP(ビーセップ)と呼びます
       http://www.b-cep.com/b-ceptop.htm をご覧ください。


(※この記事は2010年3月17日に「iSRF通信」で配信された記事を元にWeb掲載用に編集したものです)


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