人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2019/06/20 (連載 第121回)

「人事管理」の仕掛けを「今」見直さないと、ヤバイ!

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 5月29日(水)~31日(金)までの3日間、東京国際フォーラムにて日本経済新聞社ならびに日経BP社の主催で「ヒューマンキャピタル2019」が開催されました。3日間で累計1万8000名を超える来場者があったようです。
 また、5月29日と30日の2日間、同じく東京国際フォーラムにて日経BP総研の主催で第1回「CHO Summit2019」も開催されました。
 私は、29日と30日は「CHO Summit2019」に参加し、31日は「ヒューマンキャピタル2019」の講演を中心に聴講しました。
 どちらもたくさんの来場者があり、人事に関するテーマへの関心の高さとともに、変化の激しい環境の中で各企業の人事部門担当者の方たちがヒントを得ようと訪れていたのかと思います。
 この3日間で私は、12の講演ならびに討論を聴講しました。

「人事管理」の仕掛けを「今」見直さないと、ヤバイ!
 この言葉は、学習院大学副学長 経済学部の守島教授が討論会の中で強調していました。守島教授は、経済産業省が今年3月にまとめた「変革の時代における人財競争力強化のための9つの提言」の座長を務めた方でもあり、日本の現状に対する危機感を抱かれていることが伝わってきました。

 なぜヤバイか?
 社会・経済環境の3つの大きな変化、「グローバル化」「デジタル化」「少子高齢化・人生100年時代」、この変化に適切に対応できていない。
 この変化の対応については、東京大学経済学部の柳川教授が「『技術革新の時代』の組織と人材のあり方」という講演の中でこのように話されていました。
 「日本は気づくのは決して遅くないんです。そして対策の方向性も間違ってはいない。ただいかんせん、その対策のスピードが遅いんです。その遅さゆえに、取り残されることにつながっています。」

 柳川教授の話をもう少し引用しましょう。
 柳川教授は、「グローバル化」「デジタル化」「少子高齢化・人生100年時代」の変化の中で取り組むべき課題を列挙して、あるべき姿を提言されていました。全体で13程度の提言がありましたが、ここでは6つ紹介します。

(1)人手不足の時代への対応
  •  AIによって人は余る。
  •  だが、これから必要とするスキルを持った人材は不足する。
  •  必要とする人材をいかに獲得するかが企業の課題になる。
(2)囲い込み戦略の限界
  •  優秀な人材を自社に囲い込み続けるのは不可能といわざるを得ない。それだけ、人の流動性が活発になったと考えるべき。
  •  人財投資をしても辞めていくのであれば、投資が無駄になる?そう考えて何もしなければ人が集まらない。人財投資をした人が外に出ていくということは、それだけ外から評価される人財が育ったということでもある。むしろ、喜ぶべきと考えよう。企業の魅力を高めて人を集め、その企業の中で活躍したいと思えるように、「惹きつける」企業になることが課題である。
(3)これからの企業に求められるのは「人材を惹きつける力」
  •  人を惹きつけるのは、「給与や肩書」ではない。
  •  「有意義な働き方+有意義な生活」ができるかどうかである。
  •  だから、「多様な働き方を用意する」、「必要な能力を身に付ける機会を提供する」「外に向かって開かれている組織であること」が重要である。
(4)多様で自由度のある働き方
  •  産業構造が急速に変化しているから、働き方の多様性も求められる。
  •  例えば、服や靴は自分に合ったものを選ぶ。それと同じように、企業も自分に合ったものを選ぶ時代になったと考えよう。
  •  人が組織に合わせる時代ではなくなった。一人ひとりにあった諸制度を用意することが求められている。
  •  人材不足だから、ますますこの傾向は顕著になるだろう。
(5)高齢者ではない働き方
  •  今の高齢者は、昔の高齢者とは異なる、ずっと若い、元気。
  •  未来の高齢者は、今の高齢者とは異なる、もっと若くて元気になる。
  •  そう考えて、組織をデザインする必要がある。
(6)多様な働き方
  •  何をどのように評価するか?これが課題。
  •  評価軸をどう作るか?
  •  これは経営思想と密接にかかわる。納得性のある評価項目を設定する
 ロート製薬山田社長の講演は、上記の柳川教授の課題提起を具現化している良い事例でした。
 ロート製薬では、「明日のロートを考える!」アークプロジェクトを発足されています。若い人中心にいろんな提案をしてもらおうと取り組んでいますが、そのメンバーから、「副業したい」という要望が上がりました。
 その要望を受け、ロート製薬では2016年に「社外チャレンジワーク」という名称で副業を解禁しました。副業は、届け出制として、許可制ではない点が特徴です。山田社長は、この副業者の時間管理について、「本人が自主的にやる時間外の活動には関知しない。関知すれば、関与することになる。」と明言していました。
 「管理しない」というのは、勇気がいることです。何か問題が発生すれば、管理責任を問われる可能性があります。しかしながら、トップがこのように明言することで「社員を信頼している」との意思の表明にもつながります。この話をしている時の山田社長は、自信に満ち、新しい時代に合致した会社にするぞ、との強い思いがひしひしと伝わってきました。

 現在副業の届け出をしている社員は80名強で、取り組んでいる内容やその目的についても話がありました。
 副業の目的が「収入を得るため」と「自己の成長のため」の2つに分類し、現状を確認すると後者の目的が100%となっています。副業に取り組んでいる内容も「仕事で得た技術を生かして起業」、「大学の講師や研究員としての活動」、「市町村の戦略顧問」、「スポーツのコーチ」等々いわゆる一般の企業に従事するような仕事はないのが現状とのことです。
 私は、現在の就業形態、労働法の下では、「副業はうまくいかない」と思い、副業には否定的な考えを持っていました。しかしながら、ロート製薬の事例を伺うと、「これならありだな!」と思うようになりました。

 山田社長は言います。
 「社外チャレンジワークは、社員が主体的に働く意識を持つことにつながっている。企業への従属という意識を無くすことが大事。一人ひとりの成長と自律、これが大事なことです。これからも新しい時代を創る人材を育てていきたい。」
 とても迫力のある新しい時代にマッチした改革の事例でした。
 トップ自らが人財育成ならびに諸制度に関与してしている事例もあれば、CHOが経営とコラボレーションしながら、様々な施策に取り組んでいる講演もありました。

 KDDI人事本部の白岩本部長の講演は、ご自身の経歴も紹介されながら大変迫力のある講演でした。
 白岩本部長は、現場の責任者から人事部長への異動発令を受け、青天のへきれきの経験をされたと言っています。人事に赴任して、まず「信頼される人事」を掲げ、現場からの信頼を得られるために様々な施策に取り組まれました。
 ここでは、具体的な施策よりも、白岩さんの考える人事部門の役割に触れたいと思います。

 CHOは、経営を支える重要なパートナー!
 まず、経営理念、ビジョンがあって、それに合致した人事施策を考える。
 世の中が変わってきたということで、いきなり人事施策をいじる会社がある。これではうまくいかない。先に経営のビジョンがあって、それに合致した施策を構築することが人事の役割。
 KDDIは、通信事業の会社から、ライフデザイン事業への転換を図っている。事業の転換に伴い、それに合致した人財を育てることが求められる。

 エンゲージメントを上げるのは人事の役割
 「全従業員の物心両面の幸せを追求する」をコンセプトに、社員が生き生きと働く風土・文化を醸成。具体的には、「健全な職場環境」「多様な働き方の実現」「生産性・創造性の向上」に取り組んでいる。

 自律的なキャリア形成
  • 自らのキャリアは、自ら考え、自ら作る
  • 人財シナジーの創出
  • 市場価値に基づく処遇
 これらの施策に取り組みながら、ライフデザイン事業への転換を図るKDDIの人財開発に取り組まれていることを熱く語られていました。
 「人事は経営のパートナー」、本当にそうだと思います。

 会社がどこに向かおうとしているのかをしっかりと把握した上で、ますます困難になってきた人財の獲得と惹きつける施策に取り組んでいくことが求められているようです。


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