人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2019/08/19 (連載 第123回)

マインドフルネスと般若心経

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 7月18日からの4日間第148回全英オープンゴルフが北アイルランドのロイヤルポートラッシュGCで行われました。68年ぶりに英領北アイルランドに帰ってきた全英オープンを制したのは、陸続きのアイルランド出身の32歳、シェーン・ローリーでした。
 英領の北アイルランドそしてアイルランドから多くのギャラリーが訪れ、最終18番ホールのグリーン周辺はまるでスタジアムのような大観衆につつまれていました。最終組のローリーが18番グリーンに向かうと、2位と6打差という状況もあり、優勝を確信した大観衆は「オーレ」の大合唱で彼を迎えました。
 「地元の選手が優勝するというのは、これだけ観衆を熱狂させる」と真夜中のテレビ越しにその光景を見ながら私も感動していました。テレビの解説の青木さんとゴルフキャスターの戸張さんも、「いいですねぇ。来年の東京オリンピックで日本人が優勝してくれるとこの同じ感動が私たちのものになります。ぜひ、そう期待したいものです」と、私も全く同じ気持ちになりました。

 アイルランドと北アイルランドは現在複雑な事情を有していますが、ローリーはインタビューで次のように答えています。「今夜は家(home)に帰れるんだ。今、僕はホーム(home)にいる。言ってる意味が分かるかい? ホーム(home)で勝つことができたんだ。地元の人たち(local people)と優勝を祝うことができるなんて、とってもすてきだよ」と、複雑な事情を越えて「地元」の選手として祝うことができたことも素晴らしい出来事でした。
(このコラムを一度書き終えてから、朗報が入りました。全英女子オープンで20歳の初海外、初メジャー挑戦の渋野日向子さんが優勝しました。樋口久子さん以来42年ぶりの日本人のメジャー優勝、いやぁ鳥肌が立ちました。感動です!)

 さて、人間は、この感動する「心」を持っています。
 「感動」は、人間の思考から生まれるのではなく、ある情景から、見たこと、感じたことを「心」が受け止めることによって、やってきます。
 この「心の状態」によって、私たちは「やる気」が高まったりあるいは下がったり、人との関係性も理屈ではなく、良くなったり悪くなったりもします。
 「心を良い状態にする」ことを目指して、現在「マインドフルネス」が注目され、グーグル、ゴールドマン・サックス、アップルなどで実際に取り組む例もでてきました。

 マインドフルネスを紹介する図書「マインドフルネス」(ハーバードビジネスレビュー編集部編 ダイヤモンド社刊)から引用します。
 現在、人工知能が陥っているドグマが二つあります。これを知ることは、ビジネスに人工知能を導入するうえでも重要です、一つは「人工知能は思考する存在である」ということ、もう一つは「良く思考すれば、良い行動ができる」ということです。現在の人工知能はこの二つの指針で作られていますが、この二つの思い込みこそが、人工知能と人間との差異を生み出しています。

 人間は様々な精神活動を行います。考えるだけでなく、希望し、不安になり、信じ、泣き、喜ぶ、などです。人間を模倣すると言いながら、現在の人工知能は頑なに「思考すること」のみにこだわります。もう一つは「思考の高度化が必ず良い結果をもたらす」という考え方です。この考え方は一見正しく、正しくない。紀元前四世紀の中国の思想家、荘子はこの考え方を否定しました。人間の知はしょせんちっぽけな知であり(小知)、それを使い切ったところで高々知れており、過信して使う方にこそリスクがある、と説きました。

(中略)

 「世界の流れを感じて、身を任せよ」と荘子は言います。時には我々は意識で考えたことではなく、自分自身の無意識が感じ取って考えていることに耳を傾けることも必要なのです。「マインドフルネス」が提示するのは、そのような自然状態への回帰なのです。
 上記の文は、同書の冒頭「日本語版に寄せて」で日本デジタルゲーム学会の三宅理事が寄稿した文章の一節です。三宅さんは「マインドフルネスは時代の要請から生まれた」と言っています。

 人間の幸せの一つは、心と体のすべてを使って、目の前の仕事に集中している(できている)時であるものの、実際には様々な要因があって集中力が散漫になり、隙間のない忙しさが人間を疲弊させていく、そんな時代だからこそ、マインドフルネスが必要なんだと三宅さんは説いています。

 3章「グーグル、ゴールドマン・サックスはなぜマインドフルネスに取り組むのか」から引用します。
 重責を担うリーダーにとっては、次のことが特に重要となる。重大な意思決定に際し集中力を発揮して思考を明瞭にすること。組織を変革するにあたり創造性を発揮すること。顧客と従業員に思いやりを持つこと。そして自分らしさを貫く勇気を持つこと。

 集中力、明瞭な思考、創造性、思いやり、勇気、これらこそ、私がともに仕事をし、教え、メンタリングを施し、インタビューした「マインドフルなリーダー」たちが持つ資質である。これらはまた、今日の卓越したリーダーたちに、多くの困難に立ち向かう再起力と、長期的な成功を目指す決意を与える。本当に違いをもたらすのは -これは単純なようで多くの企業幹部が気づいていないことだが-思考を明瞭にする能力、そして最も重要なチャンスに集中する能力なのだ。

 では、マインドフルネスの状態にするためにはどのような訓練が必要でしょうか?
 アップルの創設者であるスティーブ・ジョブスが禅に取り組んでいたのは有名なことです。禅に取り組み、様々な雑念を排除して「無」の状態にすることが一つの方法です。前述の図書では、マインドフル瞑想が、短時間で創造性を高めることにつながるとして、以下の瞑想の方法を紹介しています。

(1) 邪魔の入らない場所を見つける

(2) 楽な姿勢で座り、タイマーをセットする(10分から12分で十分)

(3) 静かに目を閉じる

(4) 今、何を経験しているかを自問し、自分の感覚、気持ち、思考を観察する

(5) 自分の体に注意を向け、椅子または体に接している部分に意識をしばらく集中させる

(6) 腹部に注意を向け、自分の気持ちを観察する。呼吸のたびに腹部が膨らんだり、へこんだりする様子に集中する

(7) 呼吸をそのまま変えずに、しばらく自分の呼吸を観察する

(8) 心が自然にさまよい始めることがある

(9) 心ここにあらずという状態に気づいたら、それを「自覚した瞬間」と受け入れ、再度呼吸に注意を戻す

(10) 全身に注意を向け、姿勢と顔を観察する、それができたら(またはタイマーが鳴って仕事に戻る時間が来たら)、目を開く

 上記のような瞑想などのマインドフルネス手法は、創造的な問題解決に必要な3つのスキルを向上させると紹介されています。

(1) マインドフルネスは発散思考のスイッチを入れる。言い換えれば、瞑想によって新しいアイデアに心が開かれる

(2) マインドフルネスの練習は注意力を高めるため、アイデアの斬新さや有用性に気づきやすくなる

(3) 疑念にとらわれたり挫折に直面したりした場合に必要な、勇気やレジリエンスを育む。イノベーションには失敗や挫折がつきものなので重要な要素である

 人間にあって、現在のAIでは未開拓な分野「心」の問題、今後ますます発展していくAIと私たち人間がうまく付き合っていくためには、この「心」の部分の強化がますます必要に思います。

 上述の瞑想も一つの方法ですが、私はこの本を読んでいるうちに、「般若心経」が思い浮かびました。そこで今年7月に発行されたばかりの「心があったまる般若心経」(白林禅寺住職武山廣道監修、リベラル社刊)を手に取りました。
 般若心経に関する本は、過去にも何度か手にしていますが、この本はとても分かりやすく、親しみの持てる解説に満ちていました。冒頭の紹介を引用します。
 般若心経は日本で最も親しまれているお経です。その教えを一言で表すと「あらゆることへのこだわりや執着をなくす」こと。そうすることで本当の心理へ近づくことができ、誰も幸せに生きられるのです。
 般若心経の本文は、僅か262文字。その中で「無」が21回も用いられています。文章は短いのに多くの教えがそこに描かれています。
 まさにマインドフルネスへの道がそこに描かれていると思いました。
 このコラムを契機に私自身のマインドフルネスへのチャレンジとして、般若心経の「読経」と「写経」に取り組みはじめました。
 さて、いつまで続くことやら?自分の煩悩としばらく格闘してみます。


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