人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2010/05/13  (連載 第12回)

3つの仮説

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

「『終身雇用』『年功主義』を望む安定志向が強まる」
 これは、2010年度新入社員「会社や社会に対する意識調査」(日本能率協会) の調査結果です。(詳細は↓)
http://www.jma.or.jp/news_cms/upload/release/release20100419_f00091.pdf
 この中で注目するのは、「定年まで勤めたい」とする回答が2006年度は27.2% だったのに対し、2010年度は50%まで増えたことです。

 バブル経済期にリクルート社が「第二新卒」なる言葉を生み出し、入社しても すぐに辞めることを歓迎するような風潮が生まれました。折角入社した会社にも かかわらず、ちょっとした嫌なことがあると(それが本来自分が克服すべき試練 であったとしても)すぐに会社を辞めて転職することが可能な時代になりました。
 青い鳥症候群といわれたこの兆候は、新入社員が生み出したことではなく、人 手不足に悩む企業のニーズを捉え、リクルート社に代表される就職会社が生み出 したことです。このような社会現象が、日本の代表的な労働スタイルである終身 雇用を崩壊させ、転職することに抵抗のない社会を生み出してきました。

 ところが、経済の停滞が続き、とくに雇用にとっては厳しい時代が続く中で、 上記のとおり転職志向は年々低下し、今年はついに半数が「定年まで勤めたい」 と回答する「終身雇用」を望む安定志向に戻りました。昨年4月にリクルート社 の「リクナビNEXT第二新卒」サイトが休止になったことは、象徴する出来事 と言えるでしょう。
 このことは、人事部門や人材育成部門にとっては歓迎すべきことだと思われま す。新人教育や職場教育では、多少の厳しさが必要です。

 「厳しさを肌で感じ、自分の弱さと向かい合い、石にかじりついても我慢し、頑 張ることでその弱さを克服する」
 この試練を乗り越えることが、成長には欠かせません。
 終身雇用の風土は、この試練を乗り越える強さにつながると筆者は考えます。 調査結果を見て、その風土が復活する良い傾向だと、最初感じました。しかし、 前号で紹介した調査結果と並べて考えてみると疑問が浮かびます。

 前号では、昨年の新入社員を対象とした調査結果(日本生産性本部)として 「就社よりも就職を望み、自立した社会人として仕事での専門性を発揮したい」 を紹介しました。
 「職業を選び、その道のプロとして成長したい」と考えている若者が、一方で 「終身雇用、年功序列」を望んでいる事実。
 これは、矛盾しているのではないか?と
 「就社でなく就職を望むのならば、終身雇用を望むことに矛盾がある」 「その道のプロとして成長したいと望むならば、一層の実力主義を望むのが普通 ではないか」

 なぜ、このような矛盾する回答が出てきたのでしょうか?そこで、この矛盾を 解き明かす仮説を3つ立ててみました。

【仮説X】

 日本人本来の安定志向が、終身雇用・年功序列を望み、グローバル社 会への対応として職業意識が高まった結果であり、両者に矛盾はない

【仮説Y】

 人間には強い面と弱い面がある。職業意識の高まりは、自ら未来を切 り拓こうとする強い面であり、安定志向は荒波に呑み込まれたくないとする弱い面である

【仮説Z】

 ゆとり教育世代の彼らは、言われたことをやって、毎年昇給がある年功序列型の終身雇用を望んでいる。職業志向が強い回答は、リストラや雇用の厳しい社会での防衛本能からでたものである


 それぞれの仮説の根拠は次のとおりです。

【仮説Xの根拠】

 日本人は生来農耕民族であり、個人主義よりは集団主義を前提として社会の 営みを考える。属した集団の中での自分の役割を認識し、集団の中で認められたいという願望がある。
 集団においては、礼節を重んじることが文化として根付いており、上司や先輩を敬う心を有している。
 これらの性向が、終身雇用・年功序列を前提とした雇用システムを望み、個人同志が競い合う実力主義を敬遠する傾向にある。成果に対する金銭的な裏付けは必要条件とはなるが、十分条件とはならない。
 一方、混沌として技術変化の激しい社会の中で「自己実現」を目指すならば、専門職能を持つことが必須になる。専門職能を持つことで集団の中で役割を発揮し、集団に認められることが「自己実現」になると考えている。
 よって、終身雇用・年功序列を望む一方で専門職能を高めたいとする調査結果は、前向きで自立心が高い彼等(2010年新入社員)の素直な気持である。

【仮説Yの根拠】

 彼等は新しい時代が確実にやってきていることを肌で感じている。同時に今 の大人達は、古い習慣の中で育ち、その慣習から抜け出せないでいることも感じている。
 「この状況から抜け出し、新しい社会システムを作るのは、自分たちが中心 とならざるを得ないだろう。自分の強みを見つけ、専門職能として磨くことで、 社会に貢献する存在となりたい。」と前向きな思いが、職業志向を高めている。
 しかし、人間は弱い。現在の不安定な社会の中で自らの道に責任を持って挑 もうとすることなど無謀だと感ずるのが自然である。事業縮小やリストラの話 題が日々流れている中で、「荒波に呑み込まれたくない」と考えている彼等が いる。将来を悲観的に考える時、彼等は「多くを望まず終身雇用、年功序列の 安定した環境の中に身を置きたい」と考える。
 よって、未来に対して希望を持ちたいとする内的な声が、「専門職能を高め 自立できる人間として成長せよ」と言い、未来に対して悲観的に考える内的な 声が、「終身雇用・年功序列の安定した企業に勤めていたい」と言っている。

【仮説Zの根拠】

 学校教育では、「考えること」よりも「覚える」ことが優先され、試験は4 択、答えを覚えることが勉強だった。そんな「ゆとり教育」の中で育った彼等 は、教えてもらう、導いてもらうことが当たり前の生活を過ごしてきた。自分 で何かを切り拓くような大それたことを考えるような教育は受けていない。
 そんな彼等は、就職活動を通じて社会の厳しさを肌で感じた。仲間の2割は 就職につけず就職浪人するものもいた。「10年後の日本社会はより良い社会 になっているか」と聞けば半数が「なっていないと思う」と回答するほど悲観 的な思いに包まれている。
 「せっかく入った会社だから、何とか定年まで勤めたい。多くを望まないか ら、年功序列で少しは給料が上がって欲しい」と考え、「でももしもの時に備 え、手に職をつけておかなければならない」正に防衛本能から、専門職能を磨 こうと考えている。


 さて、どの仮説が正しいのでしょう?仮説を検証する必要がありますが、どの ように検証すればよいでしょうか?
 これらの仮説は、未来を予想するものであり、発生した問題の原因究明のよう に現時点で検証できる仮説ではありません。

 例えば10年先に新入社員がどのように育っているかで結果が分かります。仮 説Xが正しかった時の2020年と、仮説Zが正しかった時の2020年では、 世の中の状況は随分違うことになるでしょう。
 村上春樹氏の1Q84的に表現すれば、2X20年、2Y20年、2Z20年 が存在し、2010年に入社した人たちを主役としてスポットを当てると 2X20年の彼等が眩しく輝いて見えます。

 2X20年、2Y20年、2Z20年あるいは2?20年のどれになるかは、 主役である2010年に入社した社員自身の気の持ち方次第です。その彼らの 「気持ち」に影響を与えるのは、人材育成部門あるいは職場の上司、指導員です。 影響を与える人たちの彼等に対する先入観が、最も影響を与えることになります。

 親が、「お前は駄目な子だ!駄目な子だ!」と繰り返し言うことで駄目な子が 育ち、「お前は優しい子だ!優しい子だ!」と言い続けることで優しい子が育つ ように、

 ・ 仮説Xの先入観で、新入社員を迎えた職場は、2X20年を形成し、
 ・ 仮説Yの先入観で、新入社員を迎えた職場は、2Y20年を形成し、
 ・ 仮説Zの先入観で、新入社員を迎えた職場は、2Z20年を形成します。

 5月という時期は、新入社員にとっては成長のステップを踏む上で試練を迎え ることが多い時期かと思います。新入社員と関わる先輩社員たちが、暖かいポジ ティブなメッセージを発信し続けることで、彼等は試練を乗り越え、明るい未来 を築くことにつながるのだと思います。


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