人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2010/06/15  (連載 第13回)

「想う心」が大切な時代

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

「色受想行識」
 ─── この5つの文字は、人間を構成する要素を示しています。これを五蘊(ごうん) といいます。般若心経にも出てくる仏教の教えの一つです。
 人間を構成する要素とは、体と心になりますが、体を「色」といい、心を4つ の段階に分けて「受想行識」で表しています。つまり、「受」は「受けとめる心」、 「想」は「想う心」、「行」は「行う心」、「識」は「認識する心」です。
 受想行識の4つの心を順番に見ていくと、私たちが問題解決をするプロセスそ のものであることに気づきます。次のように展開するとより明らかになります。
 

受 : 受けとめる心 「あるがままを受けとめる」 「現状を知る」
想 : 想う心 「この状態(現状)をどうしたら良いかと想う」 「あるべき姿(目標)を描く」
行 : 行う心 「今の状態からあるべき姿に向かって行う」 「目標に向かって実行する」
識 : 認識する心 「どこまでできただろうかと振り返る」 「目標の達成状況を確認する」


 目標の達成状況を確認したら、また「受」に戻り、改善のスパイラルへと続き ます。2千年以上も前に仏教では、人間にはこの4つの心があると説いていたの です。筆者は、問題解決法を仲間と開発し、普及を続けていますが、この言葉に 出会って目から鱗が落ちる思いでした。
 問題解決には、合理的なプロセスが必要です。私たちが古くから習い、伝えて きた仕事のサイクル「PDCA」もそのプロセスの一つです。プロセスつまり手 順を踏めばうまくいくかというと、必ずしもそうはいきません。
 人間の心が、問題解決の結果に大きく影響します。

 よく「心を一にして」と言いますが、集団で問題解決に取り組む時に、心を一 にできた時は、良い結論が導き出せる可能性が高くなります。プロセスは、問題 を合理的に解決するのを支援する手段にすぎません。手段を使う目的が明確な時 には、心を一にして各プロセスを踏むことができますが、目的が不明確だと思い 思いの心が働き、決して良い結論に到達しません。
 鳩山政権の崩壊は、「思い思いばらばらで、心が一になれない状態」であった ことが原因だと言えます。

 「受想行識は、それぞれ独立した心である」とするならば、問題解決に心の部 分を組み合わせることが可能になります。
 「まず『受けとめる心』を使って、皆で現状の洗い出しをしよう」と始めます。 この段階では、列挙することが重要ですから、「抜けもれなく」あらゆる角度か ら現状の問題・課題を抽出します。いろんな価値観、視点で広範囲に点検するこ とが「受」の段階です。
 鳩山政権で唯一評価された活動「事業仕訳」は、この「受けとめる心」で抽出 し、結果を判定していたといえます。

 現状が明らかになると、「想う心」を使います。「あるべき姿(目標)を描く」 段階です。日本に限らず先進国の全てが今、このあるべき姿を描けずに苦しんで いるように思えます。
 連立政権は、もともと「想いの違い」があったにも関わらず、数合わせのため に連携しただけだったことが、普天間基地の問題で違いが鮮明になり、社民党は 政権を離脱することになりました。普天間基地の問題は、「想う心」を使わず、 いきなり「行う心」を使った例といえるかもしれません。
 そもそもどこに行こうとしているかの目標が見えないまま、「基地を何処にす るか」という手段ばかりが議論されていたように受け取れます。目的が明らかで ない議論のために、心を一にすることができなかった典型例といえます。
 政治の批判をここでするのが目的ではありません。今、私たちは環境変化の激 しい社会の中で「想う心」の発揮が難しい時代を迎えています。そんな難しい時 代だからこそ、「想う心」を皆で研ぎ澄ますことが求められているとお伝えした いのです。

 目的を明確にしないまま、手段に取り組む例は数多くあります。今、多くの企 業で運用の見直しを進めている「目標管理制度」も本来の目的から離れ、目標が 曖昧になった例といえます。
 もともとは、企業並びに人の成長を長期的な視点でとらえる目的があった制度 でした。ところが、いつの間にか短期的な売上や利益の業績数値をあげるため、 手段として活用が進み、人の心の面を軽んじた運用になっていったことが要因と して挙げられます。
 目標管理の提唱者であり20世紀最高の経営学者ともいえるP.F.ドラッカー 博士は、「マネジメント」で次のように述べています。
「仕事の生産性をあげるうえで必要とされるものと、人が生き生きと働くうえで 必要とされるものは違う。したがって、仕事の論理と労働力の力学の双方に従っ てマネジメントしなければならない。働く者が満足しても、仕事が生産的に行わ なければなければ失敗である。逆に仕事が生産的に行われても、人が生き生きと 働けなければ失敗である」

 また次のようにも述べています。
「マネージャーの役割は、そのあらゆる決定と行動において、直ちに必要とされ ているものと遠い将来に必要とされるものを調和させていくことである。いずれ を犠牲にしても組織は危険にさらされる。今日のために明日犠牲となるものにつ いて、あるいは明日のために今日犠牲となるものについて計算する必要がある。 それらの犠牲を最小にとどめなければならない。それらの犠牲をいちはやく補わ なければならない」
 仕事の論理と労働力の力学、今日必要なことと遠い将来必要なこと、どちらも トレードオフの関係にあり、そのバランスをとることがマネジメントの仕事だと ドラッカー博士は言っています。

 組織の目標を決める上では、このバランスを大事にしなければなりません。混 沌とした時代の中で、模範となる目標や正解を見いだすことは困難です。そのよ うな中でもマネジメントは意思決定をしなければなりません。
 一人のリーダーが目標を指し示すのでなく、多くのメンバーが忌憚のない意見 を述べ合い、「想う心」を一にして合意形成することが求められます。「想う心」 が一にできたのなら、「行う心」に迷いはなく、客観的に「認識する心」で振り 返ることができます。だからこそ、今「想う心」が大切な時代だと思います。
 
 菅新首相は、就任会見で「官僚の知識を生かしながら政策を進めていく内閣を つくっていきたい。政と官の力強い関係性をつくっていく」と語りました。皆の 心を一つにして日本の明るい未来を構築することを期待したいと思います。

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