人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2010/09/15  (連載 第16回)

クラウドコンピューティング時代に求められるIT人材

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 8月16日、経済産業省より「クラウドコンピューティングと日本の競争力に関する研究会」報告書が発表されました。

  (報告リンク⇒ http://www.meti.go.jp/press/20100816001/20100816001-3.pdf

 既に確認された方も多いことと思います。クラウドコンピューティングの進展を「クラウド革命」と捉え、興味深い報告となっています。この報告書から、次の点を取り上げ、既に始まっているクラウドコンピューティング時代に求められるIT人材を考察したいと思います。

「システムインテグレーション事業者の構造変化」(報告書26ページ)

 「システムインテグレーション事業者(SIer)は、受託開発システム市場が標準化されたクラウドサービスに代替されることによって大きな構造変化に直面する。
 大手元請け業者は、クラウドサービスをポートフォリオに組込んで、企業内システムとクラウドコンピューティングのハイブリッド連携を構築するとともに、受託開発部分についてソフトウェアエンジニアリング手法を活用した合理化やアウトソーシングを活用して一層の効率化を追求し、クラウドコンピューティング部分は既存ソフトウェア資源をプラットフォーム化してクラウドサービスとして提供する。
 クラウドコンピューティングを活かすための利用者側の事業プロセス改革に参画し、業務プロセスのソーシングを引き受けることで、受託開発システム市場の減少分を補って余りある事業機会が生まれる。  また、クラウドコンピューティングを活かした社会システムを機器メーカやユーティリティ事業者と一体となって構築して海外展開するといった、事業機会も生まれよう。」


 報告書は、クラウド革命を「我が国のシステムの特徴である高信頼で、きめ細かなサービスを武器として、国内企業が海外市場を開拓する千載一遇のチャンスと捉えることができる」として、前向きで明るい未来を実現するためのロードマップも展開しています。

政府レベルの対応で遅れる日本

 ITに関する雑誌やWEBニュースは、連日「クラウド」のキーワードを前面に持ってきています。日本のクラウド事業もいよいよ普及期に突入した感があります。しかし、報告書が述べるような千載一遇のチャンスといえるでしょうか?

 米国では、連邦政府のCIOに34歳という若いクンドラ氏を任命し、政府のITコストの削減に寄与することをミッションに取り組んでいます。民間企業では、オラクル社がサン・マイクロシステムズ社を買収、インテル社は約6500億円でマカフィー社を買収するなど新しい時代に向けた再編が進んでいます。韓国では、クラウドコンピューティング政策のビジョンと目標を明示して、国レベルで取り組み、シンガポールでもIntelligent Nation 2015 Master Planによる国家のIT戦略に取り組んでいます。

 一方日本の取り組みはどうでしょうか?
 今回の報告書のような提言はなされているものの、政府の取り組みに関しては、かなり遅れているようです。例えば、地方自治体の情報システムに関して、韓国では市郡区の自治体は政府が作った自治体共通システムを利用しています。日本は、国としての統制がないまま各地方自治体が各ベンダに発注しています。ITベンダにとっては売上の面で大変ありがたい状況ですが、国の支出から考えると「無駄」が発生しています。また、統制も困難にしています。

オープン化の二の舞を演じるな

 今の状況は、1990年代前半に起きたオープン化の波に似ていると感じます。多くのITベンダは汎用機中心のシステム開発にこだわり、オープン化への対応が遅れました。やがて、ITバブル崩壊により、大幅なリストラを余儀なくされ、回復までの時間を要しました。オープン化の対応で遅れた日本は、蓋をあけると外資がIT市場を席巻し、日本のIT業界は学生から3Kと呼ばれる不人気な業界に凋落してしまいました。

 今回の「クラウド革命」も確実なことが一つあります。報告書にもあるように「受託開発システム市場は減少する」ことです。
 「受託開発」の文化は、要求仕様を顧客から提示してもらい、いわば言われたことを着実に作ることがミッションでした。ITバブル崩壊前は、顧客とメーカーの結びつきが強く、ハードが高額だったこともあり、無償でSEが顧客先に常駐し、要求仕様を顧客とSEで一緒に考える習慣がありました。

 ところが、ダウンサイジングでハードが安くなり、無償SEの配置が困難になったため次のようなことが起こりました。請負化の進展で損害賠償リスクが発生するため、要求仕様に記載されていない要求には「仕様追加」「仕様変更」というシビアな対応が求められ、「言われたことしかやらないITエンジニア」が増えてしまったのです。顧客との結び付きも希薄にならざるを得ない状況が生まれました。

 顧客は「言われたことしかやらないITエンジニア」を求めていません。クラウドコンピューティングによるサービスの充実度が増せば、受託開発型のシステム開発はますます減ることになるでしょう。

 といっても、既存のシステム(オンプレミス)がすぐに消滅するわけではありません。クラウドに適した業務、オンプレミスのまま維持するシステムの判断が顧客にとって重要になってきます。さらに、技術の急速な進展に対し、顧客の判断はますます難しくなります。顧客は、自社の業務知識とITの専門知識を備えたITエンジニアのアドバイスを求めています。

ビジネスアナリシスの知識が必要

 報告書にあるように、「クラウドコンピューティングを活かすための利用者側の事業プロセス改革に参画し、業務プロセスのソーシングを引き受けること」ができるITエンジニアを顧客は求めるようになるでしょう。

 「顧客の事業は何か」
 「何を方針としているのか」
 「今回相談してきている問題の本質、目的は何か」
 「目標は何か」
 「課題を解決する手段として、ITが果たす役割はどこか」
 「その役割を実現する最適案は、何か」

 これらの問いに答えるのは、ビジネスアナリシスの分野です。ビジネスアナリシスの知識は、顧客自身も必要ですし、これからのITエンジニアにも必要になります。

 革命というほどの変革が起きている今、ITエンジニアも顧客もすべての人が「事業の目的・目標」をいつも念頭に置き、その目標を達成するための手段を選択する「方法論・知識」を身につけた上で、本業のスキルアップを図ることが、求められていると思います。

 ビジネスアナリシスに興味を持たれている方は、以下のページをご覧になると参考になります。

・IIBA日本支部ホームページ  (http://www.iiba-japan.org/about.php#aboutBA
・ITPro 超上流の知識体系、BABOK全解説
  (http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20100824/351414/?ST=babok

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