人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2011/11/15  (連載 第30回)

「黙れ」と言えばいい

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 東京都が東北以外の自治体で初めて、東日本大震災で発生した災害廃棄物(が れき)を受け入れて処理を始めたことに対し、都民らから反対の声があることに ついて、石原慎太郎知事は4日の定例会見で「(放射線量などを)測って、なん でもないものを持ってくるんだから『黙れ』と言えばいい」と語った。

 都知事のこの発言について多くの賛同がありました。私もこの「黙れ」発言に は、久しぶりにすっきりしたような、心地良い響きを感じました。

 同時に「こう言い切るには勇気がいるな」とも思いました。

 案の定、ネットで確認すると賛同と共に痛烈な批判も書き込まれていました。 もし、批判的な意見をマスコミが取り上げ、批判を助長するような記事を書いた とすれば、石原都知事や橋本府知事のように自分の意見をはっきり言える首長で もない限り、その発言を機に辞任につながっていたかも知れないと思いました。

 「自分の意見をはっきり言う」ことを奨励する一方で、「言い方」に気を配れ とも私たちは言います。随分難しいことを言っているな、と改めて感じます。こ の難しさゆえ、言いたいことが言い難い文化が出来上がったのかも知れません。 この石原発言を聞いたとき、最近あった2つのことを思い出しました。
 

---◇---◇---◇---◇---◇---◇---◇---


 一つ目は、近所のスーパーに勤めるあるパート社員の愚痴です。そこは、小規 模店舗にありがちな人繰りで苦労しているスーパーでした。彼女は言いました。

「お孫さんがいるパートの人の勤務が不安定で店長と社員が困っている」
「どうしたの?」
「娘さん一家は車で30分くらい離れたところに住んでいて、お孫さん可愛さか ら、しょっちゅう面倒をみているの。それはいいの。でもここのところ、パート 勤務日の朝、やれ『お孫さんの具合が悪いので病院に連れて行く』『娘の体調が よくないのでお孫さんを保育園に連れて行く』と言っては突然の欠勤を申し出。 それを聞いては店長が別の人をアサインするのに大わらわしている。私も協力で きるときはしているけど、正直彼女のために私の休みを振り回されるのは嫌だわ。 もう1年近く続いて、苦しいときの何とかでいつも借り出されていた社員の休み が少なすぎると、今度は本社から改善指導を受けたと言うから笑えない」

 このようなパートさんがいる店の店長さんは、大変です。皆さんが、この店長 なら、そのパートさんになんて言いますか?

 最近は、ダイバーシティマネジメントだとか、個の価値観を尊重する風潮が高 くなり、ある種「わがまま」を受け入れる時代になってきたのかも知れません。 このパートさんの場合は、お孫さんかわいさが一番、仕事は二の次。本人からし てみれば、有給休暇の範囲で休暇を申し入れているので自分は悪いことはしてい ない、との思いがあるようです。有給休暇という権利からみれば本人の主張は正 しいかも知れません。しかし現実的には、突然の休暇申請に店長は人繰りで苦労 し、他のパートは折角の休みを降りまわされ、文句の言えない社員は献身的に努 力しています。しかもその結果、本社から改善指導をもらっている、周りに害を 及ぼしているのは明白です。

 私が店長の立場なら、そのパートにこう言いたいと思います。

「個の権利の前に責任を果たせ!周りに迷惑をかけるな!」

 でも現実には面と向かって言えるでしょうか?あまり自信はありません。
 

---◇---◇---◇---◇---◇---◇---◇---


 さて、もう一つの出来事は、私が30代のリーダー層を対象にした「リーダー シップ強化研修」を担当していたときのことです。このリーダーシップ強化研修 は、リーダーのあるべき姿を定義して、現在の自分の姿と照らし合わせ、そのギ ャップをどうやって埋めていくかを考える2日間の研修です。

 いくつかのテーマを提供して、グループ討議中心に話し合い、そのテーマにつ いての深堀と気づき、そして自身の行動変容を促すことを狙いとして進めていま した。討議の中では、まずお互いの体験を語ります。ある人は失敗体験を、また ある人は失敗体験を乗り越え改善してきたことを披露し合うことで、気づき、自 分自身の行動変容につながるようファシリテートするのが、私の役割です。

 この日の研修も意欲的な受講者と共に活気ある時間を過ごすことができていま した。そして研修の締めくくりとして、「行動計画書」を作成する時間を設けま した。この研修で何を感じ、今後の行動としてどんなことを実践していくかを宣 言すること。「有言実行」につなげていくことが狙いです。

 私は、この個人作業の時間に受講者一人ひとりの席を訪ね、「研修で得たこと は何か?」「感じたことは?」と聞いてまわりました。「行動計画書」に記載し たことを私に声に出して伝えることで、「有言実行」をより確実なものにするこ とと、研修で何を感じたのか知りたいとの思いから、聞いてまわりました。

 そこで、受講者の一人に訊ねた時のことです。彼は、2日間熱心に学び、ポジ ティブな発言を多くしていた受講者です。私は、彼の回答は前向きで「明日から も頑張る」との宣言が聞けるものと期待していたのですが・・・。彼は、

「どうしてリーダーは、こんなにいろんなことに気を使わなくてはならないので すか?部下のタイプを知って、タイプに応じた振舞いをしろとか、状況に応じた 育て方をしろとか、何でリーダーばかりが苦労しなきゃいけないんですかね?」

 彼は何か閊えていたものを一気に吐き出すように、話しながら感情が高ぶって きました。私は訊ねました。

「どうしてそんな風に感じたの?」
「だって、リーダーには目標に向かう責任があるから、その目標達成だけでも大 変なのに、部下や周囲のことに気を使いすぎて何もできなくなってしまいますよ。 リーダーが気を使わなくても済むような部下を、会社が配置してくれればいいん じゃないですか」
「それも一理あるね」
「リーダーが部下の気を使う研修じゃなく、部下がリーダーの気持ちを汲み取る 研修をしてくれればいいんですよ」
「なるほど」

 興奮し始めた彼を納得させる良い回答が思い浮かびません。私は、彼の思いを 聴くことしかできませんでした。

 彼は、研修に熱心に取り組む中でいくつかの気づきがありました。目標志向性 の強いリーダーである彼は、ある時メンバーに叱咤激励をしたようです。そのメ ンバーのタイプは、どちらかといえば受容欲求の強いタイプで、目標達成よりも 仲間との行動を重視しているようでした。そのメンバーに対し目標達成に向けて 叱咤激励したのですが、うまく伝わりません。メンバーは、納得できない顔をし ており、リーダーとしては何故伝わらないのか悩んでいたようです。そして今回 の研修で、タイプによって心地よく受け入れられる言葉が違うことを学び、気づ いたようです。「ああすれば、ああ言えば、良かった!」と。

 研修で気づきがあった一方で、彼は疑問も持ち始めたようです。

「リーダーが合わせるんじゃなくて、メンバーが合わせれば良い。なぜ、リーダ ーばかりが気を使わなくちゃいけないんだ」

 そんなことを思っているときに、私がヒヤリングをしたものだから、感情も高 ぶって、思っていることを言い始めたようです。

 彼の主張は正しいと思います。正しいことをはっきり言える文化を築く、この ことをもう一度考え、リーダーに語り、伝えていきたいと思います。場合によっ ては「黙れ」ときっぱり言えるだけの信頼関係を築くことができれば、チームの 結束はより強くなります。

 心理学で「Iメッセージ」と「YOUメッセージ」の違いを学ぶ場面がありま す。「Iメッセージ」は、自分の思いを伝える言葉であり、相手の感情に立ち入 ることはない。YOUメッセージは、相手の感情領域に立ち入るので使い方が難 しい。

 信頼関係が崩れ始めた家庭で特に父親が「お前はかくあるべき」というYOU メッセージを使うとますます崩壊につながります。一方、尊敬する監督やコーチ からのYOUメッセージは、より信頼関係を強くします。どの場面でYOUメッ セージを使えばよいかは難しいのです。

 「黙れ」は、究極のYOUメッセージではないでしょうか。

 職場でもこのYOUメッセージが言えるだけの信頼関係を築きたいものです。 そのためには、リーダーはメンバーの心理を捉えることも含め、努力が必要です。 リーダーって大変ですね。

この記事へのご意見・ご感想や、筆者へのメッセージをお寄せください(こちら ⇒ 送信フォーム