人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2011/12/16  (連載 第31回)

芸術鑑賞の極意より

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 岡倉天心は、著書「茶の本」第5章「芸術鑑賞」の中で、「琴ならし」という 道教徒の物語を紹介した上で、次のように語っています。

  「傑作というものはわれわれの心琴にかなでる一種の交響楽である。
   真の芸術は伯牙(※1)であり、われわれは竜門の琴(※2)である。
   美の霊手に触れる時、我が心琴の神秘の弦はめざめ、
   われわれはこれに呼応して振動し、肉をおどらせ血をわかす。
   心は心と語る。
   無言のものに耳を傾け、見えないものを凝視する。
   名匠はわれわれの知らぬ調べを呼び起こす。
   長く忘れていた追憶はすべて新しい意味をもってかえって来る。
   恐怖におさえられていた希望や、
   認める勇気のなかった憧憬が、栄えばえと現れて来る。
   わが心は画家の絵の具を塗る画布である。
   その色素はわれわれの感情である。
   その濃淡の配合は、喜びの光であり悲しみの影である。
   われわれは傑作によって存するごとく、
   傑作はわれわれによって存する。」

           「茶の本」岡倉覚三(天心)著、村岡博訳より

※1 琴の名手であり、誰もうまく奏でられなかった竜門の琴を見事に奏でた
※2 ある偉大な妖術者が、古桐を切ってこしらえた琴

 岡倉天心の「茶の本」は、9月のiSRF通信で引用した内村鑑三著「代表的 日本人」そして新渡戸稲造著「武士道」と並ぶ、日本人が英語で日本の文化・ 思想を西洋社会に紹介した代表的な著作です。

   わが心は画家の絵の具を塗る画布である。
   その色素はわれわれの感情である。
   その濃淡の配合は、喜びの光であり悲しみの影である。

 岡倉天心は、芸術に触れる心を絵の具の画布に譬え、感情による色素、濃淡の 配合をもって絵画を完成させるごとく芸術を鑑賞せよといいました。注目すべき は、この著書の作成当時(明治39年)を取り上げ、次のように述べていること です。
 
「われわれの民本主義の時代においては、人は自己の感情には無頓着に世間一般  から最も良いと考えられている物を得ようとかしましく騒ぐ。
 高雅なものではなくて、高価なものを欲し、
 美しいものではなくて、流行品を欲するのである。」

 そして、「芸術鑑賞」の章の締めくくりは、

「ねがわくは、ある大妖術者が出現して、社会の幹から、天才の手に触れて始め  て鳴り渡る弦をそなえた大琴を作らんことを祈る。」

と、あります。

 日本の文化・思想を紹介する著書にしては、その時代の芸術に関して随分悲観 的に描いています。と同時に、まるで現代のことを描いているかのようです。

「高雅なものでなく高価なものを欲し、美しいものではなく流行品を欲する」

 そんな風潮はいつの時代にもあったことなのですね。

 さて、2011年も間もなく幕を閉じようとしています。毎年恒例となった今 年の漢字は「絆」が選ばれました。今年の漢字を募集した財団法人日本漢字能力 検定協会によれば、絆を選定した2011年を次のようにまとめています。

「日本国内では、東日本大震災や台風による大雨被害、海外では、ニュージーラ  ンド地震、タイ洪水などが発生。大規模な災害の経験から家族や仲間など身近  でかけがえのない人との『絆』をあらためて知る。
 人と人との小さなつながりは、地域や社会などのコミュニティだけでなく、国  境を越えた地球規模の人間同士の『絆』へ。
 SNSをはじめとするソーシャルメディアを通じて新たな人との『絆』が生ま  れ、旧知の人との『絆』が深まった。
 また、国際社会ではいくつもの民主化運動が起こった。
 一方、ワールドカップで優勝した、なでしこジャパンのチームワークの『絆』  には日本中が感動し勇気づけられた。」

 今年は過去最多だった昨年より21万票以上多い49万6997票が集まり、 「絆」が6万1453票を得ました。2位は「災」、3位は「震」、4位は「波」 とすべて震災に関連した漢字が選ばれています。2位が2万9千票弱ですので、 「絆」は圧倒的多数でトップに選ばれました。

 東日本大震災、その震災がもたらした原発事故、そして未曾有の円高と日本に 重くのしかかる課題は沢山あります。

 ともすれば、暗くなる話題が多い中で、人々が選んだ漢字は「絆」。

 大震災は、岡倉天心の言う「大妖術師の出現」を表しているのかもしれません。 そして、現代の私たちの心の画布は、人々とのつながりによって、豊かな感情を 持ち、明るい色素と温かい濃淡の配合により、次の時代の絵画を描きたいとする 気持ちが「絆」という漢字を導いたのではないでしょうか。

 2012年は、ますます人々の絆が強くなり、困難に立ち向かうと共に、明る い未来を築くことにつながってほしいものです。

 読者の皆様、今年1年間大変お世話になりました。私のコラム“人財育成のツボ”も30号を超え、毎回幾人かの方から、感想やご意見を頂戴 し、それが励みとなって続けてこられました。ありがとうございます。

 皆様にとって、来年が良い年となることをお祈りしています。


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