人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2012/04/17  (連載 第35回)

不確実な時代に何をどうやって選択するか

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

「選択に力が宿っているのは、世界が不確実だからだとも言える。もし、未来が すでに決まっているなら、選択にはほとんど価値がなくなる。だが、選択という 複雑なツールだけを武器にこの不確実な未来に立ち向かうのは、わくわくすると 同時に怖いことでもある。自分の決定がどんな結果を招くのか、前もって知るこ とができれば、どれほど心が安まるだろう」

 これは、昨年11月に放映されたNHK教育テレビの「コロンビア白熱教室」 で話題になったコロンビア大シーナ・アイエンガー教授の「選択の科学」の一文 です。
 選択した後に何が起こるのかが分かっていれば、正しい選択というものが存在 するのかもしれません。しかし、不確実な現代においては「選択に正解はない」 と言っても過言ではないでしょう。にも関わらず、日本の学校教育は未だ正しい 選択というものがあるかのように、問題には正解があり、その答えを教えること の比重が高い教育を進めています。
 社会人になり、経験と共に自ら選択することを求められるようになると、とて も不安になり、正しい選択がないかと正解を求めたくなるのが今の日本人ではな いでしょうか。これは、今の若い人たちの傾向ということではなく、団塊の世代 以降の私達すべてに当てはまることかと思います。

 高度成長期のいわば一本調子の環境では、「攻め」の選択をすることがほぼ正 解と言えました。今の中国を見て、高度成長期の日本を懐かしく思う日本人が多 くいます。今の日本は、負の要件が多く、厳しい選択を迫られています。
 ソニーは、8期連続で赤字を続けているテレビ事業の黒字化を目指すものの、 主要事業から外し大幅に縮小する。シャープは台湾メーカーが筆頭株主になると ともに、中軸だった液晶パネル事業の一部をその台湾メーカーに譲渡することに。 日本IBMでは、日本人社長が日本だけでなくアジアのリーダーとしても活躍し てきましたが、56年ぶりに外国人社長が就任しました。
 日本元気ないぞ、頑張れ!と叱咤されているかのようです。ますます厳しい選 択に迫られることが増えてくるのかも知れません。
 企業以上に、日本政府が立たされている環境も厳しい選択の連続です。

「消費税の増額」
「原発の再稼動」
「数年内にくる確率の高い地震・津波への対策」

 どのテーマも与えられた選択肢に明るさを見出せるものが少なく、難しい選択 を迫られていることは事実です。
 納得のできる選択をするためには、大きく2つのことがあると思います。一つ は選択そのものの行為、「何を選択するか」。そしてもう一つは、選択したこと の「合意形成」です。
 不確実な時代となり、「何を選択するか」も難しくなっていますが、選択した ことを「合意形成」するための論拠や説明することの方が更に難しくなっていま す。原発再稼動の対応では、選択そのものよりも国民が納得できる「合意形成」 プロセスができていないとマスコミがこぞって批判しています。
 私たちは、この不確実な時代にあって「何を選択するか」--つまり「意思決 定」のあり方を学び、そして「合意形成」のためのあり方を学ぶ必要があるよう に思います。企業の研修の場面とりわけ集合教育では、正解を教えるような比重 を減らし、グループ討論を通じて意思決定や合意形成のあり方を学ばせることが 重要になってきます。更に、発表討議で喧々諤々の議論ができる訓練を行うよう な演習の比重を高める必要があるように思います。

 選択をテーマにしたアイエンガー教授の「選択の科学」は教授の初めての著書 ですが、多岐にわたり自ら観察し、多くの文献を整理してまとめられています。 アイエンガー教授の両親はインド出身のシーク教徒で、1972年にアメリカに 移住。アイエンガー教授は3歳の時、目に疾患を持っていると診断され、高校に あがるころには全盲になったとのことです。目が見えないというハンデを全く感 じさせず、多くの分析をされていることに驚きます。
 シーク教徒の家族の中で厳格なコミュニティで育てられた一方、アメリカ文化 の中で選択する自由を当然とする文化で生活していた葛藤から、「選択」という テーマが教授の生涯のテーマになったようです。
 この本の6章「豊富な選択は必ずしも利益にならない」は、教授が注目される きっかけとなった「ジャムの研究」をベースに興味深い調査とその分析が展開さ れています。

【ジャムの研究】
 ジャムの試食コーナーを設け、24種類のジャムの試食ができる時間帯と6種 類のジャムしか試食できない時間帯を設け、両者の試食者数と実際のジャムの購 入者数を調査。
 24種類の試食では買い物客の60%が試食に立ち寄ったが、6種類のときは 40%しか訪れなかった。しかし、実際に購入したかに着目すると、6種類の試 食に立ち寄った客は30%が購入したのに対し、24種類の試食に立ち寄った客 は3%しか購入しなかった。後者の客は、ジャム売り場で数多くのジャムを手に 取り、しばらく悩んだ挙句、結局購入しないケースが多く見られた。

 ジャムの研究は、アイエンガー教授がまだ大学院生だった頃の研究でした。こ の調査のきっかけは、3歳児を対象にしたある実験で、教授の仮説と全く異なる 結果がでたことでした。

「人は年齢にかかわらず、選択する余地を与えられれば、満足度、健康、意欲が 高まる」

 つまり、選択する自由がある方が、自由がないときよりも満足度が高まること を裏付けようとして、3歳児の子供たちにおもちゃを与えて遊ぶ様子を観察しま した。一方の集団には豊富なおもちゃを自由に選択して遊んで良いと言い、もう 一方の集団には遊ぶおもちゃを指定しました。
 仮説が正しければ前者の集団が元気に遊ぶことが想定されましたが、結果はそ の反対になりました。後者の集団が夢中で遊び、終了時間が来たときもまだ遊び 足りなさそうだったのに対し、前者の集団は気もそぞろで、どうも意欲が湧かな いようでした。
「何故、選択権を与えられた子供たちが、選択権を与えられなかった子供たちよ りも満足感が出なかったのか」

 仮説と異なる結果が出たことでアイエンガー教授は「選択数が多すぎると選べ ない」というこれまでとは異なる仮説を立て、「ジャムの研究」によって実証し ました。この研究結果の発表は、多くの反響があり、マーケティングのあり方に も新たなインパクトを与えるものとなりました。
 では、今のような不確実な時代、選択肢が多すぎる時代にどうやって選択すれ ば良いのか--そのことを以下のように展開しています。
【多数の選択肢から選り分ける方法】
 車の例で言うと、ある人が車を買おうとしているとする。希望はドイツ車のス テーションワゴンで、値段は3万ドル以下。荷物収納のために後部座席が折りた たみ式になっていて、サンルーフつきならなおよい。こんなふうに好みが具体的 になればなるほど、選択の作業は簡単になる。その分野に通じていて、自分が欲 しいものがはっきりわかっている人は、莫大な品揃えの中からでも、適切なもの を選ぶことができるのだ。
 このような専門知識の効果が組み合わされば、選択肢への対処能力は飛躍的に 向上する。学習や実践を通じていろいろな要素を単純化、優先付け、分類、パタ ーン化する方法を学ぶことで、混沌とした状況の中に、秩序を作り出すことがで きるのだ。

 この結論は、3つの要素が入っているようです。
 一つめは、問題解決能力。ロジカルシンキングで言うMECE(ミッシー : Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive:抜け漏れ ダブりなく)な 分類をすること。
 二つめは、専門知識、もしくは専門家の活用。対象に対する専門知識をもつこ とで複雑な要素を単純化することができる。
 三つめは、欲しいものを明確にすること。これは、2月15日付け本コラムのテー マとした「信念を煥発する」ことに通じます。(こちら
 
 不確実な時代に求められる自立した人材。それは、困難な選択を行い、合意形 成のために周囲に納得できる説明ができる人材といえるかもしれません。
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