人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2014/08/18  (連載 第63回)

新時代の徒弟制度、OJL(On the Job Learning)の定着と実践 シリーズ(4)学習の組み立てガニエの9教授事象

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 「新入社員の時、配属された職場でそこにあるマニュアルを読むよう指示され、特に指導プログラムのないまま過ごした方はいますか?」
 30代から40代を対象にした主任研修を担当した際、冒頭の質問を受講者に投げかけてみました。私が社会人になった頃は、配属当初は「マニュアル読みが仕事」が当たり前の状況でした。少しは改善されていたのだろうと期待して質問したものの、何と半数以上の人が手を挙げました。
 まだまだ、体系的な学習環境ができていない職場の実態を目の当たりにして、「このままではグローバル競争の中で取り残される!」と危機感を覚えました。
 「マニュアル読み」を配属当初の「仕事」として育てられた人は、それを当り前の文化として、指導者となった今でも同じように繰り返しています。全社的な取り組みとして「職場での学習の文化」を作らなければ、現場任せに「うまいことやれ」と言っても変わるものではありません。
 「職場指導員研修」などを導入している企業は、「職場で体系的に学習する」文化作りに全社的に取り組まれている例と言えるでしょう。こうした取り組みをしている企業とそうでない企業の実力は、今後ますます開いていくのではないでしょうか。

 では、なぜ学習する文化を作る必要があるのか。
 「学びたい」という強い意志と目標がある人は一人でも学べます。例えマニュアルだけでも、そこから吸収することもできます。しかし、学習の支援をしてくれる人もなく、自己学習だけで吸収することは、意思の継続の面からも、吸収のスピードの観点からも問題があります。
 「OJL(On the Job Learning)の定着と実践」をテーマにシリーズで本コラムで連載しているのは、「育てる人(ラーニングファシリテータ)を育てる」ことが重要になると考えるからです。「学びの支援」をする存在となって学習者に積極的に関わることで、一人で学習していてはとても長く時間がかかることを、短期的にそして多くの目的を達成することが可能になるはずです。
 「我が社では、OJL(On the Job Learning)の文化ができていないな」と感じておられる方も多いと思います。そんな方は、その改善に向けてその方策を一緒に考えましょう。ITHRD(IT人材育成協会)にお問い合わせいただければ、私も含めメンバが相談に応じます。(こちらに問い合わせ願います 

 前置きが長くなりました。今回のシリーズ(4)のテーマである学習の組み立てガニエの9教授事象をお送りします。
 ロバート・ガニエ博士(1916-2002)は、教育システム設計の第一人者として、教育学、ID(インストラクショナルデザイン)を学ぶ者にとってはその存在を知らない人はいません。中でも学習の情報処理理論の研究と効果的に学習するための「教授事象」の研究が有名です。
 「ガニエの9教授事象」をインターネットで検索すれば、ある学習モデルの教授事象として、
導  入1.学習者の注意を喚起する
2.学習者に目標を知らせる
3.前提条件を思い出させる
情報提示4.新しい事項を提示する
5.学習の指針を与える
学習活動6.練習の機会をつくる
7.フィードバックを与える
まとめ8.学習の成果を評価する
9.保持と転移を高める
この9つの教授事象が出てきます。
 これらの教授事象は、指導する側が学習者に対し、外側からどのような刺激を与えるかという観点から、紹介されたものです。この教授事象をガニエは学習者の内側の変化に着目してこの理論を組み立てています。

 学習者の内側の変化は、学習の情報処理理論として1968年にアトキンソンとシィフリンによって提唱されました。
 外的な刺激を受けた学習者は、「受容器」や「感覚登録器」を通していったん「短期記憶」に収めます。「短期記憶」は容量に制限があり、放っておくとすぐに消去(忘れる)されます。このため、重要なことは反復や符号化などにより、「長期記憶」に登録することです。
 記憶したことを使えるようにするためには、長期記憶に留めた情報を必要なときに短期記憶に呼び出し、「実行制御」によって記憶した情報を編集加工して、「効果器」を介して「受容器」にフィードバックします。この際、うまくフィードバックできるかどうかは、学習者のその学習内容に対する「期待感」が大変重要な役割を果たします。
 この「学習のプロセス」は、ITHRDのホームページで確認することができます。
( http://www.ithrd.jp/index.php/blog/ojl/94-itlfganie )
 ガニエは、この「学習のプロセス」を効果的なものとするために、指導者は外側からどのような刺激「教授事象」を与えるべきかを定義しました。
「導入」では、「受容器」への刺激を確実なものとする。適切な「期待感」を持たせる。長期記憶から以前に学んだ内容を取り出す

「情報提示」では、新しい事項を提示する際、教材を工夫して「感覚登録器」への刺激を与え、学習の指針を与えることで短期記憶から長期記憶に留める

「学習活動」では、長期記憶に留めた学習内容をいつでも取り出して、パフォーマンスを発揮できるように反復する

「まとめ」では、学習成果を公平に評価することで学習の「期待感」へのフィードバックを行い、多様な実践の機会を通じて学習内容を確実に使えるものにする
 ガニエの9教授事象は、全ての学習者に9つのステップが必要と言っているわけではなく、学習者に応じてステップを省略しても良いとしています。これは、学習者毎に「期待感」が異なり、また知識も異なることから、その学習者に適応した教授事象で組み立てよ、ということのようです。
 必要なことは、教える側の自己満足で組み立てず、学習者の「学習のプロセス」を確実に回して、「使える」ようにすることです。
 学習の世界もこのように研究が進み、短時間で多くの学びを吸収することが科学されています。職場の社員も「早期の戦力化」が求められている中、職場任せの育成でなく、科学されたOJL(On the Job Learning)の文化を導入されては如何でしょう。
 学習者の成長のみならず、指導者の成長につながることが期待できます。

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