人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2015/10/20  (連載 第77回)

ATD 2015 JAPAN SUMMITレポート「タレント開発によるイノベーションの促進」

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 10月6日御茶ノ水ソラティエカンファレンスセンターにて、ATD 2015 JAPAN SUMMITが開催されました。
 ATD(Association for Talent Development)は、米国ヴァージニア州に本部を置く会員制組織(NPO)であり、人材開発・組織開発の支援をミッションとし、世界120カ国以上に約4万人の会員を持つ、タレント開発に関する世界最大級の組織です。
 毎年米国にてATD国際会議が開催され、世界各国から1万人近くの参加者を集めて、世界の最先端のタレント開発に関するセッションが行われています。

 ATD 2015 JAPAN SUMMITの基調講演では、ATDのCEOであるトニー・ビンガム氏、MOT Training and Development Incのアルフレッド・カストロ氏や元アメリカ海軍でリーダーシップ育成に携わってきたコリー・バック氏など、ATDの中枢で世界の人材育成をリードしてきたスピーカーが、グローバル企業における人材開発の「今」を語っていました。
 ここでは、最初の基調講演であったビンガム氏の「タレント開発によるイノベーションの促進」から、その概要と日本の現状から感じたことを紹介します。ビンガム氏の講演をまとめると以下のようになります。

(1)イノベーションと人材開発
 イノベーションに対応する人材開発は、クリエイティブな人材を育成することとは異なる。創造性は、アイデアそのもの、発想力を磨くことであるが、イノベーションとは実践を伴うもの。実行力も問われるのがイノベーションへの対応である。

(2)どうやってイノベーティブな人材を育成するか
 ドラッカーは、イノベーションの7つの機会として次のように言っている。
  1.予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事
  2.ギャップを探す
  3.ニーズを見つける
  4.産業構造の変化を知る
  5.人口構造の変化に着目する
  6.認識の変化をとらえる
  7.新しい知識を活用する
 これらの機会をタイムリーにつかみ、実践できる人材を育成することがテーマになる。

(3)イノベーションの重要性の認識
 ATDでは、企業のトップにイノベーションの重要性について、その認識を調査した。企業のトップの8割以上が、その重要性について認識している。一方で、イノベーションの促進が必ずしもうまくいっていないという認識であることも確認できた。

(4)イノベーションの例
 今、起きているイノベーションでは、例えばグーグルの自動車、自動運転によって、今まで運転できなかった人たちが自由を得られること、また移動中を学習時間に充てることも可能になる。グーグルは2018年までに7万台を目標にしている。3Dプリンタでは、様々な部品ができるようになる。臓器も作れることが分かった。ビッグデータの活用は、学習者の学習状況をこれまで以上に客観的に取れることにつながるだろう。

(5)イノベーションに取り組んでいないCEO
 こうしたイノベーションを積極的に活用しようとしているCEOは、全体の4分の1程度である。他のCEOは、なぜイノベーションに取り組まないのか?「変化そのものを恐れている」、「新技術は高い、採算性を考え、二の足を踏んでいる」、「今更、その技術を取り込んでも勝機がない、次のイノベーションまで待つ」等々、結局、イノベーションに取り組んでいないCEOが大勢いる。

(6)スピードが大事
 ドラッカーは、イノベーションの機会として「7.新しい知識を活用する」ことを挙げている。この活用のためには、リードタイムが発生することも述べている。如何にそのリードタイムを短くするか、つまりスピードをもって取り込むことができるかが、課題になる。

 計画から導入まで2年もかかるようなプロジェクトでは、陳腐化する。2カ月で実現することを考えなくては駄目だ。だから、ITの世界では、アジャイル開発を適用する。常に変化する環境に適合させて、柔軟に開発する発想が求められている。

(7)イノベーティブな企業の4つの特徴
 ATDが調査した結果、イノベーションを起こすような企業には次のような特徴があることが分かった。
  1.熱意をもってイノベーションに取り組む経営陣がいる
  2.巧みに変革を実行する力がある
  3.職務をまたがる効果的なチームワークがある
  4.イノベーション戦略が公開されている
 成功している企業が全てイノベーションに取り組んでいるとは、限らないが、上記のようにイノベーションに取り組んだ企業は成功していることが明らかになった。

(8)変化への対応を「喜び」につなげる
 脳神経の研究結果として、「組織が変化することは脳に苦痛を与える」ことが分かった。人は苦痛を避けたいと思っている。変化することが、自分に苦痛を与えるなら、変化を受け入れたくないとすることが分かった。
 変化することで得られる「喜び」よりも、変化することで与えられる「苦痛」に目がいきやすい。この特性を理解して、変化への取り組みが「喜び」につながることをポジティブなメッセージで伝えていくこと、が鍵になる。

(9)イノベーションをテーマにした人材開発を
 現在の人材開発のテーマとして「イノベーション」は、重要課題ではあるが、ベスト3には入っていない。社会の変化を見れば、この課題がベスト3に入る優先課題であることを強調したい。
 何故なら、「タレント開発なくして、イノベーションはない」からである。「イノベーションを追及するリーダーシップ」、「変化を受け入れる文化」(失敗を受容する文化)をテーマに展開することが、イノベーションの促進につながる。

 ビンガム氏の講演は、実にエネルギッシュに説得力あるものでした。彼の講演を日本で聴講できたのは、貴重なことだと感じました。中でも、「スピードが大事」という中で、何故米国ではアジャイル開発が主流になろうとしているのかが良く理解できました。
 そして、「日本は大丈夫か?」との不安な思いが募りました。まだまだ、従来型の開発手法に拘り、じっくり時間をかけて、一から開発する、もうこんな時代ではないと、開発手法そのものを「イノベーション」しなくてはならない時期に来ているのだと思います。
 変化への取り組みが「喜び」につながるようポジティブなメッセージで伝え、失敗を容認する文化を構築したうえで。そのためには、ビンガム氏の言うように「イノベーション」をテーマにした人材開発の重要性を痛感します。

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