人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2017/05/22 (連載 第96回)

最も重要な役割は、社員を“幸せ”にすること

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治


 先月幻冬舎より出版された図書、『30000人のリーダーが意識改革! 「日本郵便」流チーム・マネジメント講座リーダー必須の知識・ノウハウを完全網羅した6時間プログラム』を紹介します。著者は、「日本郵便人材育成チーム」となっており、冒頭の挨拶「はじめに」で人材研修育成室長の吉澤尚美さんが、本書を発行することになった経緯を語っています。

 日本郵便では、約40万人が働いていますので、「これだけ膨大な人数をまとめあげるには、とにかく規律の順守が重要だ」とリーダーになりたての頃から長い間そう思っていたのです。
 当時の私は「上の言うことは絶対だ」という考えで、まさに“鬼のように”職場をガチガチに管理していました。規律を守ることが、組織を守る手段なのだと信じて疑わなかったのです。
(中略)
 2007年の民営化から、始まった激動の時代は、それまで管理型マネジメントを当然のように受け入れてきた私の価値観に大きな変化をもたらしました。新サービスの開発や施策に生かそうと民間企業との盛んな人事交流が始まり、社外の人たちと日常を共にするなかで、私は大きなショックを受けたのです。
(中略)
 2014年、私は当時の上司から、人材研修育成室のトップのポストを打診されました。
 「人材研修育成室長の役割は何だと思う?」と聞かれた私が「社員を育てることでしょうか」と答えると、上司の口からは、意外な言葉が出てきました。
 「最も重要な役割は、社員を“幸せ”にすることだよ」
 一人ひとりの社員が幸せな人生を送るための手段として仕事を選び、成長と誇りを感じながら働けるとしたら、きっとお客さまに幸せを届けることができるはず。そう思うと、武者震いがしました。
 社員を幸せにするには、システマチックな管理では上手くいくはずがない。考えを変え、方法を変え、試行錯誤の結果たどりついたのが「一人ひとりを大切にするマネジメント」でした。
 「一人ひとりを大切にするマネジメント」をコンセプトに出来上がったプログラムは、6つの章で構成されています。
  1. 伝える技術
    ─ ロジックと数字を用いて自分の考えを100パーセント伝える
  2. 会議運営術
    ─ 活発な議論と高速の意思決定を両立させる
  3. 異性の部下に対するマネジメント
    ─ 思考・行動パターンの傾向を理解し、能力を引き出す
  4. コーチング
    ─ 部下の能力・やる気が驚くほど上がる育成法
  5. 自己変革する力
    ─ 激変する市場を読み解き、自身の持続的成長を促す
  6. リーダーとしての心構え
    ─ “一人ひとりを大切にするマネジメント”で最強のチームをつくる
 前半の4つの章は、テクニカルスキルであったり、コンセプチュアルスキルであったりと、内容的には目新しいことはなく、初心者向けのリーダー書といった内容です。
 しかしながら、著者の吉澤さんあるいは人材育成チームのメンバーが自分の言葉で、できるだけ平易な言葉で解説しようと取り組まれているのが伝わってきます。
 それぞれのスキルの理論的な背景や理論の作者の紹介は割愛して、平易な言葉で身近な例を出しながらわかりやすく伝えようと工夫し、読んだ人が実践できることを意識して構成されています。

 そして5章と6章は、ヒューマンスキルとして、そのコンセプトである「一人ひとりを大切にするマネジメント」とは何かを伝え、理解し、実践につなげる内容です。
 5章の「自己変革する力」では、郵便局が社会に果たす役割の観点から展開されています。その一部を抜粋します。
 ただ、あらゆる物事がドラスティックに変化していく今の世のなかでは、どんどん「変化を求めていく」流行の中に「変えてはいけないものは何か」を見極めていくことが肝要です。
 たとえば、郵便局は地域に密着し、地域のお客さまのために「情報」「安心」「交流」の場を提供する役割を目指し続けています。そのためにまず大切なのは、困ったことがあれば郵便局に相談してもらえる存在になること。当たり前ですが、信頼関係を築けていなければ、お客さまに受け入れていただけません。
 郵便局が変えてはいけないものは、お客さまとの信頼関係です。「お客さまと話し、お客さまを知る」。地域とともにある。私たち郵便局の道なのです。
(中略)
 自己変革するには、知識を身に付けるだけでなく、自ら考えて行動すること。そして、その主体的な行動を上司や同僚が褒めて背中を押してあげること。「行動」と「褒める」、この2つが合わさると、自己変革が加速していきます。
 何のために自分を変えるのか--実は誰のためでもなく自分の成長のためなのです。
 40万人という大組織が、規律第一でマネジメントしていた時代、上の命令は絶対としていた時代から、「一人ひとりを大切にするマネジメント」に変化する、変化させねばならないというメッセージが随所に伝わってきます。
 一つの組織でリーダー層だけで3万人いるそうですから、人材育成部門が発するメッセージの影響力の高さに驚きます。
 ガチガチの管理をしなければいけなかった世代の方からすれば、「良い時代になったなぁ」と実感されるのではないでしょうか。

 著者は「おわりに」で次のように語っています。
 私は今、出社するのが毎日楽しみです。みんなを笑顔にするのがうれしくて仕方ありません。
 過去、“鬼のように”管理していた頃は、職場を「試練の場」と考えていたので、ストレスばかりためていました。
 でも、人間は何歳になっても変われます。いや、変わらなければならないのです。年を重ね、役職が上がればそれだけ、柔軟に変化できるマインドを持っていないと、成長が止まってしまいます。役職が上がれば上がるほど、人間力が問われるのだと思います。
 実にポジティブに描かれたマネジメント書であり、リーダーになることが楽しく思えるような書に仕上がっています。
 多くの人が目にされ、参考にされると良いと思う書に出会いました。


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