人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2017/06/20 (連載 第97回)

「多動力」と「考え方」

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治


 第4次産業革命のただ中にいる私たち、車の自動運転、空飛ぶ自動車、AI囲碁など、IoTやAIに関する記事を連日見るにつけ、これから新しい産業が生まれ、生活様式が変わり、それに伴って新たな価値観が生まれてくるのかと思います。

 昨年の資料になりますが、経済産業省の「新産業構造ビジョン」では、「今が日本の第4次産業革命の分かれ道」として、「痛みを伴う転換か安定を求めたジリ貧か、日本の未来をいま選択」と産業の再編と雇用の流動化の必要性を訴えています。
 » 経済産業省「新産業構造ビジョン」

 新しい時代に求められる能力やスキルは、これまでのものとは違うものなのか、時代が変わっても人間に求められる基本的なスキルは変わらないのか、人材育成をなりわいとする者にとっては、その辺りが気になるところです。

 これまでのスキルとは異なるものが求められるとするのが堀江貴文さんです。彼は、5月に著書「多動力(たどうりょく)」を幻冬舎より発刊し、現在アマゾンのランキングで「人文・思想>倫理学・道徳>人生論・教訓」と「趣味・実用>自己啓発」のジャンルで1位と大変注目されています。

 本の冒頭「はじめに」より一部を紹介します。
IoTという言葉を最近ニュースでもよく耳にすると思う。
これは、ありとあらゆる「モノ」が、
インターネットとつながっていくことを意味する。
すべての産業が「水平分業型モデル」となり、結果“タテの壁”が溶けていく。
この、かつてない時代に求められるのは、各業界を軽やかに越えていく「越境者」だ。
そして、「越境者」に最も必要な能力が、次から次に自分が好きなことをハシゴしまくる「多動力」なのだ。
この『多動力』は渾身の力で書いた。
「多動力」を身につければ、仕事は楽しくなり、人生は充実すると確信しているからだ。
 堀江節さく裂の著書は、テンポが良いのか、字数が少ないのか、一気に読み終えることができます。
 堀江氏は言います。
 以前、ツイッターで「寿司職人が何年も修業するのはバカ」と投稿したら大炎上した。しかし、僕は未来のある若者が卵焼きを作るのに何年もの無駄な時間を費やすのを見ていられない。
 情報伝達手段が限られていた時代には、おいしい酢飯をどうやって作ればいいのか素人にはわからなかったし、魚のうまさを最大限引き出す包丁の使い方はプロのみぞ知る専売特許だった。
 貴重な情報を持つ親方に弟子入りし、下積みの苦労にひたすら耐えることでしか、それらの伝統技術や情報を引き継ぐことはかなわなかった。しかし、もはやそんな時代ではない。

 現に、大阪の「鮨 千陽」の土田秀信店長は迂遠な修業は積んでいない。専門学校で3カ月寿司作りを学んだだけだ。その「鮨 千陽」が『ミシュランガイド京都・大阪2016』で「ビブグルマン」部門に選ばれた。開店からたった11カ月目の出来事であった。つまり、一流店になるための情報や技術などは専門学校でちゃちゃっと身につけてしまうことができるのだ。

 インターネット出現前は特定の人間だけが技術や情報を独占し、それこそが価値だった。
 しかし、インターネットの時代では「オープンイノベーション」が前提となる。たとえば、誰かが新しいプログラムコードやツールを作ったのならば、それは公開してしまって、みんなで改良したり、新しい組み合わせを考えたりして、さらに新しいものを作るというのが「オープンイノベーション」だ。

 これからは旧態依然とした業界に「オープンイノベーション」の波が来て、情報それ自体の価値はなくなる。
 そんな時代には、「石の上で3年我慢できたら次の仕事を教えてやる」などと言う親方のもとで働いていては貴重な時間が失われるだけで、とにかくチャレンジしようという行動力とアイデアを進化させる力が求められる。
 話の展開は、まじめにコツコツやる、辛抱する、といったこれまでのじっくり努力するスタイルを嫌い、自分を大切に、好きなことをやり、飽きたらまた次の好きなことを見つけてやればよい。複数の好きなことが積み重なることで「多動力」が磨かれる。という流れです。

 古い価値観の持ち主である私には、素直に納得できない部分もありました。しかし、堀江さんの考え方のベースには、「教養なき者は奴隷になる」という考え方があり、そこでは

◆何か疑問が湧いたら、その歴史を深く掘って、根幹から理解しよう。
◆10冊の流行のビジネス書を読むより、1冊の骨太の教養書を読もう。

と伝えています。やりたいことをやればよい。飽きたら他のことをやればよい。でも根幹となる教養はしっかり学ばなければ駄目だよ、と。

 この辺りの展開を読むと、クイズ番組でも活躍されている堀江さんの頭の良さ故にできる多動力でもあるのかなと思えます。

 堀江さんは、新しい時代に求められる新たなスキルとして「多動力」を定義されました。一方で、時代が変わっても人間としてきちんと磨いていかなければならない、いわば変わらずに精進することが求められることもあると思います。
 そのことを伝えているのが、稲盛和夫氏の「考え方」(大和書房)です。
 序章「幸せな人生に導いてくれるたった一つの鍵」より一部を紹介します。
 今になって振り返れば、「何と幸せな人生だろう」と思えるのです。
 それは、どんな境遇にあろうとも、「人間として正しいことを正しいままに貫く」ということを強く意識し、現在まで変わらずに実践し続けてきたことがもたらしてくれたことではないかと思っています。

 私は、どのような「考え方」を選択するかによって、自分の人生を、素晴らしいものにつくり上げることもできれば、壊すことにもなると考えています。
 人は誰でも、人生で、思いもよらぬ障害に遭遇します。そんな困難に直面したとき、どちらに向いて進むのかは、すべて自分の「考え方」からくる判断です。その一つひとつの判断が集積されたものが、人生の結果となって現れるのです。
 本書の構成は「大きな志を持つこと」「常に前向きであること」「努力を惜しまないこと」「誠実であること」「創意を凝らすこと」「挫折にへこたれないこと」「心が純粋であること」「謙虚であること」「世のため、人のために行動すること」の9つの章から構成されており、「人生は考え方によって形づくられる」ということを伝えています。

 この本でも稲盛さんの考える「人生の方程式」
「 人生・仕事の結果 = 考え方 × 熱意 × 能力 」
がベースにあり、熱意と能力は0点から100点だが、考え方はマイナスという結果もあるので、-100点から100点までと選択によっては、人生に大きなマイナスの結果をもたらすこともあるとしています。

 このコラムでも稲盛さんの著書は「燃える闘魂」(毎日新聞社)を取り上げ、
 » 「不屈不撓(ふくつふとう)の一心」
 » 「知りながら害をなすな」
で紹介させていただきました。
 稲盛さんの著書を読ませていただくと、時代が変わって求められるものが変化することはあっても、「人間として」という部分では変わらずに精進して学んでいかなければならないものがあるのだと痛感します。

 さて、皆さんは新しい時代に向けて、変えるものと変えないもの、どのように整理して人材育成に挑みますか?



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