人材育成コラム

リレーコラム

2011/08/01 (第16回)

自己成長したい?

ITスキル研究フォーラム 理事
日立ソリューションズ 人事総務統括本部 人財開発部 部長

石川 拓夫

 6月から大手メーカーの一部が新卒採用をスタートしている。当社は8合目か ら9合目を目指しているところで、私も面接に翻弄されている。6月になってか らだと思うが、その面接で学生の当社志望動機に「自己成長できるから」という 人が増えた。

「事業の幅が広くて、実績も豊富で、高い技術力もある。すぐれた方々も多く、 そんな御社に入社したら、様々な経験ができて自己成長できると思って希望しま した」

 その成長意欲を担保に内定を勝ち取りたい意向のようだが、この作文だとちょ っと違う印象となる。企業の側が、成長意欲を担保に採用したいのであれば、担 保は実績に求める。まずITに興味があるのか、自らの意志で課題設定してやり遂 げたことがあるか、SEになりたいと思ってからなにか取り組んだことはあるか、 などを確かめる。成長意欲の能動的な証があれば、本人の弁は、まずは筋が通る。

 しかし、「レベルの高い環境に身を置けば、自分も成長させてもらえるのでは ないか、高みに連れて行ってもらえるのではないか・・・」といった他人頼り的な ニアンスがどうしても垣間見える。
 企業研究をして他社比較すれば、当社のどこに魅かれるか、明確になるだろう。 明確になったからこそ志望してきているはずなのに、「自分が成長できるから」 と言われると、「本当に当社に入りたいの?!」と突っ込みたくもなる。でも学 生にとっては、自己評価100点満点の回答だそうだ。このずれはなんだろうか?

「第一志望と言ってくださいましたが、その志望動機はなんですか?」

「はい、事業の幅が広くて、実績も豊富で、高い技術力もある。すぐれた方々も多く、そんな御社に入社したら、様々な経験ができて自己成長できると思って希望しました」

「お気持ちはよくわかりましたが、なぜ自己成長できるからという理由で志望し たのですか」

「え?・・・。自己成長したいからですが・・・」

「自己成長すると、誰がうれしいですか?」

「自分が成長すると、自分にとっても良いですが、いろいろなことができるよう になって会社にとっても良いと思いますが」

「その通りですね。あなたが成長して、あなたの価値が高まると企業価値が上がる。そうなるとどうなりますか?」

「ん?・・・そうですね。お客さんに高いサービスを提供できるようになります」

「そうですね。それじゃもう一度志望動機を整理して述べてみてください」

「なんとなく分かりました。私はIT技術でお客様の課題を解決し、お客様の喜ぶ姿が見たいと言う気持ちがあります。これを実現するためには、レベルの高い立派なITエンジニアになる必要があります。そのためには多くの実績やノウハウを保有し、成長できる環境がある企業に入社する必要があると思い探しました。御社はそれにふさわしい企業だと思い、希望しました」

「はい。まずは分かりました。でもまだ物足りないですね。他社比較など企業研究を通じて、当社でなければならない理由を付け加えるとするとなにがあるでしょうか・・・」(続く)


 こんな志望動機のやり取りを行っている。

 学生のスタンス(立ち位置)の問題であろう。マイワールドから抜け出せてい なければ、連戦連敗は続く。個人の自己成長は、ビジネスバリュー向上には必須 だが、プロとしては当たり前の前提であり、とりたてて言う話ではない。内定の 担保には最低限のものであり、これだけを理由にされても「それだけ?」となっ てしまう。まして今まで全然やっていなくて、これからの取り組みを担保にしよ うという猛者もいる。「私を信じてください!」と。何をどうやって信じればい のだろうか。

 自分の足元しか見えていない一部の学生は、ここまでの思考で精一杯なのだろ う。「ステークホルダーの視点を欠く」という現象を繰り返し講話などで話して きたが、これも一つの具体例である。上記のサンプルでは、すぐに気がついたと して作文したが、ほとんどは自分からスタートした理論の呪縛を離れられずに、 立ち往生する。

 就職も無意識に学校教育の延長の考えでものを言ってしまうのかもしれない。 「・・・してくれるから入社する」という理論は、我々が一番忌み嫌う理論である。 この呪縛からの自己の開放こそが社会人になるということであり、プロになると いうことなのだろう。これが分かっているかいないかで大きく評価が違うと思う。

(※この記事は2011年6月21日に「iSRF通信」で配信された記事を元にWeb掲載用に編集したものです)


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