人材育成コラム

リレーコラム

2011/09/15 (第19回)

教育はコストか

ITスキル研究フォーラム 理事
日立ソリューションズ 人事総務統括本部 人財開発部 部長

石川 拓夫

 ある製造業の人財開発の責任者が訪ねてこられた。大変歴史ある企業で独特な 分野における技術力には定評がある。独特な分野なので、多くの製品は個別発注 で受注生産。仕様は顧客が提示し、それを自社の技術で作り上げる。だから事業 分野ごとの交流はほとんどなく、技術は事業部内で伝承されている。よって全社 共通の課題認識における人財開発の施策は驚くほど無い。

 しかし、ここにグローバル化という大きな波がやってきた。国内市場は縮小し つつある。海外のマーケットで稼がないと成長シナリオは描けない。でも足元を 見ると、それまでの国内市場中心の受注開発に慣れ切った人財しかいない。彼ら がグローバル化に対応できるとは思えない。例えばマーケティングの発想が無い、 事業創出の経験が無いなど、いままでのビジネスモデルが起因する人財に関する 課題はきりがない。早くグローバル化に対応できる人財を育成する道筋を作らな いと・・・。5年後には企業存続も危ういかもしれない。

 責任者の課題認識は悲壮感さえある。教育体系など見せて頂いたが、「徒弟制」 を前提としたものであり、外部環境変化に対応できる下地があるとは思えない。

 でも、上記の課題認識は他人事ではない。皆さんもお分かりだと思うが、まさ に我々自身のことでもある。同じ課題認識を共有するもの同士として率直に意見 交換した。この中で分水界とも言える考え方が見えていきた。

 『我が社の経営者は、「教育は投資」という考えが理解できない。コストとし か捉えられていない』という言葉である。彼はこの危機感から、何度も経営に対 して警鐘を鳴らしているようだ。特に経営計画にグローバル化という文言が踊る ようになってからは、何度も警告したようだが、その反応ははかばかしくはない そうだ。「今は業績維持のために教育に割く時間は無い」という先送り論を繰り 返されるばかりで、具体的な投資を容認する考えに至らないという。結果、グロ ーバル化という経営目標だけが空しく踊っているそうだ。

 これも我々にとっては他人事ではない。さすがに当社には「教育はコスト」と 考えている幹部はいないと思っているが、ややもすると投資ではなくコストとマ ネジメントしてしまう傾向が無いわけではない。合併後、HISOLとしての教育受 講日数はやや低調になってきている。これだけ外部環境が激しく変化している中 で、教育テーマが少ない訳はないのだが・・・。この原因は現在調査中だが、もし 仮に「教育はコスト」と考えているようなところがあれば、これは考え直しても らいたい。

 リーダーにとって大切なのは、経営的視点から見た考え方である。長期的な見 地から、「教育は先行投資」と考えて、一定量以上計画的に粛々と提供してほし い。特に5年後の事業ポートフォリオを睨んで、それに対するリソースマネジメ ントを行うのは部門のリーダーの責務である。偶然や神風を期待しても仕方がな い。人は勝手には育たないのである。特に変化の激しいグローバル化の前にはこ の傾向は強い。

 極端な話をすれば、「教育をコスト」と考えることは、「雇用の流動化」を前 提とした考えとも言える。社員に対して教育投資して人財価値を向上させ、キャ リア開発支援を行いながら、将来の事業の変化に対応させるからこそ雇用を守れ ると思う。雇用を守るためには、社員に価値ある人で居続けて頂くための「機会 の提供」をし続けることが必要である。そして社員は、この期待に応えるべくセ ルフマネジメントする必要がある。

 ここに来て、どんな会社でも同じような課題認識を持つに至っているのはグロ ーバル化のインパクトだと思う。つきつめて言うと、今までと異なる外部環境変 化だと思う。この外部環境変化に対応できる能力やマインドを身につけている人 財は、セルフマネジメントできるだろう。

 このような状況の中で、やはり個人にとっての原点は「キャリア自律」なのだ と思う。「自分の人生自分が主役。自分のキャリアは自分で築く!」である。

この記事へのご意見・ご感想や、筆者へのメッセージをお寄せください(こちら ⇒ 送信フォーム