人材育成コラム

リレーコラム

2015/10/20 (第67回)

他流試合のすすめ

ITスキル研究フォーラム 理事
日立製作所 情報・通信システム社 人事総務本部 人財企画部 チーフマネージャ

石川 拓夫

 企業の教育研修に他流試合がもっと必要だ!という意見を皆さんはどう思うのだろうか?なにをいまさらと思う人と、やっとかと思う人と、変わってきたねと思う人と様々だろう。日本市場が伸びない中で、新しい社会価値創造が叫ばれている昨今、教育機会も社内に閉じた、それも知識付与型ではなく、社会や市場に目を開いたもので、かつ刺激的なものでないと化学反応は生じない。早い、遅いはあれ、一般的には共通した課題だろう。

 さて、個人的な話で恐縮だが、今年4月から日立グループの事業再編によって、日立ソリューションズから日立製作所情報・通信システム社の人事総務本部に異動している。担当分野も広報・宣伝・CSR・ブランドは1年半で卒業し、またまた長年担当した人財開発になった。自分では人財開発の専門家だとは思っていないが、よほど縁があるのだろう。

 主には技術教育の担当である。出身会社も含めたグループ全体を含めて施策立案を担当することになり、そのスケールの違いと文化の違いにしばらくは戸惑っていた。同じ日立グループとはいえ、ITベンダー育ちなので、メーカーの文化は少し違和感がある。今ではようやくこの違いを飲み込んで仕事が出来るようになった。こんな環境変化の中で出てきたキーワードの一つが他流試合である。

 先般、ある他流試合形式のリーダー育成研修を見学した。この研修は、ITベンダー4社が6名ずつ参加するもので、受講者同士が徹底的にフィードバックし合うような形式で行われていた。同業者とはいえ、他社の人の異なる視点や価値観を最大限利用する試みである。研修の目的は、リーダーシップマインドの再構築と自己変革への一歩の具体化である。その目的のためのこの他社の人の数々のフィードバックは、受講者に最初は混乱を与えたが、原点に戻って自分の一歩を見出すのに有効だったようだ。最終セッションの振り返りで、ある受講者は、
 「他社の人からの自分と違う視点での質問や指摘で、もやもやしていたものの中からこれだというものが見つけられた」
という感想があった。他社の人だからこそかえってしがらみが無く素になれるのかもしれない。また、
 「そもそも人に関して興味を持っていない自分が良く分かった。リーダーとしてはまずここから克服したい」
という、ITエンジニアらしい感想もあった。これも見ようによっては、異なる組織風土の他社の人の指摘から気付いたものかもしれない。他流試合はこのように刺激的な気付きの多いものだと思う。

 他流試合は、個人的にはITベンダーの立場で、早くからその必要性を痛感して、2000年前後から対応してきた。ITエンジニアは、社会や市場を見ているようで、実は顧客と社内(組織)しか見ていない傾向にあった。顧客の先の市場や社会にあまり関心を持たなくても受注はもらえる。またお客様が望むものを提供していれば良い時代が長かった。だからマーケティングという感覚が本来弱く、面前の仕事をこなせばお金がもらえた。異動も少なく、他に目を向ける機会も少なかった。

 しかし良質な案件が豊富にあった時代は終わりになり、現在特定のイベントによる特需はあるにせよ長期的に見れば、新たな社会価値を見つけ出し、ビジネスにつなげる必要性が高まっている。このアプローチを社会課題解決から試みる人もあろう。また技術基点で試みる人もあろう。いずれにせよこれは同質な組織の中から、かつ上意下達では成果が得にくいものだと思う。こんな中で、他流試合形式による様々な取り組みは、少なくとも文化や視点が異なった者が混じり合うことで、ちょっとした化学反応が期待され、小さな一歩だが、ひょっとしたら価値創造・変革型のリーダーを生むきっかけにもなるかもしれない。

 幹部候補生にも必要だが、私はキャリアの選択を迫られる30歳前後の若手に機会を提供したいと考えている。大きな組織だから一生懸命に染まろうとしてきた。だからこのへんでちょっと他流試合で力試しという機会が必要だろう。もし志や視野や見識、技術力などの中でなにか負けた!と思う社外の人と出会えれば、それは生涯の目標の人になるかもしれないし、痛いけどそれまでの取り組みを振り返り、それまでとは違った視点で、これからのことを考えることが出来ることだろう。

 私もそんな機会があった。長いキャリア開発を考えて、一皮むけるためには大切なことだと思う。

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