人材育成コラム

リレーコラム

2017/12/20 (第91回)

藤井四段の強さに見る、AIとの付き合い方

ITスキル研究フォーラム クラウド人材WG主査
株式会社NTTPCコミュニケーションズ 営業本部 営業企画部長

中山 幹公

 そろそろ今年一年を振り返る時期に入った。今年の話題の人といえば、将棋の藤井聡太四段も名前が挙がるだろう。

 ご存じのように、最年少デビューからの公式戦で破竹の29連勝の新記録を樹立し、大きな話題となった。参考までに、30戦目で敗北を喫して以降の戦績もお知らせしておこう。この原稿を執筆している2017年12月5日現在で、29連勝も含め、藤井四段はデビュー以来公式戦58戦を戦っている。合計戦績はなんと51勝7敗である。デビュー以来の29連勝には及ばないが、直近11月23日に敗北する前は、11連勝という戦績も残している。戦績だけでも驚異的なのだが、さらに15歳という年齢を考えると、まさに驚天動地の強さである。

 ところで、将棋といえば、執筆時本日の12月5日は、第30期竜王戦の第5局が鹿児島で行われており、現タイトルホルダーの渡辺竜王に羽生棋聖が挑んでいるが、第4局までの戦績は3勝1敗で羽生棋聖がリードしている。本日羽生棋聖が勝利すれば竜王タイトルを奪取し、さらにこれで竜王タイトルを通算7期獲得することになるので、「永世竜王」という資格を手にすることになるそうだ。さらに言えば、将棋界の8大タイトルのうち新設の「叡王」以外の7タイトルで永世称号の資格を得ることになり、史上初の「永世七冠」資格者となるそうだ。

 いろんなタイトルの違いや「永世」のルールは素人の私にはよく分からないが、とにかく凄いということは分かる。

 先日、竜王戦第4局の2日目の様子を、たまたま祝日だったこともあり、「AbemaTV」で少しLIVE視聴した。なかには「第4局2日目」という言葉に疑問を持たれる方もいるかもしれない。竜王戦は2日にわたって行われ、1日目のあるタイミングで「封じ手」といって、次の手を書面に記し、封印した状態で戦いをいったん止め、次の日に備えるという手続きが行われる。2日目はこの「封じ手」を開封するところから対局スタートとなる。

 NHKでよくやっている将棋中継などと違い、一手一手の持ち時間が長く、重要局面では一手に1時間以上かかっていた。何手先まで読んでいるのであろうか・・・。長い沈黙が続き、ようやく駒に手がかかって動いた時は静かなどよめきが起こり、戦いの舞台となった群馬の宿の雪景色とも相まってなんとも緊張感漂う一戦だった。大変なのは中継の解説者である。

 おなじみの大きなボードを前に次の手のシミュレーションなど解説を行うのであるが、一手に1時間以上もかけられると、さすがにしゃべることがなくなる。仕方ないので、解説者自身のとある1日のスケジュールを紹介するなど(自身で「誰も知りたくないでしょうが・・・」という自虐コメントとともに)、なんとか場つなぎする様も笑いを誘った。

 私も、さすがに全部見るほど時間に余裕はなかったが、時間が許せば見ていたいと思わせる静かな熱戦であった。そして、先ほど第5局の雌雄が決し、羽生棋聖が勝利。「永世竜王」を手にした。

■ハフポスト日本版
「羽生善治が竜王戦で勝利、史上初「永世七冠」に。“天才”が歩んだ足跡をたどる」
http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/05/yoshiharu-habu-legend_a_23297098/

 さて、ここで冒頭の話題に戻そう。藤井四段はなぜこんなに強いのだろうか。それを語るには、もっともふさわしい、信ぴょう性のある方といえばこの方を置いてほかにないだろう。
 羽生棋聖、いや永世竜王が藤井四段の強さについてインタビューを受けた記事を見つけた。

■BuzzFeed NEWS
「藤井四段はどう「強い」のか。羽生善治三冠が語る、若き天才の凄さ」
https://www.buzzfeed.com/jp/harunayamazaki/fujii-habu

コメントでの着目したいポイントは以下の通りである。
  • 今は、将棋ソフトが普及し、練習や研究に将棋ソフトを活用するプロ棋士も増えている。
  • 自分(羽生棋聖)がデビューした頃は、ただただノートに書くとか、盤に並べるとか、一人でできるアナログな勉強をしていた。
  • これまで、どこがよかった、悪かったというのは、人に教わったり自分なりに深く考えたりしなくてはいけなかった。ソフトがこれだけ強くなると、100%ではないけれどある程度良し悪しを判断してくれる。
  • 人間的な思考とコンピューター的な思考と比較して自分なりにこっちがよかった、こちらはよくなかった、と比較検討しやすくなったのが大きな変化
  • 藤井四段の強さは、小さい頃から詰将棋でトレーニングしてきたことや、将棋ソフトを活用して研究してきた側面もあるのではないか

 つまり、藤井四段を鍛えここまで強くした「師匠」の一人は将棋ソフトに搭載されたAIだともいえるのだ。
 羽生棋聖のコメントを少しうがって解釈すると、「自分の若い頃に将棋ソフトがあったらもっと効率よく強くなったかもしれない」と思っているとも取れる。

 藤井四段の、将棋ソフトに対するコメントも残っていた。
質問:
「ソフトの存在は脅威ですか?」
藤井四段:
「強くなる為のツールという感じです。研究用に私も一応活用しています」
質問:
「最強のソフトと言われるponanzaと指したら勝てると思いますか?」
藤井四段:
「人間と比べるとコンピューターの能力の進化は限度がないです。そういう意味では人間とコンピューターが勝負する時代ではなくなったのかなと思います」
 そう、いまや最強の棋士は羽生永世竜王ではなく、将棋ソフトのAIであり、将棋の世界ではAIは人間をとっくに超えてしまった。そういう局面では、AIと勝負するのではなく、潔く負けを認めて、むしろAIをうまく味方につけた方が勝ち、ということなのだろう。

 もちろん、対局中に将棋ソフトを参照するのは反則である(今年は、そういう騒動もあったが)。だが、練習には大いに活用すべきであり、それが人間である棋士の実力アップに効果が絶大なのである。

 AIが発達してさらに身近になってくると人間の仕事が次々と奪われると言われている。「AIに負けないよう対抗して(従来のやり方で)一生懸命頑張ろう!」という発想と、「AIをうまく使って効率よくスキルを磨こう」という発想と、どちらが自身のスキルアップに有効だろうか。藤井四段の快進撃を見ても、答えは明らかであろう。

 最後に申し添えておくが、将棋ソフトで練習すれば、誰でも強くなれる訳ではもちろんない。そして、いかにツール(=ソフト)が優秀でも、それを使って日々のたゆまぬ努力を怠らないということが重要であることはいうまでもない。

 私も、たまに湯船につかりながら汗をかきつつ、防水型のタブレットで将棋ゲームを楽しんだりするのだが、このゲームは戦いの途中の優勢な局面からスタートし、何回でも「待った」ができるので、先を読まずに取りあえず次々と駒を動かし、何度もやり直しをし、勝つまでそれを繰り返すというスタイルで楽しんでいる。無論これでは先読み力がまったく向上せず、将棋の実力は少しも上がらないだろう。


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