人材育成コラム

リレーコラム

2018/5/21 (第96回)

島で稼ぎ暮らせる人財を育てるプログラミング教育

ITスキル研究フォーラム 理事
株式会社日立インフォメーションアカデミー 取締役社長&学院長

石川 拓夫

 今年2月に全国紙朝刊に北海道の離島にある奥尻高校の取り組みに関する記事が載った。
 「島で稼ぎ暮らせる人財を育てるプログラミング教育」のために、教材と指導案を奥尻高校と弊社で共同開発し実施する予定という内容だ。奥尻町は2年前から町立に転じた奥尻高校を軸に町おこしに取り組んでおられるが、この取り組みの一つである。

 経緯はこうだ。「島で稼ぎ暮らせる人財を育成するのは喫緊の課題だ。奥尻島と本州が光ケーブルでつながっているメリットを生かして、自分でアプリケーションを作り商売ができるプログラミング教育が必要だ」という校長先生の考えに、弊社社員が共感したことからこの取り組みが始まった。弊社公認でプロボノチーム(メンバー9名)を立ち上げ、Web会議システムによる複数回の遠隔会議を経て、約5カ月かけて教材と指導案を作成した。
 プログラミングを初めて学ぶ高校生にITの世界の面白さを伝えると同時に、動くプログラムを作るだけでなく、プログラミングを身近な問題解決の手段として認知することで、生徒のその後の継続的な学習を促すことを目的としている。プログラミングを行うツールには、ビジュアルにプログラミングを行えるなどこの目的に適しているOSSの「Node-RED」を採用した。

 初回の授業は2月21日に実施。指導は奥尻高校の教諭が行ったが、弊社社員がWeb会議システムを用いて、遠隔地(東京)からリアルタイムに授業をサポートした。3月末までに合計23時間の授業を行った。
 初回直前に校長先生から電話があり、離島の活性化に意義ある取り組みに協力したことへの感謝の言葉を頂いた。私からは、「IoTの時代には、だれもがプログラミング能力を必要とされる。それがかなう環境がすでに整い、意思さえあればどこでも行えるし、活性化へのきっかけにもなる。少しでもそのお役に立てたのであれば、弊社の理念にかなうものであり、これに勝る喜びはない」とお伝えした。まだ始まったばかり、これから継続した支援が必要だと思う。

 プログラミング教育熱は、民間で徐々に高まっている。一説には、「読み書きプログラミング」という時代になったらしい。有償のプログラミング教室もニーズが高いようだ。だれもがアプリを作れる時代である。高校の次期学習指導要領で必須化の動きもある。
 そんななかで、「こんな取り組みはすでにどこでもある」と思われるかもしれないが、実はそうでもない。この小さな取り組みは様々な可能性を示唆してくれていると思う。
 まずは社会課題基点にソリューションを提供する時代になり、それを実践したことだ。まだCSR活動に位置付けられる取り組みだが、このアプローチはとても重要だ。
 今まではB to B to C to Sの最初のB(Business)からの取り組みが多かったが、社会課題大国である日本においては、これからは逆のS(Society)からのアプローチが求められる。最近はNPOなどの活動が行政と民間のはざまをどんどん埋めて社会課題解決に挑んでいる時代にもなった。社会課題基点のソリューションは、ビジネスとしても有望な市場に成長する可能性が高い。
 また日立は社会イノベーション事業を推進している。単発ではなく、将来的にビジネス領域と捉えて対応するためには、この視点とアプローチが必要になる。
 次は必要とされるIT力強化支援という社会課題基点のソリューションを、場所に関わらず行ったことだ。同じ取り組みで、離島だけでなく全国の学校教育においてプログラミング教育の支援が遠隔でできることを示唆している。このようにITを活用して産学が連携すれば、短期間での学校教育改革も可能性がうかがえる。

 さらに今回は、長期的な視野に立った地域の自立支援につながる取り組みということだ。その地域の産業活性化をITの側面から推進できる人財の育成につながる。IoT時代は「×IT」の時代である。どこにでも地域産業活性化の種はあると思う。そのためにはIT力強化の取り組みは欠かせない。また重要なことは、今回は奥尻高校の教諭を支援する形で行ったが、地域の現地の力で行うことだ。
 eラーニングの提供だけでは目的遂行には不十分なことが多い。肝心なのは持続可能な取り組みにすることである。遠隔から専門家の支援を受けながら、地域の力で、高校生たちに希望の灯をつけることができる。大げさにいえば、遠隔共同開発による地方創生の一つのモデルを実践し、その可能性を提示できたのかもしれない。
 また別の見方をすると、この初心者にとってもハードルが低く、取っ付きやすいプログラミング教育は、企業の(ITを主業務としない)事業部門の人財のIT力強化にも有効だと思われることも付け加えておきたい。非IT部門のIT力強化は、IoTの時代の業務革新や新事業創出に欠かせないキーワードとして重要な経営課題になってきている。これに対してのソリューションの一つにもなるだろう。

 新聞報道によると、受講した学生にも好評だったようだ。難しいと思っていたものが身近なものになったことは大きな財産だろう。これからもどのような形でこのような取り組みを継続して広げていけるか、弊社としても模索して行きたいと思う。

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