人材育成コラム

リレーコラム

2018/6/20 (第97回)

さあデータから始めよう!~AI(人工知能)の波に乗る第一歩を踏み出すには~

ITスキル研究フォーラム AI人材ワーキンググループ主査
株式会社チェンジ 執行役員

高橋 範光

 人工知能の熱はまだまだ冷めやまないようで、デジタルトランスフォーメーションの本命とも称されている人工知能周辺は昨年同様相変わらず盛り上がりをみせている。各社でAI導入検討が進みつつあるが、様々な導入の壁にぶつかりいまだ本格展開というところまでには至っていないのが現状といえよう。そこで、本稿では、人工知能の波に乗る第一歩を踏み出したい企業がどこから始めるべきかを考えていきたい。

 まず、人工知能の歴史についておさらいしておく。人工知能とは決して新しい言葉ではなく1950年代に登場した、「コンピュータを使って、学習・推論・判断など人間の知能が行っている機能を人工的に模倣・実現したもの、および、その研究分野」を指す言葉である。
 しかしその実現に向けては、現在においてもまだ発展途上の状態であり、現在主流となっている人工知能は、特化型人工知能と呼ばれるものである。特化型人工知能とは、ある特定の業務や領域に関する過去の大量のデータを学習させることによって、その領域において人間の判断と類似する結果を示せるような機械を指す。昨今、この特化型人工知能がビジネスの領域において、少しずつではあるが価値を生み出すようになってきたことが、現在のAIブームの実態である。

 この特化型人工知能が価値を生み出す様になった背景には、3つの技術が存在する。

 1つ目は、ここ数年耳にすることが多い深層学習、ディープラーニングである。ディープラーニングは、2005年にジェフリー・ヒントン教授らによって発表されたアルゴリズムだが、2015年頃から、ディープラーニングを利用可能なライブラリがオープンソース化され、普及したことよって、利用者が急増し、現在のブームにつながった。

 2つ目は、人工知能を構築するために必要となる大量のデータを処理するための処理基盤、GPU(Graphic Processing Unit)である。GPUは、グラフィック処理の高速化のために1999年に誕生した技術だが、2008年にグラフィック処理の目的だけでなく一般的な目的で利用されるGPGPU(General Purpose computing on GPU)が登場することで、AI構築でも利用が進むようになった。現在でも、年々処理速度が高速化しており、AIブームを加速化させる一翼を担っているといえる。

 そして3つ目が、人工知能の精度を高めるために必要な大量のデータ、いわゆるビッグデータである。2010年に入り、注目されるようになったビッグデータは、セルフサービスBIツールでの可視化やデータサイエンスでブーム化したが、人工知能の領域においても、学習・成長のために必要不可欠な存在であるといえる。

 ここまでの内容を踏まえると、人工知能導入を進めるうえでは、「深層学習」などの代表的な人工知能手法の利用、「GPU」などの情報処理基盤の利用、そして、人工知能を学習・成長させるための「ビッグデータ」のそれぞれに取り組む必要があることが分かる。そしていずれも、これまでに企業としてあまり取り組みが進んでいない領域でもあるため、それぞれに検討を進める必要があり、その結果進捗が遅くなっているのが現状といえるだろう。

 では、「人工知能の波に乗る第一歩」を踏み出すのに、どの領域から着手するといいか。深層学習の技術はすでにオープン化されている。また、一般社団法人日本ディープラーニング協会の設立など、研修や検定も数多く用意され、習得しやすい環境が整いつつあることから、基礎的な内容であれば利用自体を進めることは決してハードルは高くない。
 さらに、GPUについても、昨今のクラウドでは時間利用、いわゆるサブスクリプションサービスも始まってきたことで、利用しやすい環境が提供されつつあるといえる。
 これらの2領域において利用しやすい環境が整ったということは、裏返すと、大きく差別化することはすでに難しくなりつつあるともいえる。もしかすると、これらの領域に関して利用だけにとどめず、自社独自の研究開発を進め差別化を図る戦略を考えている企業もあるかもしれない。ただしその場合、競争相手は、年間研究開発予算が1兆円を超えるようなGoogleやAmazonなどのTech Giantであることを理解したうえで、直接対決ではなく、ニッチな領域を見つけて取り組むことが肝要といえる。

 さて残す1つである、「ビッグデータ」についてだが、データそのものは各社固有のものが多く、そのデータの内容によって人工知能が完成するため、この領域こそ差別化が可能な領域であるともいえる。
 そこで、AI導入検討を進めるうえで、自社内にあるデータを有効活用したいと考える企業も増えつつある。しかし、データを詳しくみていくと正確性を欠き、人工知能の学習・成長には利用できないというケースは決して少なくない。いくら精度・速度ともに非常にレベルの高い知能であったとしても、間違えた情報を学習していては、正しい結論を導き出せるはずもない。

 だからこそ、「AI(人工知能)の波に乗る第一歩を踏み出すには」という問いに対しては、着手する環境が整いつつあるアルゴリズムや処理基盤から始めるよりも、あえていばらの道でもあるが、「データ収集・獲得」に取り組むことを優先すべきであり、競争の源泉でもある「正確なデータ」の蓄積にいち早く着手してほしい。
 いまだ、「自社にあるデータを有効活用できないか」という発想にとどまっている企業が多い。AI構築に向けて、まずは「自社にあるデータは本当に正確かどうか」、そして「人工知能の学習・成長のために利用可能かどうか」を見定めるところから始めてほしい。そしてもし、現時点で利用が困難だと分かれば、手遅れにならないうちに、どのようにデータをためていくべきかを考え、実行に移してほしい。さあ、データから始めよう!

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