人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2019/09/20 (連載 第124回)

相手を起点としてストーリーを考える

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

ストーリーの主人公は誰ですか?企業ですか、それともユーザーですか?
 企業を主人公に持ってきたい気持ちはよくわかりますが、本当の主人公はユーザーです。もし「オズの魔法使い」が、輝く鎧をまとった騎士にドロシーが助け出される囚われの姫君の物語だったらどう思いますか?それはドロシーの物語ではありません。騎士の物語です。「オズの魔法使い」ではドロシーが主人公でなければならないのと同じように、あなたの物語でも、顧客はプロダクトを見つけ、使い、家族や友だちに勧めるときに、自分が主人公だと感じなくてはなりません。ストーリーのマッピングとは、プロダクトのユーザーに体験してもらいたい物語を描きだすことです。あなたのプロダクトは、ドロシーの赤い靴です。プロダクトがなければ、ドロシーは決して問題を解決できません。
 これは、「ストーリーマッピングをはじめよう」ドナ・リチョウ著、高橋拓哉訳、ピー・エヌ・エヌ新社刊の一節です。
 自社の開発したプロダクトやソリューションを説明する際に、顧客を主役としたストーリーを組み立て、顧客自身が抱えている問題の解決や「こうあったらいいな!」と思えるような願望を引き出すような道具(プロダクトやソリューション)であることを伝えていく。そのようなストーリーマッピングの方法について紹介しています。

 2007年スティーブ・ジョブズが行ったiPhoneの基調プレゼンをもとに、コンセプトストーリーを紹介する部分が大変興味深かったので、概要をお伝えしましょう。
「コンセプトストーリーとは?」
 コンセプトストーリーとは、プロダクトのコンセプトの物語です。優れたコンセプトストーリーは、少なくともプロダクトに対するワクワク感を引き出します。プロダクトやプロダクトの形状に物語が息づくようになります。コンセプトストーリーには、次の3種類の効果があります。"
●共通のビジョンが伝わる。
●プロダクト作りのさまざまな過程が、共通のビジョンに沿って進められるようになる。
●共通のビジョンを基準に、イノベーションを起こしたり優先順位を付けたりできるようになる。

「コンセプトストーリーの仕組み」
●状況説明今の状態
●事件や問題の発生プロダクトが解決する問題
●盛り上げる行動プロダクト名や簡単な説明、分類
●危機競争
●クライマックスと解決解決策と、価値提案や競争優位
●落とし込み感想
●エンディング目的の達成

「iPhone誕生時のコンセプトストーリー」
●状況説明
 ある仮想ユーザ(主人公)は、iPodと携帯電話をすごく気に入っている。
 もし、一つのデバイスで音楽鑑賞と電話の両方ができたらいいのにと思っていた。
●事件や問題の発生
 ユーザーが抱えている問題やニーズは、2つのデバイスを一つにすること。
 ジョブスは、単に2つのデバイスの融合ではなく、モバイルコミュニケーションの改善の必要性に言及した。
●盛り上げる行動
 盛り上げとは、問題を抱えた人の窮地にプロダクトやサービスが駆け付けた時に始まること。プロダクトの名前と簡単な概要、ここでiPhoneが登場。
●危機
 ユーザーの心境、他のプロダクトとの比較、競争など。
 今の2つのデバイスのままで良いとする心理やタッチ操作の不便さ等々購入を阻害する要因を敢えて列挙する。
●クライマックスと解決
 前段でネガティブな要素を列挙しながらも、新しいプロダクトはそれを凌駕するものである。このことを紹介するだけでなく、ユーザーの驚きや感動を誘発するストーリーに組み立てる。ジョブスは、iPhoneを単に2つのデバイスを融合させただけでなく、モバイルコミュニケーションの改善を実現する「魔法の機器」であることを強調した。音楽を聴いて、電話をかけるだけでなく、インターネットや地図、メールを使えるということをアピールした。
●落とし込み
 主人公が何かの感想を抱くプロットポイント。コンセプトストーリーの場合、それは主人公が、プロダクトを試し、使い、購入してみようかと考えるようになること。
●エンディング
 iPhoneがあれば音楽鑑賞と電話を1つのデバイスで行えること、さらには周囲の世界とコミュニケーションが取れることを主人公であるユーザーは理解する。そしてAppleの目標は「コミュニケーションの改善」を目指すものであることを伝える。
 ジョブスは、iPhoneが魔法の機器であるとしました。そして、人々が気づいている問題課題を超えて、モバイルコミュニケーションの改善を目標とするコンセプトを打ち出しました。
 このクライマックスの設定が、とても重要であることが伝わってきます。
 コンセプトストーリーにおいて、状況説明からクライマックスまでの道のりが平たんでなく、急坂を駆け上がるような展開となっていることが望ましいと解説しています。坂が急であればあるほど、主人公が体験する感動は高くなり、結果としてその感動が購買動機へとつながっていきます。

 さて、iPhoneのようなエンドユーザーを対象としたプロダクトでは、エンドユーザーを主人公として描くことは自明ですが、ビジネスユースの情報システムを開発する場合のコンセプトストーリーの主人公は誰を対象に描けばよいのでしょう?
 「システムの利用者を主人公とする」ことだと思います。
 一般的には、システムの要求仕様を取りまとめるのは、顧客側であり、システム開発ベンダは、要求仕様に基づいてプロジェクトを取りまとめる役割となっています。
 であれば、コンセプトストーリーを作成するとすれば、顧客側の役割となるのが現在の考え方ということになるでしょう。

 私はこれまでの常識的な役割分担を打破して、システム開発における「コンセプトストーリー」をプロジェクトメンバーが顧客と共に作成し、プロジェクトに関わるステークホルダー全員が共有する文化を構築することがこれからの時代に必要であると考えます。
 プロジェクトメンバーは、システムの利用者を主人公としたストーリーを熟知し、その主人公が便利、安心、安全なシステムを利用することで課題をクリアするクライマックスへと向かう姿を想像する。
 そのようなシステムの開発に従事できていることに、プロジェクトメンバーは仕事の満足感を得ることでしょう。そして、複雑化するシステムに対して度々発生する仕様の見直しについても、仕様変更の指示を待つのではなく、コンセプトストーリーに沿った最良の改善策を一緒に検討し、提案する。
 そんな文化の構築が今求められているように思います。

 「相手を起点としてストーリーを考える」これは、顧客ならびに顧客の顧客、そして自分自身の満足につながることだと思います。


この記事へのご意見・ご感想や、筆者へのメッセージをお寄せください(こちら ⇒ 送信フォーム