人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2009/06/05  (連載 第1回)

高度IT人材を育成するための2つの課題

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

  私は、メーカー系IT企業に1978年に入社し、2005年までの27年間 人事部門で主に教育や採用を担当してきました。
  独立して4年になり、仲間と進めている実践的な問題解決法の開発と普及を柱 として、企業研修の講師を中心に活動しています。
  ITスキル研究フォーラムの代表や事務局の方々とは、前職の在任中からのお 付き合いであり、今号からiSRF通信に私なりの考えや経験してきたことを書 かせていただくことになりました。

  第1回のテーマは、「高度IT人材を育成するための2つの課題」です。 皆さんは、次の文を読んでどんな思いを抱きますか。
  「私たちはいまや知識労働者の時代を生きている。しかし私たちの組織はいま だに産業時代型の管理モデルで働いていて、人間の潜在的可能性を完全に抑圧し てしまっている。今日の職場で支配的な産業時代型の思考様式が、知識労働者の 時代の新しい経済の中で役に立つはずはない。それなのに人々は、職場だけでな く家庭でも旧態依然たる思考様式に従って生きている。」

  これは、「7つの習慣」の著者として有名なスティーブン・コヴィー氏の著書 「第8の習慣」で、「知識労働革命」の只中にいる現在社会について私たちに警 鐘を鳴らしている部分です。

  「産業革命」が1770年代から1830年代の時間を経て形作ったように、 「知識労働革命」も時間をかけて形をなしていくものと思われます。
IT人材育成も同じで、時間をかけて少しずつ形を成しつつあります。
その牽引役の一つがITスキル標準です。

  2002年に誕生したITスキル標準は、経産省やIPAの尽力により、毎年 改善がなされています。昨年のIPA調査では、既に3分の1の企業がITSS を利用し、1,000人を超える企業では6割強が利用しているようです。筆者の実 感でもIT人材育成のスタンダードとして定着してきており、今後の更なる改善 と定着に期待したいところです。

  しかし、それで十分かというと、もちろんそんなことはありません。日本のIT を、また世界をリードできる人材をどんどん輩出するためには、次の2点が決定的 に欠けていると感じています。
(1)ラインマネージャーこそ高度IT人材として磨きをかけることが必要!
(2)若い優秀なエンジニアにチャレンジャブルなジョブアサインを!
次に、それぞれについて、説明します。


ラインマネージャーこそ高度IT人材として磨きをかけることが必要!

  ITSSは、プロフェッショナル人材を育成するための標準です。対象範囲を 限定しているので、経営人材の育成には言及していません。一般にラインマネー ジャーは経営人材に位置づけられているので、ITSSの対象から外れる傾向に あります。

  一方、多くの企業では、人事制度改革を進め、優秀者の抜擢による経営人材へ の登用を早める傾向があります。もし、経営人材の登用=ITSS卒業という構 図が企業に定着すると、高度IT人材のレベル5以上の排出は困難になります。

  顧客ニーズが高度化・多様化する中で、ラインマネージャーの専門性がますま す求められるようになりました。ITSSでは、レベル5以上のプロフェッショ ナルには研修でなくコミュニティ活動によるブラッシュアップを提示しています。

  自社内に留まらず広くプロフェッショナル同士が交流し、お互いの技術を高め ると同時に後進の育成もして行こうというミッションを持たせています。   まさにこのプロフェッショナルによるコミュニティ活動の活性化が、日本の高 度IT人材の発展に欠かせません。

  ラインマネージャーこそ高度IT人材として磨きをかけること、そしてコミュ ニティ活動を通じて業界全体の底上げを図ることが求められていると思います。
  私は、「ラインマネージャーはある時期の役割であって職種ではない」と考え ます。現実には、その役割に追われて技術を磨くことが疎かになっていないで しょうか。(私もその一人でしたが)

  その点では、企業での重責を持ちながら、IPAのプロフェッショナルコミュ ニティに参加し、業界の発展のために尽力されている方々には頭が下がります。

  経営人材として登用した人材(ラインマネージャー)も専門の職種を持って、 プロフェッショナル同士の交流を活性化すること。そのことが、本人・企業・ 業界にとってもプラスになるのではないでしょうか。読者の企業ではどのように 取り組んでおられますか?


若い優秀なエンジニアにチャレンジャブルなジョブアサインを!

  昨年共通キャリア・スキルフレームワークが整備され、情報処理技術者試験と ITSS、UISS、ETSSの整合性が図られました。この基準によれば、高 度情報処理を学生時代に取得した新入社員は入社時点でレベル4という認定も可 能?という疑問が生まれます。もちろん、ITSSでは「達成度指標」という経 験と成果をレベル判定に用いていますので入社時点でレベル4ということはあり ません。

  「試験に合格しても仕事では必ずしも成果を発揮できない人」、「仕事では力 を発揮しているのになかなか試験に合格できない人」と様々ですから、試験合格 者=優秀者という構図は危険ではあります。
  しかし、試験の合格は、その知識レベルを有していることの証ですから、いつ その知識レベルに応じた経験をさせるかが課題になります。

  日本の企業では、まだまだ年次別の管理で入社年次に基づいたジョブアサイン が一般的なように思います。
  米国オバマ大統領の就任演説が話題になり、そのスピーチライターであるジョ ン・ファブロー氏が弱冠27歳だったことに、多くに人が驚きました。
  過去の例を見ますとケネディ大統領時代の選挙参謀ディアドリ・ヘンダーソン 嬢も25歳という若さで要職に就いています。

  最近の新入社員教育では、PBL(Project Based Learning)型の研修が増え てきました。新入社員の中でチームを組み、プロジェクトを運営してシステム構 築を行う演習形式の教育です。

  この演習を通じてリーダーやメンバーの中にキラリと光るエンジニアが出てき ます。実際に経験させると相当な能力を有していることが分かります。しかし、 翌年そのキラリと光っていたメンバーに合うと普通の人になっているケースがあ ります。能力を思う存分発揮する機会がなかったのではないでしょうか。
  その状況を克服するのも本人次第といえばそうですが、何かもったいないよう に思います。現実には決して簡単ではないことは承知していますが、あえて「若 い優秀なエンジニアにチャレンジャブルなジョブアサインをすべき」と問題提起 します。

  メンター制度をうまく活用して早期に育てれば2年目でレベル4に到達できる 人材もいるのではないかという仮説と、能力に応じた人材戦略でまだまだ日本の ITエンジニアは育つという思いを込めて提言しました。

  高度IT人材の育成は、我が国の緊急課題であり、世界に通用するプロフェッ ショナルを多く輩出できるかが国際競争の中で生き残る課題です。

  皆様のご意見をお待ちしております。

(※この記事は2009年5月11日に「iSRF通信」で配信された記事をWeb掲載用に編集したものです)



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