人材育成コラム
“人財”育成のツボ
2009/07/01 (連載 第2回)
スキル標準の導入「スキル診断からはじめてもいいんじゃないですか?」
ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表
安藤 良治
O氏 うちの事業部でも本部長クラスを人材育成担当にして、連日事業部内で議論している。全社の教育委員会でもスキル標準をベースとして自社に適した人材育成の体系を見直しているところだ。
安藤 スキル標準は、現場の人材育成にフィットできているかな?
O氏 職種という概念は今までなかったし、ゼネラルな人材を育成することの方 に関心が高い。スキル標準は、外資系のジョブアサイン型の文化には適し ているかもしれない。リソースをまず抱え、受注できたプロジェクトにア サインする日本的なわが社のような文化には、ピンとこない部分がある。
安藤 ピンとこない、という本音を洩らす現場の声は、結構聞こえてくるね。 でも日本的な『リソースを抱えて、とれた仕事に対応する』というやり方 でこれからもやっていけるのかな?
O氏 人材育成の体系を見直しているのもそのことがテーマだよ。
安藤 あるべき姿(To Beモデル)を明確にして、現状(As Is)との ギャップから、人材育成テーマを明らかにする。
O氏 あるべき姿って、どんどん変化するよ。金融危機が起きる前は、慢性的な人手不足に悩まされていた。そんな時には、ポテンシャルのある人材を探して、育てながらプロジェクトを進めていくしかなかった。今は、減少していくパイの中で何とか受注を獲得し、持っているリソースをうまくプロジェクトにアサインする。余剰がでないことに苦心している。
安藤 戦略的に受注を獲得したいところだけど、現実はなかなか難しい?
O氏 パッケージや製品を作って展開するビジネスは、自社の考えた戦略から展開することが、求められる。しかし、ソリューションを提供するビジネスでは、自社視点ではなく、顧客が直面している環境の変化に適したソリューションを見つけなければならない。だから、オールラウンドなプレイヤーがまず欲しくなる。
現場の実態を再確認。コミュニケーションが活発に
O氏 最初にスキル診断をしたことは、現場の関心を高めた。社内には、やってきたことを登録するスキルインベントリのシステムがあったが、職種やレベルといった発想がなかったので体系的に見ることができなかった。スキル診断を実施したことで、統計的に現状を確認できるようになったのは良かったね。
安藤 スキル診断をして、新たな発見はあった?
O氏 「再確認できた」というところかな。比較的顧客に近いところで仕事をしている社員が多いから、顧客要求を調整しながら、パートナーである国内ソフトベンダーやオフショアに発注する機会も多い。そんなことから、若い社員もプロジェクトマネージャーの職種を選択する者が多かったようだ。
安藤 プロジェクトマネジメントの全国調査を見ると、本来この職種はレベル3からの設定なのに、レベル1やレベル2の人もかなりいた。これは経験の浅い人が実質的にプロジェクトをまとめなければならない実態を表しているようだね。
O氏 プロジェクトに参画した時にアプリケーションスペシャリストとしての機能とプロジェクトマネジメントの機能の両方が求められており、その比重からプロジェクトマネジメントを選択していようだ。
安藤 スキル診断はそれなりに意味があったようだけど、これからどう展開する?
O氏 人事はあるべき姿を描けとうるさく言ってきているけど、スキル標準先にありき的な発想では、現場には定着しにくい。ジェームス・C・コリンズの図書『ビジョナリーカンパニー2 -飛躍の法則-』に書かれているステップが興味深い。
つまり、
①最初に人を選び、その後に目標を選ぶ
②厳しい現実を直視する
③単純明快な戦略
④規律の文化
⑤新技術に振りまわれない
⑥劇的な転換はゆっくり進む
⑦ビジョナリーカンパニーへの道
コリンズ氏の言う『最初に人を選ぶ』は、かなり次元の高い要求なので、われわれの実態とは違うかもしれないが、全体の流れはプロジェクトを成功させるためのプロセスを示唆していると思う。
これからどう展開する?という質問だったけど、
- 変化の激しい現実の中で事業全体のグランドデザインを描くことがまず先決。
- 顧客にソリューションを提供することが、現在の事業の柱だから、顧客視点というか、顧客の顧客を考えられるSEを育てなければならない。
- 顧客の立たされている厳しい現実を直視する。
- その中で、システムを道具として顧客が勝ち残る戦略を一緒に考える。(単純明快な戦略)
- その戦略を実現するためのルールを共に検討する。(規律の文化)
- クラウドコンピューティングとかSaaSといった技術が注目され、顧客の関心も高くなった。プロである以上それが何かを知らなくてはならないけれど、世の中に新しい技術が出てきたからと言って、どの顧客にも導入を提案すれば良いとは限らない。その顧客に適した技術を選択することが重要だ。(新技術に振り回されない)
- 大きな転換につながるようなシステムを導入する際には、ステークホルダーの利害対立が激しくなる。ステークホルダーとの根気強い調整と理解を求める動きを粘り強く行う必要がある。(劇的な転換はゆっくり進む)
安藤 職種やレベルといった概念は、ソリューションSEには馴染まない?
O氏 レベルはもちろん存在する。職種という概念は、そのプロジェクトにおけ る役割と置き換えれば理解できる。
ただ、社内で以前こんな話があった。システムアーキテクトとしては優秀で理論家と思っていた人物の発言だっ た。『職種を明確にするのはいいですね。私なんか顧客の調整は苦手だし、純粋に技術を追いかけていたいので、システムアーキテクトに専念できれば、もっと力を発揮できると思います。』
彼のこの発言を聞いた時に多少疑問を感じた。その時、彼にはあるプロジェクトのリーダーを任せていて、どちらかといえば彼の苦手だった『人との関わり』を深く経験させて、一段上のレベルに育てたいと思っていた。そのような時の発言だったので、危惧をいだいた。
職種にこだわるとシステム全体の目的やプロジェクトを成功させるために必要なステークホルダーとの関わりが見えなくなるのではないかと。専門一筋、職人として育てる方法もあるが、彼には全体が見渡せるSEに育ってもらいたいと願っている。
安藤 システムアーキテクトでもレベル4以上は、ステークホルダーを意識しな ければならないミッションになっているので、技術オンリーでレベルアップする定義ではない。しかし、現場ではもっと顧客の目的、顧客に喜ばれるような視点が必要だと。
O氏 その通り。
安藤 私も独立してから、顧客の目的や顧客の顧客を考えるという意味がやっと分かってきた。人事一筋で会社で頑張っていた頃は、人事施策をどうしても主語にして現場の声に耳を傾けることが弱かったかも知れない。
先程のコリンズ氏の『劇的な転換はゆっくり進む』という言葉には共感できる。スキル標準という新たな文化を社内に定着させるために、まずはスキル診断を行い、現状を確認する。出てきた統計値をもとに現場と人事、関連部門があるべき姿を議論する。議論していく中でステップバイステップで成長していくモデルを構築することが重要だと思うようになった。
あるべき姿、To Beモデルを描けない現場を批判していた時期があったことを思い出すと、人事視点で現場視点ではなかったように思う。今日は、現場の意見や状況を教えてくれてありがとう。
今回は、友人との会話をもとにスキル標準の導入のステップや経営と人材育成というテーマで記載しました。
多くの企業でスキル標準が導入され始め、その導入の入口としてスキル診断を活用されている例が少なくありません。
スキル標準の導入にあたって、スキル診断から始めることに否定的な記事も一部出ています。私は、まずはスキル診断で現状を確認して、現場と関連部門のコミュニケーションが活発になれば、一歩前進と思います。
新たな制度を導入し、定着させるためには、長い年月を必要としますし、関連部門の良好な関係が欠かせません。
「劇的な転換はゆっくり進む」のですから。
皆さんのご意見をお待ちしております。
(※この記事は2009年6月5日に「iSRF通信」で配信された記事をWeb掲載用に編集したものです)
