人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2018/2/20 (連載 第105回)

時代が変化しても生き続けられる事業目的となっていますか?

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 仮想通貨取引所大手のコインチェックで発生した大規模な不正アクセス、被害額580億円相当。
 かつては3億円事件で世の中が騒然としていました。今回の事件は、その金額の大きさに驚くばかりです。このような事件が起きると私たちは既に第4次産業革命のただ中にいることを実感します。

 この事件が今後どのように解明されていくのか見守っていきたいと思います。既に分かったこととしてコインチェックには求めていた人材が確保できずセキュリティが十分でなかったこと、一方ブロックチェーンという仮想通貨の取引に使われている技術が取引の履歴を透明にできるため、汚れた仮想通貨にマーキングして現金化を困難にできること、また盗まれた仮想通貨を取り戻すことができなくてもコインチェックでは460億円を被害者に支払うと言っていること。
 仮想通貨の取引所はそれほどもうかるのかと唖然とします。
 これからの時代の常識やこれから起こることを少しでも覚悟しておかなければ不安ばかり増えていくことになりそうです。

 そう思っていたところに良書に出会えました。
 1月末に発刊された「日本再興戦略」(落合陽一著、幻冬舎刊)
 落合さんは、筑波大学学長補佐デジタルネイチャー推進戦略研究基盤 基盤長、デジタルハリウッド大学客員教授、そして自らピクシーダストテクノロジーという会社を設立して、新しい時代の人生のありさまを実体験しながら世の中に訴えています。1987年生まれというのでまだ30歳になったばかりの方です。

 本のタイトルにあるように、著者の考える日本再興のグランドデザインや政治についても展開されていますが、本コラムでは「第3章テクノロジーは世界をどう変えるか」からいくつかを紹介します。
 バーチャルリアリティの世界が広がるにつれて、プライベートという概念も大きく変わります。一言でいうと、情報はもっとオープンになっていって、プライベートというのは、何かやましいことがあるのではないか、という意味合いになっていくはずです。

 たとえば、今、アップルのサファリのブラウザでサイトを閲覧したり、検索したりするときに、「プライベートブラウズ」という機能があって、これを使うと閲覧の履歴が残りません。それを使って大半の人は何をやっているかというと、アクセスを残したくないところにアクセスしているか、他人のスマホを借りているか、やましいことをしているか、性的コンテンツを見ているかです。

 お金についても、今後は現金を使う人がいると、「この人は脱税したいからではないか、何かやましいことがあるのではないか」と思われる時代が来るはずです。中国で紙幣が減り、スマホの決済が増えた背景にも、偽札問題がありましたが、それと同じ話です。
 履歴が透明になりプライベートはなくなる。と聞いても、素直に受け入れたくない気持ちが湧きますが、今回のブロックチェーンによる仮想通貨の取引を見ると「そんな時代になるのかな?」と受け入れる気持ちも出てきました。現金については、世界の流れが現金取引がなくなる方向に向かっているのは事実のようです。
 2025年ぐらいになると、日本でもある程度、自動運転車が走っているはずです。僕が自動運転を体感してみてよく感じるのは、一度自動化してしまうと、次に誰か人間に運転してもらうことが馬鹿馬鹿しいと思うようになる、ということです。サービスを伴わない車の職業運転手は、昔のエレベーターガールのような存在に近くなるでしょう。

(中略)

 自動運転によって移動の概念そのものが変わります。移動が自然に溶け込むのです。僕は「Transportation as Nature(トランスポーテーションアズネイチャー)」と呼んでいるのですが、「End to End Transportation(E2ET)」つまり目的地と目的地の間をトランスポーテーションするということが普通になって、「運転」それ自体をあんまり意識しなくなります。車に乗るという行動が無意識に行われるようになるのです。

(中略)

 これからの自動車企業は、道具ではなく、生活様式、ライフスタイルを定義するブランドみたいなものになっていくでしょう。国内企業も乗る人の生き方を規定してあげるブランドのようなものになっていかないといけないのです。

(中略)

 僕はよく「トヨタはトヨタフォンをつくったほうがいい」と言っていました。トヨタが車だけにこだわる必要はまったくありません。しかも、生産コストが下がっているから、やれることはやるべきなのです。これからはライフスタイルブランドにならないといけないのです。トヨタの今後のライバルは必ずしも自動車メーカーではありません。ライバルはLVMHかもしれないのです。
 ここで、LVMHとはフランスのコングロマリットでルイ・ヴィトンやディオールを有する世界最大のファッション業の企業体のことです。

 この自動運転車の進展による自動車業界の変化については、マーケティングの教科書に出てくる「駅馬車」の経営者に聞いた「事業目的」を思い出させます。
「あなたの事業目的は?」
A社:「駅馬車を運営することです。」
B社:「顧客を目的の場所までお連れすることです。」
 やがて、B社は時代の流れとともに、顧客を目的地により早く快適にお連れする会社として鉄道会社に変わり、A社は駅馬車にこだわり続けたために鉄道の出現とともにやがて消滅した。

 落合さんは、日本の自動車企業が運転をすることにこだわり過ぎていると言います。トヨタの「FUN TO DRIVE」は自動運転時代には弊害となってくると指摘します。
 私は運転することが好きなので、マツダの「Be a Driver」のコンセプトが好きです。また、この時代にエンジンの開発にこだわり続けていることにも好感を持っています。
 きっと、運転を楽しむ車と、落合さんが言うトランスポーテーションを目的とした車が併存する時代がしばらく続くことでしょう。そして、その後に来るものは落合さんのイメージが正しいように思います。

 この他にも本書では、技術の変化によってくる未来の姿がたくさん紹介されています。通信技術のさらなる進展5Gの出現によって起こる変化、自動翻訳の普及、それらの変化を先取りして(遅れているものは追いついて)日本の再興を目指そうと提言しています。
 今後の変化について考えようとする方には、ぜひ一読をお勧めしたい図書です。

 さて、本書を読み終えて感じたことは、もう一度自社の「事業目的」をしっかり定義することが大事だということです。
 あなたの会社の事業目的は、時代が変化しても生き続けられる事業目的となっていますか?


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