人材育成コラム
“人財”育成のツボ
2018/3/20 (連載 第106回)
社員のハピネスを高めると会社は儲かる
ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表
安藤 良治
幸せな人は、仕事のパフォーマンスが高く、クリエイティブで、収入レベルも高く、結婚の成功率が高く、友達に恵まれ、健康で寿命が長いことが確かめられている。定量的には、幸せな人は、仕事の生産性が平均で37%高く、クリエイティビティは300%も高い。
重要なことは、仕事ができる人は成功するので幸せになる、というのではなく、幸せな人は仕事ができるということだ。そしてハピネスレベルを高めるのは、成功を待たずとも、今日ちょっとした行動を起こすことで可能なのである。
これは、日立製作所理事研究開発グループ技師長である矢野和男さんの著書「データの見えざる手」(矢野和男 著 / 草思社刊)の一節です。重要なことは、仕事ができる人は成功するので幸せになる、というのではなく、幸せな人は仕事ができるということだ。そしてハピネスレベルを高めるのは、成功を待たずとも、今日ちょっとした行動を起こすことで可能なのである。
この本を読むきっかけになったのは、2月20日に開催された EDGE株式会社と株式会社日経BPマーケティングの共催による「Bright At Work シンポジウム 2018 in Winter」を聴講したことです。
このシンポジウムのテーマは、「幸福度と生産性向上を目指す働き方改革」で以下の構成でした。
Bright At Work シンポジウム 2018 in Winter 幸福度と生産性を目指す働き方改革
https://bright-at.work/1.パネルディスカッション
「中央省庁が本音で語る!働き方改革で目指したい姿とは」
経産省、厚労省、総務省のご担当が参加され、主催者であるEDGE社の佐原社長がモデレータを担当
2.「人を幸せにする人工知能と新しい働き方」
株式会社日立製作所理事 矢野和男氏
3.「クラウドソーシングでビジネスはこう変わる
~クラウドワークスが取り組む『働き方改革』」
株式会社クラウドワークス代表取締役社長 吉田浩一郎氏
4.「多様な働き方に対応し、社員の働きがい・生産性向上を実現する評価制度」
EDGE株式会社 代表取締役社長 佐原 資寛氏
矢野さんの研究グループは、人の行動や社会現象を計測し、記録するセンサテクノロジーとその応用について研究しています。その一つにリストバンド型のウエアラブルセンサがあり、2006年に開発されて以来、矢野さんならびにグループのメンバーが片時も離さず10年以上のデータを蓄積されています。
ビッグデータという言葉が生まれていなかった時代から、リストバンド型のウエアラブルセンサに装着された加速度センサが、毎秒20回身体運動や人との面会、位置情報などを記録し続けた結果、矢野さんいわく「ライフタペストリ」という人生を俯瞰する記録を生み出しました。
その後、名札型のウエアラブルセンサ「ビジネス顕微鏡」を開発され、人と人との面会を検出する赤外線センサ、体の揺れと向きを検出する加速度センサ、周囲の音量のセンサ、温度センサ、照度センサを搭載して、人の行動をより精緻なデータとして蓄積できるようになりました。このセンサは、「ハーバードビジネスレビュー」誌2013年9月号において「歴史に残るウエアラブル装置」として紹介されているそうです。
集めたデータに潜む意味をくみ取り、業績向上要因を発見するために人工知能ソフトウェア「Hitachi Online Learning Machine for Elastic Society」(Hと呼称)も開発されました。この人工知能は、マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ氏が2004年に「自ら学習するマシンを生み出すことには、マイクロソフト社10社分の価値がある。」といわしめた学習するマシンそのものです。
これまでの一般的なコンピュータでは不得意とされてきた帰納的な処理を可能とする、つまり「個別的・特殊的な事例から一般的・普遍的な規則・法則を見いだそうとする」帰納的な処理を行うものです。10年前には、ビル・ゲイツ氏も距離があると感じていた「学習するマシン」が現実のものとして世に生まれました。
矢野さんの研究は、人の行動をセンサによって計測し、そのビッグデータを人工知能を使って分析し、定量的なデータとして検証することを可能にしました。
矢野さんの研究成果を魅力あるものとしてさらに磨きをかけたのが、「幸せの心理学(ポジティブ心理学)」の第一人者であるカリフォルニア大学リバーサイド校のソニア・リュボミルスキ教授との出会いそしてコラボレーションでしょう。
矢野さんは、米国出張の際、リュボミルスキ教授の著書「ハピネスの方法」に出会い飛行機で読み進めるうちに、幸せに関する科学的な新しいアプローチに共感し、一緒に仕事がしたいと思ったそうです。早速、ご本人に連絡をとり、教授の研究室を訪問されたことを契機として共同研究が始まったそうです。
リュボミルスキ教授はハピネスに関して、インタビューやアンケートを用いて、人の心という目に見えないものを定量化して研究しています。
リュボミルスキ教授の研究によれば、ハピネスを高める施策を行えば、人の行動も変わると予想されていました。しかし、その計測方法が困難でした。矢野さんのセンサと組み合わせることでこの計測が可能になり、お互いの研究成果がより高い効果を示すことにつながりました。
矢野さんのセンサを活用して分析した結果、出された成果は数多くありますが、その一つを紹介すると、コールセンタでの調査を通じて解明した事実があります。
「休憩中の会話が活発だと生産性は向上する」
我々はすでに、定量データを用いて、人の身体運動に秘められた意味を解読することで、幸せと生産性を同時に制御することに成功しはじめている。(中略)
我々が開発した名札型のウエアラブルセンサ技術を使えば、これらの人間行動も含めた網羅的なデータが得られる。大量の業務データとこれらの人間行動のデータを合わせれば、人の生産性やハピネスを決める要因を調べることができると期待された。(中略)
受注は、意外なことと相関していた。それは、休憩所での会話の「活発度」である。休憩時間における会話のとき身体運動が活発な日は受注率が高く、活発でない日は受注率が低いのである。(略)
(補足)受注できたので会話が活発になったという仮説も成り立つのでその要因についても調べ、その結果導かれた結論です。
ハピネスとは実は集団現象だということになる。ハピネスは、個人のなかに閉じて生じると捉えるより、むしろ、集団において人と人との間の相互作用のなかに起こる現象と捉えるべきなのだ。集団にハピネスが起きれば、企業の業績・生産性が高まる。
コールセンタという、一見、個人プレー色の強いオペレータ業務においても、集団的な力が、結果を大きく左右しているということが確かめられた。身体運動の連鎖が活発に起こる(すなわち、普通の言葉でいえば活気ある)現場では生産性が向上し、逆に身体運動の連鎖が起きにくい現場では、オペレータの身体運動のスイッチがオフになり、生産性が低下する。
我々はすでに、定量データを用いて、人の身体運動に秘められた意味を解読することで、幸せと生産性を同時に制御することに成功しはじめている。(中略)
我々が開発した名札型のウエアラブルセンサ技術を使えば、これらの人間行動も含めた網羅的なデータが得られる。大量の業務データとこれらの人間行動のデータを合わせれば、人の生産性やハピネスを決める要因を調べることができると期待された。(中略)
受注は、意外なことと相関していた。それは、休憩所での会話の「活発度」である。休憩時間における会話のとき身体運動が活発な日は受注率が高く、活発でない日は受注率が低いのである。(略)
(補足)受注できたので会話が活発になったという仮説も成り立つのでその要因についても調べ、その結果導かれた結論です。
ハピネスとは実は集団現象だということになる。ハピネスは、個人のなかに閉じて生じると捉えるより、むしろ、集団において人と人との間の相互作用のなかに起こる現象と捉えるべきなのだ。集団にハピネスが起きれば、企業の業績・生産性が高まる。
コールセンタという、一見、個人プレー色の強いオペレータ業務においても、集団的な力が、結果を大きく左右しているということが確かめられた。身体運動の連鎖が活発に起こる(すなわち、普通の言葉でいえば活気ある)現場では生産性が向上し、逆に身体運動の連鎖が起きにくい現場では、オペレータの身体運動のスイッチがオフになり、生産性が低下する。
矢野さんの一つの結論として、次の因果関係を導き出しています。
社員の身体運動の連鎖による活発度上昇
↓
社員のハピネス・社員満足の向上
↓
高い生産性・高い収益性
↓
社員のハピネス・社員満足の向上
↓
高い生産性・高い収益性
講演を聴き、著書を読んで、学生時代に学んだ「ホーソン実験」を思い出しました。
「ホーソン実験」は、産業革命後の代表的な管理法として定着していたフレデリック・W・テイラーの「科学的管理法」の理論を覆し、「人の心」の部分に焦点を当てることにつながった実験です。
この実験に加わったハーバード大学のエルトン・メイヨー、フリッツ・レスリスバーガーは後に「人間関係論」を発表し、「行動科学」の分野へと発展することにつながりました。
矢野さんの研究成果は、ハピネスに言及し、これまでの常識を覆す理論を発表しています。例えば、これからのテクノロジーの在り方について、これまでの人の行動を楽にすることをテーマにしたテクノロジーから、ハピネスのために自ら行動を起こすことを支援するテクノロジーへの変化などです。
矢野さんならびにリュボミルスキ教授の「ハピネス」の定義は、第4次産業革命時代の新しい理論として、そして新たな常識として定着することにつながるのではないでしょうか。
「データの見えざる手」一読されることをお勧めします。
