人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2010/04/15  (連載 第11回)

プロが育つ組織とは?

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 新年度を迎え、人材育成を担当されている多くの方は新入社員教育で大忙しの 状況かと思います。その新入社員のタイプを日本生産性本部の「職業のあり方研 究会」が発表しました。今年の新入社員のタイプは「ETC型」で、その特徴を 次のように述べています。

「性急に関係を築こうとすると直前まで心の「バー」が開かないので、スピー ドの出し過ぎにご用心。IT活用には長けているが、人との直接的な対話がなくな るのが心配。理解していけば、スマートさなど良い点も段々見えてくるだろう。 “ゆとり”ある心を持って、上手に接したいもの」(詳細はこちら http://activity.jpc-net.jp/detail/lrw/activity000974.html
 人それぞれに個性があり人格もあるわけですから、筆者は「○○タイプ」と総 称することに異論もあります。しかし、彼らが育ってきた社会環境や時代を背景 として、彼らの一般的な「振る舞い」を表わしているものと考えれば参考になり ます。

 振る舞いは、新しい環境に入ると変化します。特に、学生から社会人の第一歩 を踏み出した新入社員は「この会社で自分はどんな振る舞いをすればよいのか」 と敏感に周囲を見回します。ここで、「あこがれの先輩」、「尊敬する上司」、 「刺激を与えてくれる同僚」等々の出会いがあると、触発されて自らも成長しよ うと努力します。最初は、一般的な「様子を見る振る舞い」から、自立した社会 人への振る舞いに変化し、そして習慣化することで、一人の自立した専門家に成 長します。

 入社して最初に出会う人材育成部門の方や講師の発言は、新入社員の成長に大 きな影響力を持っています。また、配属先の職場の最初の指導員の役割も同様に 影響力の大きな存在です。

 さて、そのような新入社員は何を期待して入社してきたのでしょうか。

 昨年の新入社員を対象とした日本生産性本部の2009年6月の調査によれば、 「会社を選ぶとき、あなたはどういう要因をもっとも重視しましたか」という質 問に対して、最も多かった回答は「自分の能力、個性が活かせるから」で全体の 30%を占めました。以下「仕事がおもしろいから」、「技術が覚えられるから」 と続いています。このような個人の能力、技能ないし興味に関連する項目に比べ て、勤務先の企業に関連する項目である「一流会社だから」、「経営者に魅力を 感じて」、「福利厚生施設が充実しているから」などは10%に満たない数値であ り、「就社」より「就職」という傾向を反映しています。

 次に、就労意識に関する質問では、次の3項目が上位にランクしています。

1 位 仕事を通じて人間関係を広げていきたい(95.4%)
2 位 社会や人から感謝される仕事がしたい(94.1%)
3 位 どこでも通用する専門技能を身につけたい(92.8%)

 これらの調査結果をみると、「自立した社会人として仕事での専門性を発揮し たい」と思っている若者が多いことが伺えます。就職氷河期と言われる厳しい状 況を目の当たりにして、どこでも通用する専門性を身につけることの必要性を感 じた結果ではないでしょうか。

 意識の高い若者に対して、彼らを受け入れる職場は、それに応えられているで しょうか。「プロが育つ組織となっているか」を点検する必要があります。

 先月もご紹介した「日本型プロフェッショナルの条件」(安永雄彦著、ダイヤ モンド社)に次のような記述があります。

「会社の目的に沿って活動して、きちんと利益を出していかなければ、従業員に 様々な成長の機会を与えるどころか、雇用の確保や会社の存続さえ危ぶまれるこ とになります」
「目的志向的に組織が形づくられてる以上、そうした組織の成り立ちや仕組みを きちんと理解して、それに合わせて自分の役割を明確に把握すること、そのうえ で自分を活かせる道を探っていくことが不可欠です」

 「組織の成り立ちや仕組みをきちんと理解する」ことは、プロとしての必要条 件であるはずですが、多くのIT企業で不足していると感じることがあります。 それは、「自社のコスト構造」「見積もりの内訳」に関することです。

 プロジェクトマネージャーになる人は、PMPの資格取得を目指しPMBOK の勉強をする人が増えました。そのおかげで、コストマネジメントで紹介される アーンド・バリュー・マネジメント(EVM)の知識を有している人は増えまし た。しかしながら、EVMを現場で使っている人はごく少数です。WBSを詳細 に落とし込めず、アクティビティ単位のコストを出せないという理由からのよう です。

 アクティビティ単位のコストが出せないのに全体の見積もりができる不思議な 世界。いつまでもKKD(経験・勘・度胸)による見積もりでは、プロとしての 分析的アプローチができません。国際競争力を問うためには「知っているから、 使う」段階へのステップアップが必要です。

 若年層に対するコスト教育はどうでしょうか。アサインした業務の品質と納期 さえ守れば、利益はおのずとついてくるとして、自社のコスト構造や自分の見積 もり単価の算出根拠を教えていないということはないでしょうか。プロジェクト リーダーになって初めて、コスト構造を知り、「何でこんなに単価が高いのか」 と嘆くようでは、育成上の問題があると思います。

 日本は、IT分野で世界をリードするような存在になるべき、ならなければな らないと考えます。そのためには、「プロが育つ組織」への変革が必要です。  変革を実践することは、想いがあっても実現は難しいかもしれません。社内外 の多くの同志を集め、粘り強い活動が求められます。

 私は、昨年よりビジネスアナリスト知識体系ガイド(BABOK)を発行して いるIIBA日本支部の会員になり、理事会の聴講や研究部会に参加するように なりました。参加している皆さんは、ボランティアにも拘らず熱心に活動され、 情報交換や勉強会を行っています。上記のEVMに関しては、PMI日本支部が EVM研究会として研究活動を行っています。現在、会員を募集されているよう なので関心のある方は、参加されてはいかがでしょうか。

 スキル標準という器は用意され、導入企業も増えてきました。一人ひとりがそ の職種のプロとして成長するためには、「活躍の機会の確保」、「組織の仕組み を理解した上での役割の発揮」がこれからの課題かと思います。


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