人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2019/11/20 (連載 第126回)

抜け漏れのない原因究明のために「発生事実/比較事実」を整理する

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 私たちは、何かトラブルが発生するとその原因を考えるために「起きている事実(発生事実)」と「起きていない事実(比較事実)」を思い浮かべます。
 例えば、
 「最近、海岸沿いのあるカーブでガードレールへの接触事故が多発している」
 「どんなカーブ?」
 「以前は急なカーブだったところを最近緩やかなカーブに改修したばかりで、海の先に富士山が見える、眺めの良い場所として喜んでいたところなんだ」
 「緩やかなカーブで接触事故(発生事実)、急なカーブから改修したばかり(比較事実)、そして富士山も見える眺めの良さ(発生事実)、それまでは特筆すべき景色も見えなかったわけだよね(比較事実)。なら、スピードの出しすぎによるわき見運転じゃないかな?」
 といくつかの「発生事実/比較事実」の相違点を踏まえて、原因を導こうとします。この探求のステップは、原因究明に大いに役立ちますが、中途半端な「発生事実/比較事実」だけを取り上げ、それに思い込みが加わると、真の原因を見逃すどころか、思わぬ波紋を呼ぶことが有ります。

 記憶にある方も多いかと思いますが、昨年韓国においてBMW車の発火事故が相次ぎました。40台ほどのBMWが発火し、そのほとんどがディーゼル車でした。ドイツ本国や他の国ではこれほどの連続した発火事故は発生していません。
 発火事故が相次いでいた8月に中国メディアがBMW本社の広報担当役員に取材したところ、その回答は「現地(韓国)の交通状況と運転スタイルが原因の可能性がある」と述べました。
 この回答の真意は分かりませんが、韓国で発生(発生事実)、他の国では起きていない(比較事実)という相違点だけを結び付けて、思い込みによりとっさに回答したことが想像できます。
 案の定この発言は、韓国政府ならびに韓国国民から一斉に非難されました。
 「BMW車だけが発火している(発生事実)、他社ではこれほどの連続した発火の事実はない(比較事実)」
 「今年になって頻発して起きている(発生事実)、韓国の交通状況や運転スタイルは昔から変わらない(比較事実)」
 当然のようにこのような反論が出て、BMWはあわてて訂正しました。
 しかし、韓国政府はBMWの販売店で安全を確認していない車の運転中止を命じる異例の措置に踏み切り、民間でも火災発生のリスクを理由に、BMW車の施設への入場や駐車を禁止する動きも出ることになりました。
 相手国を尊重しない、あまりに大きな失言だったといえます。

 この件の原因についてその後、発表が二転三転します。「BMW韓国法人は8月に、BMWディーゼル車の排ガス再循環装置(EGR)に不具合があるとして、約10万6300台のリコールを韓国国土交通省に届け出」
 この発表に合わせるように「BMW本社は、EGRは世界共通部品であり、韓国の車両火災と同じ問題で、欧州でもディーゼル車32万3700台をリコールする予定だ」と報じました。
 この発表を聞いた私は、「でもなぜ韓国でのみ火災が頻発しているのだろう?」
 と疑問を抱いていました。すると、9月にさらなる発表がありました。
 BMWコリアの調査結果発表(2018/9)
 「自国内で多発した火災の出火原因は、韓国内で製造したKORENS製EGRモジュールの欠陥にある」
 これは、韓国国内に販売されているBMWにのみ搭載しているEGRモジュールであり、日本向けBMWには、当該部品は装着されていないとのことでした。
 これでようやく合点がいったのでしたが、結果的にはBMWは、日本を含む世界の当該EGR搭載車全てのリコールを行いました。
 EGRの不具合が見つかったのは事実のようです。でも、私の頭には「じゃあなぜ、韓国でのみ火災が頻発したのだろう?」との疑問が再燃し、モヤモヤしています。おそらく、これ以上の報道は、なされないでしょうから、疑問が解消されることはないのでしょう。


3W1Hで「発生事実/比較事実」を整理する


 BMW本社広報担当役員の発言は、他者を傷つけ、結果として怒りを買うことになり、的を射ないものでした。
 こうした思い込みによる失言は、いろんなところで起きています。「発生事実/比較事実」を使って原因を推定する際、一つの事象だけで合点し、思い込みによって原因を特定してしまうケースが多くあるということでしょう。
 「全体を見渡して、抜け漏れなく事象を整理して、原因を究明する」
 このための方法が、3W1Hを使って「発生事実/比較事実」を整理する方法です。
 上記のBMWの発火事故の「発生事実/比較事実」を3W1Hで整理して、3つの原因推定の判定をしてみましょう。
(原因推定)
(1)韓国の交通状況と運転スタイルが原因の可能性がある
(2)BMWディーゼル車の排ガス再循環装置(EGR)に不具合がある
(3)韓国内で製造したKORENS製EGRモジュールの欠陥にある

【WHERE】
発生事実/韓国 比較事実/欧州、日本 判定/(1)〇(2)×(3)〇

【WHAT】
発生事実/BMW(ディーゼル車) 比較事実/他社製(ディーゼル車)
判定/(1)×(2)〇(3)〇

【WHEN】
発生事実/2018年~ 比較事実/2017年以前 判定/(1)×(2)〇(3)〇

【HOW】
発生事実/27台 比較事実/それ以外 判定/(1)×(2)×(3)△
 上記のように整理してみると原因推定として最も納得できるものが(3)であることが明らかになります。

 どんなトラブルも原因を推定した後に実証実験により、原因を特定することが求められるのは言うまでもありません。
 思いつきで原因を推定し、「これでもない」「あれでもない」と手あたり次第実証実験を繰り返すのと、抜け漏れのない「発生事実/比較事実」の整理3W1Hを使って推定するのとでは、原因特定の効率が格段異なります。
 私たちは、この原因究明の方法を「発生問題分析」と呼んでいます。
 とあるメーカーでこの学習を進めさせていただいたところ、
 「全社員に受けさせたい。そしてこの『発生事実/比較事実』を3W1Hで整理する文化を築きたい」と要請を受け、現在展開しています。

 冒頭の、「海岸沿いのあるカーブでガードレールへの接触事故」の話は、ケースになっており、こんな「発生事実/比較事実」が続きます。
「事故を起こしているのは行楽客なんです」(発生事実)
「地元の車じゃないんです」(比較事実)
「晴れた日の夕方に集中しているんです」(発生事実)
「雨の日や日中じゃないんです」(比較事実)
 さて、不足する情報は? 考えられる原因は何でしょう? 複合した原因のようです。


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