人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2010/08/06  (連載 第14回)

OJTはチームの一体感を醸成する

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

  FIFAワールドカップ南アフリカ大会での日本の戦いはベスト16で終わりま した。「もう1試合戦わせてやりたかった。それだけ、この代表は素晴らしいチ ームだった」--。岡田監督の帰国後記者会見の言葉が印象的でした。
  多くの人が、日本の戦いに魅了されたのではないでしょうか。実力で一次リーグ を突破するという結果を出せたことで、日本中を大いに沸かせてくれました。ま た、日本のチーム運営の素晴らしさが目立った大会でもありました。

  日本チームの良さは何処にあったのでしょうか?
  岡田監督をはじめ選手全員が、出場した選手だけでなくベンチを含めた23人の 一体感をあげています。日本チームは、チームキャプテンとして川口選手、ゲー ムキャプテンとして長谷部選手が指名され、ワールドカップに挑みました。特に 川口選手の代表選出は、周囲以上に、本人も驚くことだったようです。おそらく 出場する機会はないことを承知で、チームキャプテンとなった川口選手の存在が、 このチームの結束をより高めたのだろうと推測します。

  代表選手に選出されながら、出場機会がないことは悔しいことだと思います。遠 藤選手は4年前を振り返り、その悔しさを語っていました。しかし今回は、出場 していない選手も「一緒に戦った」意識が強かったように思えます。出番を待つ のではなく、戦況を見つめ、日本が勝つためには何が必要かを観察し、適時的確 にアドバイスをピッチに送っていました。
「俊介の指示は、私よりも的確だった」
  岡田監督にこう言わせるほど、中村選手は自分が出場している気持ちでピッチの 皆に声をかけていたのでしょう。長谷部ゲームキャプテンも「川口さん、楢崎さ んのアドバイスが、頼りない自分をサポートしてくれました」とベンチからの声 がチームに力を与えていたことを明かしてくれました。

  ベテランが自分の経験や勘を、ピッチにいる選手に伝える--。いわばOn The Game Training を実践することでチームの結束が高まったと言えます。そして、 この一体感が日本の強さにつながりました。

  岡田監督は、「ワールドカップが始まる前の数試合で敗北を味わった。その敗戦 が、皆が一つになって考えるきっかけとなった。自分たちはどうすれば試合に勝 てるかのか--。全員で一つの目標に向かって考えた結果が、今回の成績につな がった」とも言っています。「失敗から学び、23人全員が一つの目標に向かっ て結束する」ことができた訳です。

  日本企業の人財育成に話を転じましょう。新入社員研修を終え、7月1日からそ の新人たちを職場に配属された企業も多くあることでしょう。

「今年の新入社員は、ゆとり教育の第一期生で、研修では苦労するのでは」

  新入社員を迎える前にはこんな声も聞こえましたが、筆者が接している企業では、 まじめで熱心な社員が多く、昨年よりも高いあるいは同等との評価が多かったよ うです。

  研修を終えて、いよいよ職場に配属となった新入社員。彼らが職場でも頑張って 活躍してくれることを人財育成に関わる皆さんが願っています。

「職場では、どんな指導をするのか?」
「計画的な育成するための仕掛けができているか?」
「指導に当たる人は明確か?そのスキルは?」

  職場での経験が、本人の成長に直結します。OJTの仕掛けが機能しているかを 点検する必要があります。研修は終了しましたが、人財育成部門の腕の見せ所は、 これからが本番とも言えるでしょう。

  最近この「OJT」を見直す、あるいは強化する企業が増えているように感じま す。筆者は、先月あるIT企業から要請をいただき「OJT指導者研修」を行い ました。その企業では、今年度の人財育成方針として、OJTの強化を重点施策 に掲げ、

  OJT指導者の任命
  OJT計画書の作成
  OJT指導者のスキルアップ

を具体的な実践項目として取り組んでいました。OJT指導者研修は、上記3番 目の具体策としておこなったものです。

  新入社員の指導者には、若手社員を任命し、その若手社員には中堅社員を、中堅 社員にはベテラン社員を指導員として任命する、全社的な取り組みとして、指導 者全員を対象として研修を行いました。

研修の前に事務局と相談し、「OJT指導者」の定義を以下のように定めました。

  「同じ職場」で「組織の目標・成果を共有」し、
  OJT対象者と共に成長することを目指す「指導員」である

  この定義の中でも「共に成長する」ことを最も重要なこととして、指導者自身が OJTに取り組むことで、自らも成長することを柱に研修を組立ました。

  研修では、以下の3つのことについて学習しました。

「コミュニケーション(特に聴く力の強化)」
「自分を知り、相手を知る(タイプと仕事への意欲の観点から)」
「育成のためのプロセス」

  そして、最後に「OJTの目的と効果的な進め方」という課題でグループ討議を 行い、発表しました。

  ベテラン社員中心の研修では、「昔はこんな研修がなくても先輩が後輩を教える のは当たり前だったのに、どうしてOJTが希薄になってきたのだろう?」とい う感想が聞こえてきました。すると、

  「昔は、毎年職場に新入社員が配属されて、2年目になると自分が模範にならな きゃいけないと意識して、そのことが成長につながっていたように思う」
  「今は、めったに職場に後輩が入ってこないので、教える文化が希薄になったの ではないだろうか」

  ベテラン社員はOJT指導者研修と聞いて、「いまさら何故?」という疑問を当 初感じていたようです。しかしグループ討議をする中で、「一体感のある職場づ くりをするためにもOJTの文化を取り戻すことが必要」と確認できました。

  若手社員のチームからは、「指導することが仕事に加わるなら、それなりのイン センティブがあっても良いのでは?」とドライな意見がある一方で、

「教えることが自分の成長につながるのだから、良い機会ととらえて共に成長す ることを目指したい」
「指導者と任命されたことが嬉しい、対象者のタイプや意欲の状況を把握した上 で育成の方法を選択することが必要だと分かった。実践したい」

など、今回の研修を良い機会と捉える声が多く出ました。

  中堅社員のチームからは、以下のような声が聞こえてきました。

「教えることが自分の成長につながり、対象者が育つことで結果として自分が楽 になる。分かっているが、現実にはその時間がない。余裕がない」
「折角教えたと思ったら、プロジェクトの切れ目でチームが変わり、一体感が持 てないことが続いた。教え育てることの必要性を感じるものの、チームとしての 一体感がないとその気になれない」

  OJTの文化を形成する上で、中堅社員の働きが最も重要に感じます。しかし、 彼らはその必要性を感じつつも、現状の忙しさの中でOJTの優先順位をあげる ことに対する抵抗感があるようでした。これは、忙しさもさることながら、成果 主義人事制度の中で「個人の成果」に焦点があたっていることとも関連している ようです。

  今回の研修は、筆者にとってもベテランから若手社員まで多くの本音を聴ける良 い機会となりました。

  日本の強さは何か?

「チームの一体感」
「チームが一つの目標に向かい、一人一人が自分のできることを探し実行する」
「脈々とつながっている日本人の魂を持って、選手たちは戦ってくれた」

  岡田監督の帰国後記者会見は、数々の名言を残してくれました。今回の日本チー ムの強さは、企業活動にも脈々とつながっているのではないでしょうか。

(※このコラムは2010年7月15日に「iSRF通信」で配信された記事を、Web掲載向けに編集したものです)


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