人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2010/10/14  (連載 第17回)

パフォーマンスとメンテナンス

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 日本人が世界に発信したリーダーシップ論として、社会心理学者の三隅二不二 氏(1924-2002年)が提唱したPM理論があります。

 集団を統率するリーダーシップは、
  「目標達成を指向するP(パフォーマンス)機能」と
  「人間関係に配慮し集団を維持しようとするM(メンテナンス)機能」の
2つの能力要素の発揮によって行われるとするのがPM理論です。

 PM理論では、リーダーのタイプをP機能とM機能の発揮度の強弱により、 次の4つに分類しています。

(1)PM型(P・Mともに大きい)
   目標を達成する力があると同時に、集団を維持・強化する力もある。理想的なリーダーのタイプ

(2)Pm型(Pが大きく、Mが小さい)
   目標を達成することができるが、集団を維持・強化する力が弱い

(3)pM型(Pが小さく、Mが大きい)
   集団を維持・強化する力はあるが、目標を達成する力が弱い

(4)pm型(P・Mともに小さい)
   目標を達成する力も、集団を維持・強化する力も弱い

 PM型は、チームワークを維持しながら目標達成に向けて集団を統率できる理 想的なリーダーですが、一人でP機能もM機能も強く発揮するのは容易ではあり ません。そこでPM理論では、Pm型のリーダーにはpM型のサブリーダーを、 pM型のリーダーにはPm型のサブリーダーを配置することで、二人のリーダー のコンビネーションによりPM型のリーダーシップを発揮するように推奨してい ます。

 2010FIFAワールドカップの岡田ジャパンは、どちらかと言えばPm型 のリーダーであった岡田監督に対し、チームキャプテンとして任命された川口選 手がpM型のリーダーシップを発揮してチームの結束が高まっていたと言えるで しょう。

 岡田監督は、岡ちゃんとも呼ばれる親しみのある人ですから、M機能も発揮で きる人であったと思います。しかし、ワールドカップという厳しい舞台では、敢 えて鬼のPm型を通していたように見えます。一方、ピッチに立った時の川口選 手は、大声で選手を叱咤するPm型のリーダーにも見えます。こちらも岡田ジャ パンでは、チームキャプテンとして岡田監督とのバランスを考え、pM型のリー ダーシップを発揮していたのではないでしょうか。

 集団を目標に向かって統率するためには、岡田ジャパンのように一人ひとりの 特性を認識しながら、役割に合致した振る舞いを演じることで全体のバランスを とることが重要です。


 さて、近年のマネジメント教育やリーダー教育では、M機能の強化をテーマと する研修は充実してきたように感じます。コーチング、ワークライフバランス、 ダイバーシティマネジメントなど、多様化した現代社会ではいずれも重要なテー マです。特にエンジニアからリーダーに昇格する段階で、人間関係に配慮して、 集団を維持するためのリーダーシップを学ぶこれらの研修は重要です。

 一方、P機能の強化はどうでしょうか?

 筆者が講師を担当している若年層を対象とした経営シミュレーション研修での 出来事を紹介します。
 この研修は、2日間で計3回のプロジェクトを実習します。4~5名のチーム を編成し、マネージャー、営業、SEの役割を決めて毎回のプロジェクトに取り 組みます。営業、マネージャー役が講師が扮する顧客に要望を伺い、見積りを作 成した上でSEが開発します。顧客が要望する品質、適正なコスト、見積り通り の納期を満たすことでチーム対抗で利益を競う研修です。

 3回のプロジェクトは、以下のようにテーマを少しずつ変化させていきます。

1回目:顧客が仕様書を用意して仕様書通りに開発する。
2回目:顧客がイメージする機能をインタビューして、チームが仕様書を作成し     て開発する
3回目:顧客には具体的なメージがなく、チームから提案してもらい、その提案     したものを開発する

 毎回のプロジェクト終了後に損益計算を行い、チームとしての振り返り、改善 事項をまとめ、発表します。

 この研修であるチームは、プロジェクト終了後の振り返りで1回目も2回目も 「チームワークばっちり!」と元気よく発表していました。そのチームが、3回 目の演習になると急に重苦しい雰囲気になったのです。マネージャー役となった メンバーが、顧客から「私にはイメージがないので提案してほしい」と言われて 戸惑いました。

 1回目は仕様書があります。2回目も顧客が望む明確なイメージがあったので、 きちんとインタビューすれば目標設定は容易です。ところが3回目は、自分たち で目標を設定して、その目標に向かってチームが結束しなければなりません。リ ーダーとして「意思決定とチームの合意形成」をしなければいけなかったのです が、うまく力を発揮できませんでした。そのチームの他のメンバーもリーダーが 困っているときにうまくサポートできませんでした。

 結果は、3チーム中の最下位になり、「チームはバラバラだった」と振り返っ ていました。彼らは研修の中で悔しい思いをしました。

「研修では失敗を歓迎します。悔しい思いをしたのなら、その思いは経験となり、 現場で同じ失敗を繰り返さないに気づきになります」

と筆者は研修で伝えているので、彼らの経験を歓迎しました。

 このチームは、どちらかと言えばM機能は発揮できており、与えられたテーマ においてはうまくチームがまとまっていました。しかし、一段難しいテーマにな るとP機能を発揮するメンバーがいないために、まとまれなかった例と言えます。 リーダーとして「意思決定する」(P機能の発揮)、「決定したことを合意形成 する」(M機能の発揮)が求められることを肌で感じることができた研修となっ たようです。

 PM理論を語るとき、いつも思い出すドラッカー博士の言葉があります。

「仕事の生産性をあげるうえで必要とされるものと、人が生き生きと働くうえで 必要とされるものは違う。したがって、仕事の論理と労働力の力学の双方に従っ てマネジメントしなければならない。働く者が満足しても、仕事が生産的に行わ なければなければ失敗である。逆に仕事が生産的に行われても、人が生き生きと 働けなければ失敗である」

仕事の生産性をあげるうえで必要とされるP機能=パフォーマンス、
人が生き生きと働くうえで必要とされるM機能=メインテナンス

 混沌とした時代の中で、チームリーダーのP機能の強化も重要なテーマだと 感じています。

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