人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2010/12/16  (連載 第19回)

二つの「還」から学んだ2010年

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 師走に入り、年の瀬も迫ってきました。2010年を振り返り、何かを学び、 そして新たな年を迎えたいものです。年の暮れになると、一年を象徴する漢字が 選ばれますが、今年はどんな漢字が選ばれるのでしょう。

 2009年は「新」が選ばれました。

さまざまな「新しいこと」に期待し、恐怖を感じ、希望を抱いた一年
世の中が新たな一歩を踏み出した今、新しい時代に期待したい

 2009年の「新」には、政権交代や米国新大統領の就任、スポーツ界ではイ チロー選手の新記録、ボルト選手や水泳競技での数々の新記録があげられます。 また、新型インフルエンザの流行、制度面では裁判員制度、エコポイント、エコ カー減税、高速料金特別割引制度などがありました。そして、未来への「新」と して、新しい環境技術、世界経済の変化、平和への新たな一歩、新たな時代がは じまる予感などを背景として、「新」の文字が選ばれました。

 2010年の漢字は、12月10日に京都の清水寺にて、発表されますので、 iSRF通信12月号が配信される頃には既に発表されています。皆さんも思い 思いに2010年を総括されていることでしょう。

 筆者は「還」の文字を選び、2つの「還」から2010年を振り返りたいと思 います。

 一つ目の「還」は、チリ北部コピアポ郊外の鉱山落盤事故で地下から救出され た作業員33人の生還です。

 8月5日に発生した落盤事故から、10月13日に無事33人全員が救出され たこの事件は、世界中に報道され、暗い材料の多い世界情勢に少なからず明るい 材料を提供してくれました。この事故の詳細は、回顧録が執筆されるまで関係者 は「沈黙の契約」を結んだということでベールに包まれている部分も多くありま す。しかし、地下700mの暗闇で地上に生存が確認されるまでの約2週間は壮 絶な日々であったことは想像に難くありません。

 2番目に救出されたマリオ・セプルベダさんは英紙に、「真っ暗な地下の墓場 で絶望と戦う日々」と語っています。そんな状況で、どのようにして33人が過 ごしたのでしょう。これは、極限状態でのチームの活動がどうあるべきかを考え る参考になります。

 54歳のルイス・ウルスアがリーダーになり3つのチームに分かれたこと、何 かを決めるときには多数決で決めたこと、シェルターの中を常に清潔にするため、 排便は穴を深く掘り、たまるとドラム缶に詰めて砂をかけて蓋をしたこと、など は明らかにされています。

 過酷な状態の中でリーダーの存在があり、多数決という合意形成手段を用いて ルールを作り、見事に統制されていた組織が目に映ります。今後、回顧録が出版 されることで、紆余曲折のあった事実もでてくることでしょう。しかし、33人 が全員無事にそして元気に救出された事実は、リーダーの存在とルールの厳格な 適用があったからこそ、実現できたと言って良いと思います。

 「組織における統率力を持ったリーダーの存在」、「ルールの厳格な適用」が 組織の維持に必要だということを改めて考えさせられた出来事でした。


 二つの目の「還」は、小惑星探査機「はやぶさ」の奇跡の帰還。

 2010年6月13日小惑星探査機「はやぶさ」は、2003年5月に打ち上 げられて以来、60億kmの旅を終え、奇跡的に帰還しました。「はやぶさ」の 様子は、ウィキペディアに詳しく紹介されているので参考になります。(ウィキ ペディア はやぶさ で検索)

 何度も通信不能になった無人の探査機が、まるで意思を持ったかのように地球 に帰還できたこと。そこには実に多くの日本人技術者が叡智を結集して達成した 出来事だと知り、感動せずにはいられませんでした。

 帰還できた要因は、幾つもの要素が重なっているようです。
  • まず、火星探査機「のぞみ」の失敗を踏まえ、一見過剰とも思える推進剤「キセノンガス」の搭載が幾多のトラブルから救ったこと
  • 不具合が確認された2005年12月に当初の計画「2007年6月帰還」を 変更し、2010年6月に再設定したこと。この3年間で回復できると確信す るプログラムをはやぶさに内蔵していたのです
  • 幾多のトラブルに対して、冷静にそして必ず帰還させるという信念を持って、 技術者の叡智が結集したこと

 過去の失敗の経験から、リスクの「予防対策」として上記1があり、リスクが発 生した際の「発生時対策」を上記2に組み込んでいたこと、そして最後は「技術者 の信念」、まさにリスク対策の模範となる行動です。
 「はやぶさ」プロジェクトに携わった企業を見ると、日本の主要企業が数多く連 なり、日本人技術者の叡智が結集していることが良く分かります。短期的な利益を 求めるのでなく、純粋に宇宙開発、未知を解き明かすために結束した姿がそこには 映ります。

 帰還しただけでも大きなニュースでしたが、最後に大きなご褒美もいただきまし た。サンプル容器から回収された岩石質微粒子のほぼすべてが地球外物質であり、 イトカワ由来と判断されたことです。この微粒子が、今後の分析技術の進歩により 多くの発見をもたらす可能性を残しました。

 奇跡の帰還を果たした「はやぶさ」は、世界初の記録を数々残しました。
  • マイクロ波放電型イオンエンジンの運用
  • 宇宙用リチウムイオン二次電池の運用
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  • 地球と月以外の天体からの離陸
  • 宇宙機の故障したエンジン2基を組み合わせて1基分の推力を確保
  • 化学エンジンを全く使用せずに惑星間航行(イトカワ→地球)の完遂
  • 月以外の天体からの地球帰還(固体表面への着陸を伴う天体間往復航行)
  • 月以外の天体の固体表面からのサンプルリターン

 また、このほかにもいくつもの記録を達成しています。

世界最遠の記録
  • イオンエンジンを搭載した宇宙機としては、太陽から史上最も遠方に到達 世界最小の記録
  • 最も小さい天体への着陸・そこからの離陸
世界最長の記録
  • 最も長い期間を航行し、地球に帰還した宇宙機(2,592日間)
  • 最も長い距離を航行し、地球に帰還した宇宙機(60億km)

 技術者の純粋な探究心、諦めない心が、私達に感動を与え、そして数々の未来へ のお土産を持って帰ってくれました。私たちは、「はやぶさ」プロジェクトから、 多くのことを学ぶことができます。


 2010年、政治や経済の状況は混沌とした状況から未だ抜け出せずにいますが、 上記の2つの「還」は、私達に「原点に返れ」というメッセージを送ってくれてい るような気がします。

 2011年を迎える前に、今一度現在の状況を点検したいと思います。

1.組織は、結束できているか
2.結束するに値する明確な目標(ミッション)が設定されているか
3.個人は目標達成のために、努力しているか
4.チームは、組織の目標達成のために結束できているか

 2010年も1年間iSRF通信”人財育成のツボ”をお読みいただきありがとう ございました。読者の皆様にとって、来年が更に良き年、飛躍の年となるよう祈念し ております。

(後日追記)

 2010年の「今年の漢字」は「暑」になりました。
 応募者が、「暑」を選んだ理由として以下のことが取り上げられています。
  • 記録的な「猛暑」日の連続により、熱中症にかかる人が続出
  • 「暑さ」対策の支出と野菜価格の高騰が消費者の生活を直撃
  • 自然界では魚介類の不漁や、山で餌不足となった動物が人里に出没
  • いつまでも続く「酷暑」に地球温暖化の警鐘を感じた
  • チリ鉱山のトンネル内落盤事故では、地中の「暑い」中から、 作業員全員が生還したことで人々は勇気づけられた
  • 「はやぶさ」は大気圏突入時の猛烈な「暑さ」に耐え、無事帰還し、日本の未来への希望を届けた

 最後の2つの出来事は、筆者が選んだ「還」と同じ理由だったようです。


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