人材育成コラム
“人財”育成のツボ
2011/08/01 (連載 第25回)
機に応じて法を説く(2)
ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表
安藤 良治
「一対n」では難しい
一対一では、相手の表情を捉え、懇切丁寧に指導できる社員が、大勢を前にす ると、緊張からか聴衆の表情を捉えることができず、用意したスライドが映って いるパソコンをひたすら眺めて話しています。
「職場では優秀だが、新入社員の講師を頼んだら思いのほか評価が低かった」
新入社員教育では、普段講師をしていない現場の社員に講師を依頼する企業も あります。講師としての専門教育も受けないまま、講師に借り出された挙句、こ のような評価を受けたのでは、もったいない話です。講師を担当した人、依頼し た人、そして受講した人の3者が機会損失をしたことになります。
なぜ、彼はパソコンに向かって話をしたのでしょうか。
多くの人が学生時代の経験から、授業といえば教師が一方的にカリキュラムに 沿った話をするイメージが浮かび、ひたすら黒板に向かって話している教師の姿 を思い浮かべます。「教師 対 学生」つまり「一対n」の関係が当たり前の環 境で育ってきた人が新入社員教育の講師を担当するとき、経験から「一対n」の 授業を展開します。一人ひとりの存在を確認するのではなく、「大勢の聴衆」と いう一つの集団(n)を相手にした指導を行う時、焦点が人に向かわずにパソコ ンに向かってしまった訳です。
「一対n」から、「(一対一)×n」の発想で
集団(n)の中には、いろんな経験・知識・能力を有している人が集まってい ます。「一対n」の運営では、nをどう捉えるかで、受講者のモチベーションが 変わってきます。
nの平均値を確認して、平均値に応じた教育を展開するのが一般的でしょう。 確かに、平均値を対象に授業をすると、納得性は高いかもしれません。しかし、 nの中で上位の人にとっては、平易で学習意欲が湧かない授業となります。逆に 下位の人にとっては、難易度が高く救済策がなければ脱落する危険性があります。 難易度を上げても下げても同様の問題が生じます。集団を一つのnとして捉える ことに問題があるのです。
質の高い教育を実践するためには、一人ひとりの個性や能力を生かした運営を 心がけることが必要になってきます。「一対n」ではなく、「一対一」をn回繰 り返す発想が、ポイントになります。
「(一対一)×n」を実践しているサンデル教授
『これからの「正義」の話をしよう』の著者である米国ハーバード大学のマイ ケル・サンデル教授が行っている「ハーバード白熱教室」をご存知でしょうか。 NHK教育テレビや民放でも放映されたので、ご覧になった方も多いのではない でしょうか。
サンデル教授の授業の進め方は、テーマについて受講者に何度も問いかけるの が特徴です。「これについて、あなたはどう思うか?」と何人にも同様の質問を 投げかけています。まさに、一人ひとりの個性や能力を生かした運営で、「(一 対一)×n」を実践しています。nが10人でも、100人でも基本的な運営方 法は同じです。
このように一人ひとりに問いかけることによって、講師から受講者への一方向 のメッセージでなく、授業を双方向のコミュニケーションの場として実現してい ます。
サンデル教授のパフォーマンスは、大変高く、教授と同じような授業を展開す るのは、難しいかも知れません。しかし、成人を対象とした教育を行っていく上 で、参考にすべき要素は沢山あります。中でも以下の3点がポイントです。
(1)大勢を対象にしていても「一対一」の会話を心がける
(2)双方向のコミュニケーションは、「発問」が鍵
(3)「教える」ことよりも「ファシリテーション」を心がける
双方向のコミュニケーションは、「発問」が鍵
サンデル教授のように受講者に問いかけることを「発問」と言います。質問す る人が答えを知らない時に使う「問い」は、一般に「質問」といいますが、講師 が受講者に投げかける「問い」、その問いに関して何らかの薀蓄を語れる人が行 う「問い」かけを「発問」と言います。
「(一対一)×n」を実践するには、この発問が鍵になります。
発問には、「全員対象発問」や「指名発問」、「リレー発問」などがあり、受 講者の人数や、興味の度合いなどからうまく組み合わせて使います。
発問と受講者の回答から、講師のコメントへ展開することで、授業は一方向の メッセージを伝える場から、双方向コミュニケーションの場と変わります。受講 者の回答に対する講師のコメント次第で受講者のモチベーションは、相当変わり ます。講師としての訓練が必要な場面です。このコメントが、「大勢を前にして も、聴衆の一人ひとりの能力や興味を意識して、機に応じて法を説くこと」につ ながります。
「教える」ことよりも「ファシリテーション」を心がける
「一対n」型の授業は、「教える」ことが中心です。受講者は受身の存在であ り、依存的で与えられた範囲で学習します。
「(一対一)×n」型の授業では、受講者は能動的な存在であり、興味や関心 に基づき自発的に学ぶ存在です。ここでは、教え込もうとすると反発があり、効 果も薄れます。講師のファシリテーション力、つまり受講者の学習を促進し、動 機、意欲を引き出す力が重要になります。
企業の人材育成を進める上で、教育におけるファシリテーション力を発揮する 人の存在はますます高まりを見せることになると思います。
前回のコラムでも紹介しましたが、現在私はボランティア活動の一環としてIT人材 育成事業者協議会(ITTVC)が企画している「ITラーニングファシリテー ター育成コース」の開発に参加しています。開発も進み、間もなくリリースでき る運びとなってきました。このコースでは、上述の「(一対一)×n」型の授業 を運営するファシリテーターの育成を目的に展開していきます。コースの内容としては、以下の7項目を2日間で行う内容を予定しています。
1.学習とは
2.成人学習学
3.教案設計技術
4.教材開発基礎
5.教授法
6.研修評価設計
7.インストラクショナルデザインの基礎知識
このコースが対象とするのは、講師、インストラクタを生業としている方はも
ちろんのこと、冒頭に取り上げた新入社員研修などスポットで講師を担当する方、
そして将来的には、職場で指導的立場の方(マネージャーやリーダー)も対象に
していく予定です。2.成人学習学
3.教案設計技術
4.教材開発基礎
5.教授法
6.研修評価設計
7.インストラクショナルデザインの基礎知識
詳細はITTVCから告知があります。タイミング良く告知を受け取りたい方 は、こちらのメールアドレス(mail@b-cep.com)に「ITLFG案内希望」と書いて問い合わせください。 時期が来ましたら、案内が送付されます。
(※この記事は2011年6月21日に「iSRF通信」で配信された記事を元にWeb掲載用に編集したものです)
