人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2012/03/15  (連載 第34回)

マネジメントのバランス

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 「重要度」と「緊急度」のバランス
 「話 す」と「聴 く」のバランス
 「主 張」と「協 調」のバランス
 「目 的」と「手 段」のバランス
 「生産性」と「働き甲斐」のバランス

 ある企業のマネジメント研修で、上記の5つのバランスを確認することを目的 に1日研修を行いました。講師としては、はじめてお会いする20名程度の方と 1日過ごすのですが、お一人おひとりが普段どのようなマネジメントスタイルで 運営されているのか事前には分かりません。

「その組織が伝統的に執ってきたマネジメントスタイル」
「性格からくるマネジメントスタイル」
「経済や経営環境から必然的に執られるマネジメントスタイル」

 環境や文化からそのスタイルは変わりますし、経験の積み重ねで一人ひとり異 なるスタイルが執られているのが実情です。決して「一つの正解」はありません。 ただ、どちらかに片寄ったマネジメントを行っているとすれば、何らかの支障を 来たします。
「急ぎのものから(緊急度の高いものから)次々に仕事を処理していった。途中、 重要な案件が気になってはいたが、特段の処理をせずに済ませてきた。そして、 重要な案件の緊急度が高まってきた。今からだと、間に合わない!気になったと きに、少しでも手をつけていれば…」
 このケースは、一般的な緊急度優先のマネジメントスタイルです。

 人によっては、メンバーがどんな課題に取組んでいるかも把握できていないケ ースもあります。課題管理の重要性を再確認すること。そして、重要度の高い仕 事への計画的な取り組みまでバランスよくできれば理想であることを確認します。
「リーダーとしてチーム内に方針を徹底することが重要だ。その方針をどう伝え るか、自分の話し方は相手に伝わるのか、話し方の訓練が必要だ。自分は、それ なりに話し方を工夫し、周りのリーダーよりもチームメンバーに話し、伝えてい ると思う。でも先日ある人から言われたことがショックだった。『あなたの職場 には笑顔がない』--そういえば、話し方ばかり考えてきたが、A君は私の話を 聞いてどう思っているんだろう、彼の気持ちを聞いたことがないな。Bさんは、 昔は元気良く挨拶してくれたのに、最近は挨拶もなく塞ぎこんでいるようだが、 どうしたんだろう。私は、もっと彼らの気持ちを掴むために“聴く”ことを意識 しなければいけない」
 研修を始めるまでは、「うまく話せるようになりたい」というマネージャーが 多くいます。伝え方の難しさを感じているからでしょう。しかし、上記の例のよ うに一生懸命伝えているつもりでも、メンバーが何を感じ、考えているかを知ら なければ、どのような行動につながるかを予測できません。
 『一番努力しなければならないのは、話し手ではなく、聴き手である』
 「7つの習慣」の著者スティーブン・コヴィが言うように、マネージャーの聴 くスキルを高めることは重要です。

「ある研修で、ステークホルダー(利害関係者)との協調が重要と学んだ。それ 以来、ステークホルダーとの協調を意識して、こちらの主張はできるだけせずに 相手の望んでいることを優先して取組んできた。しかし『あちら立てれば、こち ら立たず』の通り、最大のステークホルダーともいえるメンバーの満足度は下が るばかり。彼らは、思っているんだろうな、『こちらにも事情があるのだから、 いい顔ばかりせず、リーダーが砦となってもっと主張してほしい』って」
 このコラムの読者の皆さんであれば、ステークホルダーという言葉は、ほとんどの方が承知されていると思います。
 プロジェクトマネジメントの知識体系PMBOKやビジネスアナリシスの知識 体系BABOKでも、「ステークホルダー対応」はプロジェクトを成功させる上 での重要な要素であることを明示しています。研修でも、「ステークホルダーマ ップ」を作成して、各ステークホルダーの関心事項を列挙しながら、バランスの 良い対応を考えます。「主張」と「協調」のバランス、答えのないテーマですが、 意識することが重要です。

「3人のレンガ職人の話(※)はドキッとした。チームメンバーの誰が、3人目のレンガ職人のように自分の仕事に誇りを持って、自分の仕事を語れるだ ろう。私は仕事のやり方(手段)ばかりに目を向け、その目的についてはきちん と説明してこなかったように思う。仕事のやりがいは、やり方にあるのではなく、 その仕事をやった結果が何に貢献するのか、目的をきちんと理解することにある んだろうな。このレンガ職人の例えはその職人の気持ちにあるのではなく、リー ダーがどのように動機付けているかを示しているのだろう」

(※)3人のレンガ職人

 一人の職人に、何をしているのか尋ねました。そのレンガ職人は答えました。 「見ればわかるでしょう。レンガを積んでいるんですよ。こんな仕事はもうこり ごりだ」

 二人目の職人に同じことを尋ねると
「レンガを積んで壁を作っています。この仕事は大変ですが、賃金が良いのでこ こで働いています」

 三人目の職人にも同じことを尋ねると
「私は修道院を造るためにレンガを積んでいます。この修道院は多くの信者の心 のよりどころとなるでしょう。私はこの仕事に就けて幸せです」

 「目的」と「手段」のバランス、とりわけ「目的」を伝えることが疎かになっ ていないかを確認します。仕事を指示する際に「なんのために行うのか」を言え るかどうか--それがメンバーのモチベーションに大きく影響します。仕事をす るときにクライアントを意識することはもちろんのこと、「クライアントの顧客」 を意識できるようになれば、クライアントと同じ目線で同じ目的について一緒に 議論ができるようになります。

 目的を伝えることは重要ですが、あるマネージャーから「最近、運用の現場で 『うっかりミス』が増えている」と聞きました。目的意識を高める一方で、基本 となる『指差し確認』のような手段の導入を検討する必要があるのかもしれませ ん。日々同じことの繰り返しの中で、緊張感が薄れることに対処するための仕掛 け作りも怠ってはならない項目です。

「仕事の生産性を上げることがマネジメントの重要な課題だ。生産性を上げるこ とで利益を生み、時間の短縮が新たなビジネスへの着手につながる」
「生産性ばかりを追及すると、働く者の満足が下がるのではないか。様々な価値 観がある中で、個の尊重こそ現在の重要な課題だ」
「ドラッカーは、『仕事の生産性をあげるうえで必要とされているものと、人が 生き生きと働くうえで必要とされるものは違う』と言っている。本当に違うもの なのかな?」
「ドラッカーは、違うと言いながらも『働く者の満足と仕事の生産性を高める双 方を両立させるマネジメントをしなければならない』と言っている。どうしたら 両立できるのだろう?」

 仕事と人について、両面からマネジメントをすることを心がける。日頃からこ の両立を意識する人が、組織を維持し、モチベーションの高いメンバーを育てる ことができるのだと思います。
 この5つのテーマを1日の研修で行うのは、時間的にはかなりハードなことで す。しかし、参加者の普段のマネジメントスタイルがどちらかに片寄っていない かを確認する機会としてタイムリーだったようです。
 マネジメントのバランス、あなたはどちらかに片寄っていませんか?

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