人材育成コラム
“人財”育成のツボ
2012/09/25 (連載 第40回)
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ」
ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表
安藤 良治
ただ、現場に出てからが本番です。近年は職場の指導員を任命し、着実な成長 を期待して育成制度を設けている企業も多くなりました。配属後の育成計画がし っかりしてきたことは、業界としても喜ばしいことと言えます。
制度がきちんとしてくると今度は中身が問われます。つまり指導員の振る舞い が新入社員を育成する方向に向かっているかが課題となります。そこで、私は数 年前から職場指導員を育成する研修も担当させていただいています。職場指導員 に任命される人は、多くが部門長の推薦です。職場で活躍し、今後を期待されて いる人が基本となります。ですから、新入社員を指導すること以前に、担当業務 にも相当な負荷がかかっている人が多くいます。中には、
「仕事が忙しいのに、何で俺が新人の面倒を見なきゃいけないのか?」
「私の新人の頃は、職場には人がいなくて先輩はほとんど顧客先に出向き、私の ことを構ってくれる人はいなかった」
と、折角の指導員の機会も前向きにとらえられない状況の人もいます。
職場指導員研修の目的は、新入社員を育てることはもちろんですが、人を指導 するという経験を持つことでリーダーとして、そしてマネージャーとしての礎と する。つまり「共に成長する」ことにあります。研修では、「動機付け」「コミ ュニケーション」「リーダーシップ」「仕事の目的と顧客の定義」「OJTの効 果的な進め方」の5つのテーマで展開しています。
この研修を終えた受講者が、「新人と向き合い、共に成長しよう」との気持ち が高まれば、所期の目的は達成したことになります。毎回の受講者の反応を見な がら、構成や内容を改訂していくのですが、受講者にもっともインパクトのある 言葉が、以前もご紹介した「3人のレンガ積み職人」の話のようです。
一人の職人に、何をしているのか尋ねました。
「見ればわかるでしょう。レンガを積んでいるんですよ。こんな仕事はもうこり ごりだ」
次の職人に同じことを尋ねると
「レンガを積んで壁を作っています。この仕事は大変ですが、賃金が良いのでこ こで働いています」
3人目の職人にも同じことを尋ねると、
「私は修道院を造るためにレンガを積んでいます。この修道院は多くの信者の心 のよりどころとなるでしょう。私はこの仕事に就けて幸せです」
「見ればわかるでしょう。レンガを積んでいるんですよ。こんな仕事はもうこり ごりだ」
次の職人に同じことを尋ねると
「レンガを積んで壁を作っています。この仕事は大変ですが、賃金が良いのでこ こで働いています」
3人目の職人にも同じことを尋ねると、
「私は修道院を造るためにレンガを積んでいます。この修道院は多くの信者の心 のよりどころとなるでしょう。私はこの仕事に就けて幸せです」
私は、このレンガ積み職人の話を読み上げた後、受講者に問いかけます。
「皆さんが担当する新入社員が、他人から仕事の内容を問われて何と答えるでし ょうか?3人目の職人のように自分の仕事に誇りを持ち、目を輝かせて答えてほ しいものですね」
受講者は、この問いかけに賛同する前に「自分は何と答えるだろう?」とまず 自問しています。指導員が、1人目の職人や2人目の職人の回答しか思い浮かば ないような状況でしたら、担当する新入社員に3人目の職人の回答ができるはず もありません。この自問が、「この指導員の機会を生かして、自分も3人目の職 人のように回答できるようにしよう」との動機付けにつながっているようです。
どうすれば、3人目の職人のような回答ができるようになるか?
研修では、まず仕事の目的と手段について確認します。
「手段(仕事の進め方)ばかりに注力せず、その目的を考えているか」
次にマーケティングの5Cを学びます。
自社(Company)、顧客(Customer)、競合(Competi tor)の基本のマーケティングの3Cに加え、顧客の3Cを考える。つまり、 顧客の顧客(Customer’s Customer)、顧客の競合(Cu stomer’s Competitor)の2つを加え、それぞれの目的や現 在の強みや弱みを分析する中で、自社が顧客に貢献できること、顧客に貢献でき ていることを確認して、戦略課題を見出すことにつなげます。
顧客が、あることを目的として、その手段として用いているシステム。顧客が システムを利用する目的は、顧客の顧客へのサービスの充実であったり、顧客の 競合に打ち勝つための効率の高さであったり、あるいは顧客内部の生産性の向上 にあります。その目的を考えながら、顧客の要求を確認する人と、顧客から仕様 をもらわないと先に進められない人とでは、全く仕事の進め方が違ってきます。
言われると分かっているはずのことも、目の前の仕事が忙しい人は、仕事を処 理すること、つまり手段優先でものごとを進めがちです。深呼吸して顧客の立場 やシステムの目的を考えている人が、3人目の職人と同じように自分の仕事に誇 りを持って回答できるようになるのでしょう。
ある企業で先月上記の研修を行った際、とても集中して目を輝かせながら何か 吸収しようと熱心に参加してくれた受講者がいました。彼には、「動機付け」の テーマの際、これまでの経験を伺いました。
「私は、新入社員として現在の職場に配属されたとき、職場の先輩が、『この仕 事はなぁ、世界一のメーカーの重要な部分を担っているシステムなんだ。そのこ とを自覚して取り組んでくれ』と熱く語ってくれました。その先輩の自信や意欲 を見て、すごくやりがいを感じましたし、私もあのような先輩になりたいと思っ てこの研修を受けています」
彼の目の輝きは、正に3人目の職人の目だったと思います。その先輩もそうで あるように、輝きが伝播したとても良い文化が形成されている職場のようでした。
研修では個人作業の時間も設けているので、その時間を利用して僅かな時間で すが一人ひとりと会話するようにしています。目を輝かせている人もいれば、新 人と関わることが面倒と思っている人もいます。後者の人にも研修が終了した時 点で「新人と向き合ってみるか」という気持ちになってもらえるようにするのが、 プロとしての私の仕事です。
「新入社員と指導者が共に成長することを支援する」
このテーマは、私の今年のテーマ「育てる人を育てる」そのものです。
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話は変わりますが、つい先日家族で箱根に一泊旅行をしました。家族が見学先 に選んだのが、何故か「星の王子さまミュージアム」でした。サン・テグジュペ リの「星の王子さま」--ひょっとするとお子さんの夏休みの宿題として読書感 想文に指定され、そのお手伝いをされた方もいるのではないでしょうか?日本で も数多くの訳書が出され、絵本、そして大人のための本まで出版されています。 ミュージアムには、映像シアターがあり、サン・テグジュペリの生涯と「星の王 子さま」のあらすじが15分で紹介されていました。小さな星で一人暮らしていた主人公の王子さまは、ある日、星の見物をはじめ ます。何か仕事をさせてもらって、勉強しようという気持ちで6つの星に出かけ ます。「王さまの星」「うぬぼれ男の星」「呑み助の星」「実業屋の星」「点燈 夫の星」「地理学者の星」、そして地理学者に教えてもらった「地球」に出かけ パイロットに出会います。
著書は、パイロットを「僕」として一人称で書いています。パイロットの言葉 は、サン・テグジュペリのメッセージそのもののようですが、大人について以下 のくだりがでてきます。
大人というものは、数字がすきです。新しくできた友達の話をするとき、大人
の人は、かんじんかなめのことはききません。
「どんな声の人?」とか「どんな遊びがすき?」、・・・とかいうようなことは、 てんできかずに、「その人、いくつ?」とか「兄弟は、何人?」とか・・・・と いうことを、きくのです。
大人の人たちに「桃色のレンガでできていて、窓にジェラニウムの鉢がおいて あって、屋根の人にハトのいる、きれいにな家を見たよ・・・」といったところ で、どうもピンとこないでしょう。おとなたちには「十万フランの家を見た」と 言わなくてはいけないのです。すると、おとなたちは、とんきょうな声をだして、 「なんてりっぱな家だろう」というのです。
大人の人というのは、そんなものです。わるく思ってはいけません。子どもは、 大人の人を、うんと大目に見てやらなくてはいけないのです。
だけれど、ぼくたちには、ものそのもの、ことそのことが、たいせつですから、 もちろん、番号なんか、どうでもいいのです。
「どんな声の人?」とか「どんな遊びがすき?」、・・・とかいうようなことは、 てんできかずに、「その人、いくつ?」とか「兄弟は、何人?」とか・・・・と いうことを、きくのです。
大人の人たちに「桃色のレンガでできていて、窓にジェラニウムの鉢がおいて あって、屋根の人にハトのいる、きれいにな家を見たよ・・・」といったところ で、どうもピンとこないでしょう。おとなたちには「十万フランの家を見た」と 言わなくてはいけないのです。すると、おとなたちは、とんきょうな声をだして、 「なんてりっぱな家だろう」というのです。
大人の人というのは、そんなものです。わるく思ってはいけません。子どもは、 大人の人を、うんと大目に見てやらなくてはいけないのです。
だけれど、ぼくたちには、ものそのもの、ことそのことが、たいせつですから、 もちろん、番号なんか、どうでもいいのです。
「星の王子さま」は、童話というよりも、大人へのメッセージが中心を占めて いるように感じます。
パイロットの姿を借りて子どもの純粋な気持ちをいつまでも持ち続けたい-- サン・テグジュペリのメッセージを、そして星の王子さまの姿を借りて、純粋な 子どもの心そのものを伝えようとしている、著者が人類に伝えたい思いが一杯詰 められているように感じました。
映像シアターで「星の王子さま」の概要を見ながら、ふと「星の王子さま」が 「新入社員」で、「指導員」が「大人」それも6つの星に登場する「王さま」や 「うぬぼれ男」「呑み助」・・・の構図が浮かんできました。
真実(仕事の目的)を知りたい新入社員に対して、指導員はやること(手段) ばかり丁寧に教えている姿が浮かんできたのです。これでは、動機づけのないま ま新入社員は言われたことだけをただするようになります。そして1人目の職人 かせいぜい2人目の職人の回答しかできない新入社員。
一方で、誰もが生き生きと働き、気持ちの良い挨拶を交わす職場にしたい、と 願っていることも事実です。そのためには、仕事の目的を伝え、やりがいという 目には見えない心の導火線に火をつけてあげることが必要ではないでしょうか。
真実を知りたい星の王子さまは、キツネから教わります。
「さっきの秘密をいおうかね。なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、 ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」
