人材育成コラム
“人財”育成のツボ
2012/12/19 (連載 第43回)
「なぜ、いま、こんなことを」
ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表
安藤 良治
「槍というのは、長いのが得か、それとも短いのが得か?」
と部下に聞きました。槍で飯を食っている槍奉行の上島という男が、
「槍は短いほうがよろしいです。扱いやすいのです」
と応じました。すると隅のほうから、木下藤吉郎と名乗っていた当時の秀吉が、
「そんなことはありません。槍は長いほうがよろしいです」
と反論しました。
「おれは議論は嫌いだ。上島に足軽を50人、木下に足軽を50人あずける。上島隊は短い槍、木下隊は長い槍の特訓を施せ。そして、4日目におれの前で試合をしろ。どっちが得か、結論がでる」
と信長が指示を出しました。
これが有名な「長短槍の試合」の発端です。
この試合、長い槍と短い槍のどちらが有利かを知ることが、信長の目的ではありません。秀吉と上島がそれぞれの足軽に対して、どんな特訓をするかに興味があったこと、そして足軽たちにチームワークと戦うモチベーションをどれだけ高められるかを知りたかったのです。
槍で飯を食っている上島の指導は、厳しいものでした。槍の使い方を徹底的に教え、覚えの悪い者は殴り蹴飛ばしながらの鬼の特訓。足軽たちは、
「なぜ、いま、おれたちが槍の試合なんかしなければいけないんだ?」
という疑問が湧きたちます。しかし、上島は怒鳴りつけます。
「なぜだなどと生意気なことをいうな!信長様がやれというんだから、黙って槍の稽古をしろ!」
罵られての訓練が楽しいはずもありません。上島隊の足軽はみんな嫌になってしまいました。
一方、木下藤吉郎こと秀吉は、足軽たちを自分の家に連れてきて、三日間酒盛りをしました。彼が教えたのは、
「なぜ、いま、槍の試合をするのか」
ということだけです。彼は織田軍団の合理化、技術革新を行う必要性を説き、やがて民衆の平和切望というニーズに応えることにつながると切々と語り、今回の試合は、そのための布石となることだと説きました。そして、足軽50人を3列に分け、前列は相手の足を払い、中列は相手の頭を叩き、後列は相手を突き倒させるという、組織的な戦略を伝えました。
もちろん、この結果は秀吉隊の勝ちとなりました。
(参考文献 「名補佐役の条件」 童門冬二著 PHP研究所刊(電子版))
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「なぜ、いま、こんなことを」と思うような仕事を担当しなければならないことは、誰にでもしばしばあることでしょう。そんなときは、どうしてもその仕事に身が入りません。生産性はあがらず、嫌な仕事をしている時は時間がたつのも遅く感じます。
メンバーがこんな心理状態に陥っている時、リーダーはどのように対処すれば良いでしょうか?
槍の専門家である上島は、槍の使い方を徹底して教え込みました。「なぜ、などと考えるな、ただひたすらに訓練に励め!」と厳しい指導を繰り返しました。モチベーションの下がっている職場では、リーダーのアプローチがこのような手段思考なっていることが多いのではないでしょうか。
思うような生産性が出せていないので「教育する」、うっかりミスが出ているので「ミスのないよう緊張感を持つよう注意喚起する」、社員が挨拶をしないので「挨拶の励行」を全社に徹底する--。
このような施策を打ち出している職場は、要注意です。それらは手段であって、「その気にさせる」効果はありません。
人は、自分のしていることに何らかの価値を見出したいと思っています。小さなことでも、自分のやっていることが結果として価値を生み出していると感じるならば「その気」になります。
では、どうやって、その価値を伝えるか?
「仕事の目的を伝える」ことであり、「顧客の顧客を考える」ことがその基本となります。
「新幹線お掃除の天使たち」(遠藤功著あさ出版刊)をお読みになった方は、「7分間の清掃」を「やらされる仕事から、魅せる仕事へ」最高のパフォーマンスを発揮しているチームに感動されたことでしょう。
東京駅の東北・上越新幹線の折り返し時間は12分、乗降時間に5分かかるため、清掃にさける時間はたった7分間。その限られた時間にすべての車両を清掃し、トイレ掃除までも完璧にこなす--。世界最速と言われる「魅せる清掃」を実現しています。
それだけではありません。この車両清掃チームは列車が入線する3分間前にホーム際に整列し、新幹線がホームに入ってくると深々とお辞儀をして迎えます。さらに清掃を終えたチームは再度整列し、乗車待ちの客に「お待たせしました」と一礼します。そこには一つの劇場があるようです。「清掃」という仕事が実にカッコ良い仕事に見えます。
手段思考でリーダーシップを進めていれば、「7分間」で清掃を終えることなど不可能だったでしょう。ところが、「自分たちはこの世界最速の魅せる清掃のチームにいる」という誇りを持つこと、つまり目的志向でチームを作ったことで、可能にしたのです。
目的志向で自分たちの取り組む仕事の意義をきちんと伝えることができれば、チームの士気は上がり、そして生産性も高くなることを教えてくれた現代の良い事例でしょう。
ドラッカーは、著書マネジメントでこんな紹介もしています。
「顧客は何を買うか」
1930年代の大恐慌のころ、修理工からスタートしてキャデラック事業部の経営を任されるにいたったドイツ生まれのニコラス・ドレイシュタットは、
「われわれの競争相手はダイヤモンドやミンクのコートだ。顧客が購入するのは、輸送手段ではなくステータスだ」
と言った。この答えが破産寸前のキャデラックを救った。わずか2、3年のうちに、あの大恐慌にもかかわらず、キャデラックは成長事業へと変身した。
どんな仕事にもその仕事の意義があります。その仕事の意義を確認し、目的を伝えることが、働く人の心に「火を灯す」ことになります。
「なんのために、いま、この仕事をするのか」
みんなが、このことを語れるようになりたいものです。
今年も残り僅かとなりました。2009年から担当させていただいたこのコラムも43号目となりました。読者の方から、感想もいただくこともあり、そんな言葉に感謝しながら続けることができました。来年中に節目となる50号を迎えますので、それを機に後進に機会を譲るべきかとも思っています。
今年1年間大変お世話になりました。皆様にとって来年が一層の良い年でありますことをお祈りしております。
