人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2013/01/17  (連載 第44回)

「言い続け、し続ける」

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 新年あけましておめでとうございます。読者の皆様、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 1月9日にIT教育事業者協議会(ITTVC)の賀詞交歓会があり、名刺交換をさせていただいた何人かの方から、このコラムをお読みになっていると伺いました。ある方とはその後メール交換をさせていただき、こんなコメントを頂きました。
「コラムを書くのは大変だな、と思いつつ、いろいろ考えさせられながら、そうだそうだとも思いながら読ませていただいております」
 新年早々大変嬉しい言葉を頂きました。読者の方に少しでも参考にしていただけるならば今年も続けていこう、と思っています。このコラムのWEBページの方では、コメントを頂ける欄もございますので、コラムに関しての感想やご意見を頂戴できればと願っています。

 先月もご紹介した「新幹線お掃除の天使たち」(遠藤功著あさ出版刊)--。「7分間の清掃」を「やらされる仕事から、魅せる仕事へ」最高のパフォーマンスを発揮しているJR東日本のグループ会社鉄道整備株式会社(通称テッセイ)の「お掃除の天使たち」を紹介している本です。
 私は、この本を読み感動しました。そして、先日「この目で見て、直に感じてこよう」と東京駅の東北・上越新幹線のホームに立ち、1時間ほど「お掃除の天使たち」の仕事の様子を見学しました。当然のことではありますが、本に紹介されている通りの情景がそこにありました。
「東京駅の東北・上越新幹線の折り返し時間は12分。乗降時間に5分かかるため、清掃にさける時間はたった7分間。その限られた時間にすべての車両を清掃し、トイレ掃除までも完璧にこなす」
 その姿を観察しました。

 新幹線が間もなく入線する時刻になると、どこからともなく赤のユニホームを着たメンバー集まり、一団となってホームに整列します。そして、新幹線がホームに入線すると全員が一礼します。この一礼には、自分たちの安全確保の意味もあるそうです。
 乗降口付近のメンバーは、ビニール袋を広げて降車するお客様を迎えます。「ありがとうございました」「お疲れ様でした」と挨拶しながら、ゴミを抱えて降りてくるお客様のゴミをさりげなく受け取ります。
 乗客全員が降りたところで、前後を指さし確認して、チームは新幹線に乗り込みます。掃除に使うバケツは、見た目の問題を考慮して、ブルーのショルダーバックの中に小さなものが入っているようです。こんなアイデアも働くメンバーからの提案によるもののようです。
 全員が乗り込むと乗降口にロープを張り「おそうじ中です」の札とその下に、「がんばるぞ!日本」と書いた手作りのポスターがありました。東日本大震災で被災した方々、そして自分たちも「がんばるぞ!」の意思を込めてのキャンペーンとのことです。

 実は現場を見るまでは、7分間で清掃を行うというのがどんな様子なのかイメージが湧かなかったのです。実際に見てみると、特別急いでいる風もなく、リズミカルに自然な様子で各々の分担を進めていました。降車客のゴミを受け取った人は、そのまま車両のゴミ入れを片付けます。車両の清掃担当は、忘れ物確認と放置されたゴミの片付けを手際よく行い、すべてのテーブルを拭き、掃除機で車内を清掃します。
 特別急いでいる風ではないのですが、でもそれが実にスピーディーです。
 担当の作業が終わると乗降口付近に集まります。ここで、遅れている人がいれば応援に入るようです。私が見学した一時間では特にトラブルもなく、持ち場を終えた人たちが乗降口に集まり、全員が揃うと並んで降り、そして整列し、これから乗車するお客様に対して「お待たせしました」と一礼して解散します。中には、乗降するお客様にずっと挨拶を続けるメンバーもいました。
 清掃という仕事が、実にリズミカルに行われている姿を直に見て、図書から味わった感動を目に焼き付けることができました。

 この図書で一番感動した箇所は、従業員が書いている「エンジェル・レポート」の一文です。抜粋して紹介させていただきます。

 60歳を過ぎて、私はこの仕事をパートから始めました。
 親会社はJRだし、きちんとしているし、それに掃除は嫌いではありません。 でもひとつだけ「お掃除のおばさん」をしていることだけは、誰にも知られたくなかったんです。
 だって他人のゴミを集めたり、他人が排泄した後のトイレを掃除したりするなんて、あまり人様に誇れる仕事じゃないでしょう。家族も嫌がりました。

(中略)

 仕事も少し早くなり、周囲の人とのお弁当の時間も楽しくなっていった1年目の春、私を変える大きな事件が起きました。

(中略)

 ホーム上で毅然として整列し、お辞儀をしたとき、車窓のガラス越しに、目が合った人がいたのです。
「あ、ヨウコさん」
 それは夫の妹の顔でした。その横には肩をちょんちょんと叩かれて振り向いた夫の弟も。
 見られた・・・。
 私、新幹線のお掃除をしているところを見られちゃったんだわ。
 複雑な思いでした。自分の中ではもうやりがいのある仕事だとおもいはじめていたからです。でも世間の人はそうは思わない、きっと。特にプライドの高い夫の兄弟たちは。
 そう思うと、恥ずかしさと、夫への申し訳ない気持ちがふつふつと湧いてきました。

 1週間ほどした夜、食事が終った頃に、電話が鳴りました。
 私が出ると、夫の妹からでした。
 「働いているとは聞いていたけど、おねえさんがあんなに立派な仕事してるなんて思わなかったわ」
 義妹は本気で言っているようでした。
 「東北新幹線のお掃除は素晴らしいって、ニュースでもやっていたの、見たの。ずっと家にいたおねえさんがあんなふうにちゃきちゃき仕事する人だなんて思わなかった。すごいじゃないですか」
 私はうれしくてうれしくて、なんて返事していいのかわかりませんでした。

 翌年、私はパートから正社員への試験を受けました。
 面接で社員になりたい動機を聞かれ、親類に隠していた話、少しずつ仕事に誇りを持てるようになった話をして、こう締めくくりました。
 「私はこの会社にはいるとき、プライドを捨てました。でも、この会社に入って、新しいプライドを得たんです」

 この面接での一言には、本当に感動します。「新しいプライドを得た」との言葉を素直に言える職場って、「素晴らしい!」ですから、現場に行って私もその様子を見たいと思いました。
 どうすれば、このような職場が作れるのか?
 是非、読者の皆さんも本を手にして、その答えを見つけてください。

 会社幹部が、ビジョンを示し「単なる清掃会社ではなく、トータルサービスの会社にしたい」との思いを、「言い続け、し続けた」こと。そして、その実現のために、「教育」「環境整備」「組織再編」「動機付けのためのイベント」「社員への積極登用」とビジョン実現のための施策を具体的に展開したこと。
 トップダウンからボトムアップへ、ビジョンが浸透し始めてから、現場のリーダーに任せ、現場からの意見を積極的に採用することで、自ら主体的に行動する組織を実現しています。
「うちの会社は、下請けだから、親会社の言われたことを忠実にやりさえすればいいんだ」
 もし親会社から異動してきた幹部がそのような発想で在任期間を過ごしていたならば、このような改革は生まれなかったことでしょう。

「働く人たちが、生きがいを感じて仕事をしてほしい」
 この願いが、そして「言い続け、し続ける」ことが、大事だと改めて教えてくれた図書であり、現場でした。

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