人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2013/02/18  (連載 第45回)

「マインドと精神に訴えて、ハートを動かす」

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 ヘンリー・フォードは言いました。
 「顧客は好みの色の車を買うことができる。好みの色が黒である限りは」
 規格化と規模の拡大によって生産コストをできるかぎり低くし、価格を下げて世に出した車が、フォードのT型車でした。この戦略は奏功し、1908年の発売以降、1927年まで基本的なモデルチェンジのないまま1500万台が生産されました。

 物不足の時代、庶民にとって車は「いつかは手に入れたいもの」。フォードは、大量生産により、価格を下げて、庶民の手にも届く供給を行いました。このフォードのアプローチは、マス市場を対象にした「製品中心」のマーケティングの成功例として語り継がれています。
 1950年代から1960年代にかけては、製品を中心にして、4P「製品(Product)」、「価格(Price)」、「チャネル(Place)」、「プロモーション(Promotion)」を組み合わせ、標的顧客(市場)に受け入れられる戦術を展開することがマーケティングの主たるテーマでした。

 一方、1930年代の大恐慌の頃、修理工からスタートしてキャデラック事業部の経営を任されるにいたったドイツ生まれのニコラス・ドレインシュタットは、こう言いました。
 「われわれの競争相手はダイヤモンドやミンクのコートだ。顧客が購入するのは、輸送手段ではなくステータスだ」
 ドレインシュタットのこの顧客の定義が、破産寸前のキャデラックを救いました。わずか2~3年のうちに、大恐慌時にもかかわらず、キャデラックは成長事業へと変身したのです。
 この成功例は、顧客視点のマーケティングの原点と言えるでしょう。顧客視点のマーケティングが論じられるようになったのは、これより随分経った1970年以降のことになります。石油ショックにより先進国経済が打撃を受け、「製品中心のアプローチ」では需要を生み出せなくなってから、「顧客中心」の戦略を考えなくてはならないと気づいたからでした。

 「近代マーケティングの父」と評されるフィリップ・コトラーは「製品中心」のマーケティングアプローチをマーケティング1.0、「顧客中心」のそれをマーケティング2.0と定義しました。そして2007年、コトラーとインドネシアのヘルマワン・カタルジャヤによってASEANのセミナーでマーケティング3.0が発表されました。
 マーケティング3.0は、消費者をマインド・ハートそして精神を持った全人的存在として捉えた戦略策定が必要と定義しています。もともとインドネシアという国には、人間中心の考え方と精神性を重視する暮らし方で多様性のもたらす課題を克服してきた積み上げがあり、このことがマーケティング3.0を生み出す土壌となったようです。
 「コトラーのマーケティング3.0」(朝日新聞出版刊)から引用します。
「ミッション、ビジョン、価値」

 社会貢献を企業文化の一部とし、コミットメントを維持するためには、それを企業のミッションやビジョンや価値に組み込むのが良い方法だ。
 故ピーター・ドラッカーもかつて、ミッションから出発することは、成功している非営利組織から企業が学べる最も重要な教訓かもしれないと述べた。成功している企業は金銭的利益から出発して計画を立てるようなことはしないと、ドラッカーは主張した。ミッションの実行から始めるのであり、金銭的利益は後からついてくるのだと。
 ミッションを自社の事業内容を言い表すものと定義する人がいるが、ダイナミックなビジネス環境では事業範囲の定義はどんどん変わることがある。
 そのため、われわれはミッションをもっと長続きする表現で「その企業の存在理由」と定義することにする。ミッションは当該企業が基本的に何のために存在するのかを表すものであり、企業は自社のミッションをできるかぎり基本的なレベルで言い表すべきである。それによって企業の持続的可能性が決定されるからである。
 ミッションが企業の創業時という過去に根ざしているのに対し、ビジョンは未来を生み出すためのものである。ビジョンは企業の望ましい未来像を描き出したものと定義することが出来る。つまりどのような企業になり何を達成したいのかを説明するものなのだ。この点を明確にするためには、企業はミッションの定義を考慮して未来のイメージを描き出す必要がある。われわれはビジョンを、企業をその未来の状態へと導く羅針盤で表している。
 それに対し、価値は「企業組織としての行動規範」とみなすことができる。企業は一般に同一の価値サイクルに従うので、われわれは価値を車輪で表している。価値は企業が何を大切にしているかを言い表すもので、経営陣はそれを自社の業務のやり方に組み込もうとする。そうすることで会社や会社内外のコミュニティに役立つ行動が強化され、ひいては価値が強化されることを、経営陣は期待するのである。

価値ベースのマトリックス(VBM)モデル

マインドハート精神
ミッション
(なぜ?)
満足を届ける願望を実現する思いやりを実践する
ビジョン
(何を?)
利益を生む力投資収益を生む力持続する力
価値
(どのようにして?)
よりよくする差別化する違いを生み出す

出典:コトラーのマーケティング3.0(朝日新聞出版刊)

 マーケティング1.0は製品中心のマーケティングとして、産業革命をその契機に誕生しました。ここでは、1対多数の取引をベースとして、製品を販売することを目的に主に戦術が繰り広げられました。
 マーケティング2.0は消費者中心のマーケティングとして、情報技術をその契機に誕生しました。ここでは、1対1の関係を構築し、消費者を満足させつなぎとめることを目的に、戦略論が繰り広げられました。
 そしてマーケティング3.0は価値主導のマーケティングとして、ソーシャルネットワークやウィキペディアなどの協働型メディアを契機に誕生しました。多数対多数の協働をベースとして、世界をより良い場所にすることを目的にするとあります。

 このようなマーケティング論が出現する理由は、モノ余り、供給過多の時代の特徴といえるでしょう。モノが売れている時には、それを成功体験として繰り返し同じ戦術が展開されるのは当然と言えます。そして、再びモノが売れない時代の到来とともに新たな戦略論が展開されます。そのようにして生まれたマーケティング3.0は、消費者の内面(全人的存在)にまで踏み込んで分析しています。
 スティーブン・コヴィーによれば、「人間の基本的な構成要素は、肉体、独自の思考や分析を行えるマインド、感情を感じることのできるハート、そして精神(魂などの源、すなわちその人がその人であることの核)の4つである」と述べています。マーケティング3.0は、このマインドとハートと精神を持つ全人的存在として消費者を捉え、戦略を練る必要があるとしています。
 再び「コトラーのマーケティング3.0」(朝日新聞出版刊)から引用します。
 企業の行動や価値は、一般大衆からますます厳しくチェックされるようになっている。ソーシャルネットワークの成長によって、人びとは既存の企業や製品やブランドについて、機能的パフォーマンスだけでなく社会的パフォーマンスの観点からも語り合うことができるようになっている。新世代の消費者は、社会の課題や関心に従来の消費者よりはるかに敏感だ。企業は、自らを変革し、かつては無難だったマーケティング1.0や2.0の領域からマーケティング3.0の世界にできるだけ移行しなければならない。

 マーケティング3.0では、マーケターは消費者のマインドと精神に訴えかけて、彼らのハートを動かす必要があるということだ。ポジションニングはマインドに買うべきかどうかを判断させる。ブランドが本当に差別化されていれば、精神が買うべきだという判断を強化する。最後にハートが消費者に行動させ、購買の決定を下させるのである。

 マーケティング3.0は新しい概念かもしれません。しかし、そこで言っている結論は、嘘や誤魔化しのない本物の製品やサービスがますます求められる世の中になるということではないでしょうか。
 自ら取り組んでいるその仕事が、顧客のマインドや精神にどのように訴えかけているのか。そして顧客のハートに火を灯すことにつながっているのかをチェックしてみては如何でしょう。
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