人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2013/04/18  (連載 第47回)

ステージが変わった

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 4月4日に日銀の金融政策決定会合で決定した「異次元金融緩和」は、世界の金融市場に激震をもたらしました。

「日銀が行える策は限られている。その策は既に織り込み済み」

 大方の金融関係者はこう考え、決定会合の内容に予測された以上の発表はないだろうと高を括っていたようです。それを如実に表しているのが、会合の当日、決定内容の発表直前のマーケット。株価は前日比-200円、為替も一時1ドル92円台に落ち込みを見せていました。
 ところが、会合の決定内容を発表するやご承知のように株価は500円以上、為替も2円50銭以上も円安にふれるという豹変ぶり。事前情報や予測を先取りすることが多い金融市場で発表と同時にこれだけの変化が起こったことは、正に異次元の出来事。金融関係者が予測しえない施策を発表したことになります。
 今回の施策が、将来にわたってプラスとなる保証はありません。既に一部の専門家から「円の暴落」を危惧する声も出てきています。しかしながら、安倍首相が「見事に期待に応えていただいた」というように、全般的にはポジティブな意見が多いようです。吉と出るか、凶と出るかは将来に委ねるしかありませんが、今回の決定が世界の金融政策の歴史に残るような大きなインパクトがあったのは、確かでしょう。

 さて、第2次安倍政権が発足して以来、円安・株高が著しく進行しています。野田前首相が解散表明をしたのが、昨年の11月14日です。当時は、1ドルは79.46円、日経平均は8,661円でした。それが安倍政権の誕生と同時に円安、株高に転じ、3月までに1ドル96.24円(3/11時点)、日経平均12,635円(3/21時点)と、円安は21%進行し、株価は46%も上昇しました。
 そして黒田日銀総裁となって初の金融政策決定会合後、一段と円安・株高は進み、1ドル99.65円(4/9時点)、株価13,192円(4/9時点)にまで上昇しています。
 長い間デフレに悩んできた日本経済にやっと明るさが出てきたようです。特に自動車や証券会社の株価上昇は著しく、中には昨年11月から今月までに3倍強に上昇した会社もあるほどです。

 明るい材料が多い中で注意すべきは、「ステージが変わった」という認識を持って、企業内の諸施策を点検することだと思います。
 IT企業で考えるべきことの一つは「オフショア開発」の在り方だと思います。「オフショア開発」はすでに、中国からベトナムへシフト。そして今、大手ITベンダはこぞってミャンマー詣でをしていると聞きます。
 もともと日本の労働市場では高賃金のため、賃金の安い労働市場を求めて中国やベトナムに発注する「オフショア開発」が進んできたわけです。しかし、相手国の賃金水準が高くなると更なる低賃金の労働市場を求める施策は、今回の円高で様相を一変することになるでしょう。
 日々の円相場が、即企業経営に影響を及ぼす訳ではなく、銀行が媒介となってしばらくは旧来の水準で取引をすることになるかもしれません。しかし、ステージが変わったことを認識すれば、「賃金が安い」ことを理由にしたオフショア開発は成り立たなくなると考えるべきではないでしょうか。
 今こそ、国内での開発生産体制の見直し、人材の育成に取り組むことが必要だと思います。

 そんなことを思っていた折、4/8(月)に放送されたNHKのクローズアップ現代「“スピード”に勝機あり新興家電の戦略」を見ました。共感することが多い内容でしたので、今回はその放送内容を紹介しながら、「ステージの変化とその対応」について考えたいと思います。
 その番組で取り上げていたのは、4年前から家電業界に参入した新興勢力であるアイリスオーヤマです。仙台市に本社を置く同社は、日用品を中心に事業を拡大し、昨年度の売上高はグループ全体で2,500億円の実績です。
 もともと園芸、ペット用品などのプラスチック製品で圧倒的なシェアを誇る同社が家電に参入したのが4年前。それが昨年、数量ベースでLEDシーリングライト、LED電球、直管LEDの3分野で国内シェアトップとなりました。
 全体の売上高では家電メーカーと比較はできないものの、大手も事業強化に取り組んでいるLEDという分野で、トップシェアを奪取したアイリスオーヤマ。まさに、今注目すべき企業です。

 番組では、アイリスオーヤマの戦略について3つの点を紹介していました。
1.意思決定の速さ
2.開発・生産・営業の伴走方式
3.自社生産への回帰

※ 番組の詳細をご覧になりたい方は以下を参照してください
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3330.html

1.意思決定の速さ

 アイリスオーヤマでは、毎週月曜日に新商品開発会議を行っています。この会議には社長以下、会社幹部、関係するすべての部門が一堂に会し、開発部門から提案された内容を即断即決していきます。
 この会議、1件の説明時間は10分以内、事前の根回しは禁止だとか。このスピーディーな意思決定によって、年間1,000以上の新製品を開発しているといいます。そして会社資料によれば、売上に占める新製品(3年以内に発売された商品)の割合が6割となっていますから、この意思決定の速さで成果を出していることを裏付けています。

2.開発・生産・営業の伴走方式

 開発から販売までのプロセスもスピードを重視して、開発、生産、営業がほぼ一斉に動き出す「伴走方式」をとっています。大手メーカーでは、開発が終わった後生産し、その後、営業を行う「リレー方式」をとっていますから、開発から発売まで1年以上かかります。
 伴走方式をとっているアイリスオーヤマでは、開発から商品を店頭に置くまでに3カ月で実現しているというから驚きです。

3.自社生産への回帰

 アイリスオーヤマには、中国大連に日用品を生産する工場があります。家電製品は、この工場を拠点にしてEMS(製造請負メーカー)に委託して生産していました。当然コストの面からEMSに委託していたわけですが、当初の想定以上にコストがかかることが分かり、自社生産しかも日用品を生産している大連工場で家電製品を生産することに切り替えました。
 EMSの問題点は次の通り。

  1. 製品の品質に関するコスト
    品質管理のため担当者を頻繁に出張させなければならず、予定を超える人件費などが必要
  2. 急な増産に対応できず販売のチャンスを逃す
    EMSは複数の企業と契約しているため、予想以上に売れた商品の増産を依頼しても他の注文が入っていれば増産に応じてもらえない
  3. EMSへの発注数は契約による
    市場の動向に応じて機動的に調整したいところだが、EMSには最初の契約が前提となり、それが足かせになって結果的には高くつく

 以上の理由から、自社工場での生産に切り替えたアイリスオーヤマ。大きな設備投資をすることなく、日用品を生産してきた設備をうまく活用することでコストを抑えている点も注目すべきことです。

 番組のゲストとして登場した首都大学東京大学院森本教授は、

「家電メーカーでも商品開発会議は絶えず開いています。いろんな技術が提案されるわけですが、巨大組織を維持するための、売り上げ規模を維持できるような製品でない限りは、なかなかそこでOKがでないわけです」

と意思決定のスピードがなかなか出ない点を指摘します。
 また、「伴走方式」で開発から販売まで3カ月で行っている点について、

「アイリスオーヤマのようにモック(動かないサンプル)を持って、直接ホームセンターと商談するようなことは、家電メーカーでは全くあり得ないことなんですよ。実際の商品を見ていただいて、その反応を確認しながら、どのくらい広告宣伝費や販促費をかけるかということも考えてラインナップ計画を立てるわけですから、開発から生産、販売という『リレー方式』では2年はかかってしまうんです」

 EMSについては、

「生産委託した場合、EMSは大量生産には向いているんですけれども、消費者ニーズに対応したような多品種、少量生産にはこれはなかなか向かないですね。それからEMSとの契約はドル決済になっていますので、こういう円安の時には大変コストがまたかかるということになるわけです」


 アイリスオーヤマが取り組んできた施策は、IT業界においても参考にすべき点が多くあると思います。

「意思決定のスピードアップ」
「生産方式の改革による機動力の向上」
「オフショア開発によるコスト増の要因の洗い出しと全体コストの削減」

・・・などなど
 ステージが変わったことを認識すれば、昨日からの延長線で明日の戦略を考えるのでなく、顧客やパートナーと共に新しいステージのあるべき姿を築いていく必要があるように思います。


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