人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2013/05/16  (連載 第48回)

正しい解を求めるのでなく、合意形成できる最適解を求める

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 先月は、「ステージが変わった」をテーマに、アベノミクスや黒田日銀総裁の「異次元金融緩和」について触れ、変化の激しい時代に対応している例としてアイリスオーヤマの経営戦略を紹介しました。
 正に激変の日々が続いています。円は遂に1ドル100円を突破し、日経平均は5年4カ月ぶりに1万4500円台回復と、円安・株高傾向は続いています。久しぶりに日本経済に明るさと希望が見えてきたようではあります。

「新しいステージでどんな戦略を展開するか?」
 企業の経営層の目下の課題がこのテーマでしょう。
  • 景気は確実に回復している。ここは攻めの展開で新たな設備投資をする
  • これまで我慢を強いてきた従業員に金銭面や福利厚生面で還元する策をとる
  • 海外シフトの生産体制から、国内回帰へパートナーシップの再構築だ
  • この景気は一時的なものだ、合理化のためのIT投資をする
  • 通貨の変動に左右されない現地生産、現地販売の体制を強力に推進する
 経営戦略に「正解」というものがあるのならば、その正解を求めて正しい戦略を展開すればよいわけです。しかし、未来の経済環境を正しく予測することなど、地震の予知よりも困難なことではないでしょうか。

 「アベノミクス効果はしばらく持続し、日本経済は成長の緒に就いた」
とポジティブな捉え方をする人もいれば、
 「日本だけに美味しい思いはさせない、とする勢力が巻き返しを図ろうと躍起になり、やがて通貨安競争が勃発し、世界大恐慌が起こる可能性がある」
とネガティブな捉え方をする人もいます。
 未来の予測なしに戦略は立てられませんが、その未来をポジティブに捉えるか、ネガティブに捉えるかで異なる戦略を選択することになります。どちらの予測が正しかったかは、その未来が現実となった時に初めてわかることです。
 最終的にはトップの判断、意思決定に委ねることになるのが企業の戦略です。しかし、号令一下で自分の考えも無しに目下の仕事に取り組むのか、関係部門がお互いの意見も戦わせながら「合意形成した」上でトップが意思決定したのか。それぞれで、実行面ではかなり違いが出てきます。とりわけ、軌道修正が必要になるような環境の変化が起こった場合には、顕著です。

 では、どうすれば「合意形成できる最適解」を導き出せるのでしょうか?
 この課題にヒントを与えてくれるのが、ビジネスアナリシスと言えそうです。現在、ビジネスアナリシスのグローバルスタンダードとしてカナダに本部があるIIBA(International Institute of Business Analysis)が展開するBABOK(Business Analysis Body of Knowledge)が注目されています。
 BABOKは、以下の7つの知識エリアを中心に展開されています。
1.ビジネスアナリシスの計画とモニタリング
2.引き出し
3.要求のマネジメントとコミュニケーション
4.エンタープライズアナリシス
5.要求アナリシス
6.ソリューションのアセスメントと妥当性確認
7.基礎コンピテンシ
 この7つの知識エリアが何を意味するのか、言葉を読んだだけではイメージが湧きにくく、BABOKを身近なものに感じることができません。そこで多少意訳が入るかもしれませんが、平易な表現にして、BABOKの概念、ビジネスアナリシスの必要性に触れたいと思います。

 ビジネスアナリシスの目的は、要求(問題解決したい課題)が数多くある中で、真に必要な要求を見極め、限りある経営資源(人、物、金、時間)を有効に投下して、ありたい姿を実現することにあります。
 ビジネスアナリシスを行う場合、社内の事務局を決め、推進組織を構築します。外部の専門家に委託する場合もあるでしょう。ここではその推進組織をBAチームと呼ぶことにします。
 まず最初にBAチームが取り組むのは、チーム与えられた使命と目的を確認し、期待する成果と投下できる経営資源の量を決めることです。そして、その成果と条件に合致するよう全体計画を策定します。
 計画の中には、対象とするBAに関わるステークホルダーを列挙し、その役割と権限についても明確にします。BAを推進する中で計画に変更が生じる場合もあります。変更管理をどのように行うかも最初に決めておく事項です。
 これらの計画と監視を行うのが、BABOKの「1.ビジネスアナリシスの計画とモニタリング」です。計画が決まれば、BAに関する要求を調査します。

 要求には、ビジネスそのものに関する要求(ビジネス要求)や特定のステークホルダーが抱えている要求(ステークホルダー要求)に加え、それらを解決するソリューションとして提示された要求(ソリューション要求)などがあります。
 BAを進める上で、これらの要求を「抜け洩れなく」列挙することが大変重要になります。一部のステークホルダーからの要求だけを取り上げたり、最初から重要と思われる要求だけに焦点を当てていては、思わぬ「抜け」が生じ、計画の実行段階で後戻りをしなければならない事態につながるからです。
 「抜け漏れのない」要求の列挙をすることが「2.引き出し」にあたります。
 要求を列挙した後は、それぞれの重要度や緊急度を評価する中で取り組むべき優先度を決めていきます。
 ビジネス要求は「4.エンタープライズアナリシス」の中で整理し、ステークホルダー要求やソリューション要求は「5.要求アナリシス」の中で整理します。
 次に要求の優先度と、最初に設定した「成果と条件」に照らして、BAチームとして、どの要求を取り上げ、どのソリューションによって解決するかを検討します。これが「6.ソリューションのアセスメントと妥当性確認」に相当します。

 BAチームが選択するソリューションは、もちろん全体最適を求めていなければなりません。ただ、全体最適な提案であっても、ステークホルダーに展開すると反対勢力が出現することは十分考えられます。また、あるステークホルダーの主張から重大な抜け漏れが発覚したり、優先度の視点が適切でなかったということもありえます。
 ステークホルダーとの調整の中で何度もこのような見直しを行いながら、粘り強く「全体最適のためのソリューション」であることを合意形成していくこと。これがBAチームに求められます。意思決定の前に地道なこのアプローチを行うことで、意思決定後の実行スピードが良いことはお分かりの通りだと思います。これらのことは「3.要求のマネジメントとコミュニケーション」で行います。
 このようなステークホルダーとの合意形成を取りながら、BAを展開するBAチームのメンバーには、分析的思考や問題解決、情報伝達のスキル、人間関係のスキルなど、求められる素養がいくつかあります。そのことをBABOKでは、「7.基礎コンピテンシ」として記載しています。

 BABOKの7つの知識エリアを表現しながら、ビジネスアナリシスについてご紹介しましたが、如何だったでしょう?
 恐らく、社内の改善・改革プロセスに携わったことがある人なら、同じようなことをやってきたのではないでしょうか。そして、その改善に取り組む際の苦労の大部分が、人(ステークホルダー)に起因していたことだったのではないかと思います。
 正解を求めることなど不可能な中で、如何にステークホルダーと向き合い合意形成しながら「最適解」を求めるか--。ご自身がそのことで苦労された経験をお持ちなら、BABOKは調べてみる価値がありそうです。それ以上に、配下の方に同じような苦労をさせずに良い結果を出してほしいと望むなら、尚更です。
 プロジェクトマネジメントのグローバルスタンダードといえるPMBOKは、昨年12月に第5版(英語版)に改定されました。これまでの9つの知識エリアに加え、第10の知識エリアとして「ステークホルダーマネジメント」が追加されました。
 ステークホルダーとの合意形成--。やはり重要なテーマのようです。


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