人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2013/06/17  (連載 第49回)

推論を楽しむ

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 チャールズ・ダーウィンは、著書『人間の由来』で次のように述べています。
「誤って事実とされたことは、長くそのままになりがちなので、科学の進歩にとってきわめて有害である。しかし誤った見解は、たとえなんらかの証拠によって支持されていようと、ほとんど害をなさない。誤りを立証するという有益な楽しみをだれもが実行したがるからだ。そして誤りが立証されれば、間違いに向かう一つの道が閉ざされて、真実にいたる道がしばしば同時に開かれる」
 自分の推理を働かせて、真実を追求することが、科学者に求められ、その上で批判を恐れずに自説を披露することが、結果として真実の追求に近づくということでしょう。

 『脳の中の天使』(ラマチャンドラン著 角川書店刊)は、正にこの科学者としての推理を展開し、自説を披露している興味深い図書でした。
 ラマチャンドラン博士はカリフォルニア大学サンディエゴ校の脳認知センターの所長であり、教授です。1999年に「脳の中の幽霊」を出版して注目され、神経科医、心理学・神経科学者として脳神経に関わる研究を展開しています。
 今回のコラムでは、この書から
 「人間と類人猿の違いは何か?」
 「推論を楽しむ」
をテーマに紹介します。

1.人間と類人猿の違いは何か?

「人間は類人猿か、それとも天使か」
 19世紀ダーウィンの進化理論をめぐり繰り返された有名な論争があります。科学の巨人と言われた一人、ヘンリー・ハクスリーは言います。
「この3種類の生き物を化石化するか、あるいはアルコール漬けにして比較し、先入観なしに判断したとしたら、私たちは即座に、ゴリラと人間との動物として隔たりは、ゴリラとヒヒのあいだに存在する隔たりよりもさほど大きくはないと認めるに違いないと、私は確信しています」
 一方、ハクスリーの論敵であったリチャード・オーエンは、人間は特別な存在であると確信していました。比較解剖学の創始者であるオーエンは、類人猿と人間の精神的能力に大きな隔たりがあることを重視し、人間の脳には類人猿の脳には全く見られない「小海馬」という特有の解剖学的構造があるという(誤った)指摘をしました。

 さて、著者は「はじめに ただの類人猿ではない」でこのテーマについて、以下のように紹介しています。
 オーエンが試みたように、人間をユニークな存在にしている脳部位を特定することは可能なのだろうか?あまり有望とは言えそうにない。解剖学レベルでは、人間の脳はどの部位をとっても、それに対応するものが類人猿の脳にある。しかし最近の研究によって、人間の脳においてきわめて大幅な発達をとげ、新規かつユニークとみなせる脳領域がいくつか特定されている。左側頭葉のウエルニッケ野、前頭前皮質、左右の頭頂葉のIPLである。さらに言えば、IPLから派生した緑上回と角回は、類人猿の脳には解剖学的に存在しない(オーエンはどんなにこのことを知りたかったであろう)。これらの領野が人間の脳でなみはずれて急速に発達したという事実は、重大な何かがそこで起こっているにちがいないということを示しており、臨床的所見がそれを裏付けている。
 そうした脳領域の一部には、ミラーニューロンと呼ばれる特殊なタイプの神経細胞が存在する。ミラーニューロンは、自分がある動作をしているときに発火するだけでなく、ほかのだれかがそれと同じ動作をしているときにも発火する。ミラーニューロンは、あなたがほかの人に共感し、その意図を「読み取る」こと--その人が実際に何をしようとしているかを把握することを可能にしているのである。
 解剖学的にほぼ同じ脳を持った類人猿と人間--。しかし、研究が進むにつれ人間に特有の機能や脳の領域が解明されてきました。
 著書を読んで、科学者の推論とその検証の繰り返し、そして多くの仲間の協力によって解明されてきたことが良く伝わってきます。
 脳の話はこの程度にして、本題の「推論を楽しむ」というテーマに移ります。

2.推論を楽しむ

 著者は、「序」で予め話の展開について以下の断りをしています。
 正確さについてだが、本書に示したアイディアの一部は、言ってみれば推論的なものであることをまず断っておきたい。本書の内容の多くは、確固とした基礎、たとえば幻肢、視知覚、共感覚、カプグラ妄想などについての私自身の研究にもとづいている。しかし私は、たとえば芸術の起源、自己認識の本質といった、あまりよく研究されていない、とらえにくいトピックスにも取り組んでいる。そのようなケースでは、知識にもとづく推量と直観に思考のかじを取らせ、どこであれ、実験にもとづくデータがまばらにしか存在しないところを進むにまかせた。それらは何ら恥ずべきことではない。科学的探究の未踏領域はみな、まずそのようにして探査されなくてはならない。データが乏しく、もしくは粗すぎて、既存の理論に力がないときには、科学者がブレーンストーミングをしなくてはならないというのは、科学的プロセスの一つの基本要素である。私たちは、自分が出せる最良の仮説やら、勘やら、単なる思いつきに近い直観やらを並べ、それから頭をしぼってそれらを検証する方法を考える必要がある。

 ここで引用した最後の文は、何も科学者だけのことではなく、ビジネス上の問題を解決するすべての人にあてはまる言葉です。
 解決すべき問題を抱えている人は、自分が出せる最良の仮説、勘、思いつきに近い直観を並べ、頭をしぼって何が最適な結論かを考えだそうとします。言い換えれば、アイディアを発想する一番の事柄は、そのテーマについて「寝ても覚めてもそのことに執着して考える」ことで「ひらめき」が生まれるのだと思います。
 とはいっても、そのひらめきがうまく形にできる人と具体的な案に展開できない人がいます。形にするには、一つの法則や論理的な展開のリズムを持っていることが有効です。
 第7章「美と脳 美的感性の誕生」では、人間の脳はどのようにして美に反応するのか?という命題に著者の推論を展開しています。
 ここでは、その内容よりも推論の展開方法に焦点を当て、原文をそのまま引用します。

 私が提言する9つの美の普遍的法則は、以下のとおりである。

  1.グループ化
  2.ピークシフト
  3.コントラスト
  4.単離
  5.いないいないばぁ、もしくは知覚の問題解決
  6.偶然の一致を嫌う
  7.秩序性
  8.対称性
  9.メタファー

 法則を列挙してそれがどんなものかを記述するだけでは十分ではなく、一貫性のある生物学的な観点も必要である。とくに、ユーモア、音楽、芸術、言語などの普遍的な人間の特性を探求する場合には、3つの基本的な問いを念頭に置く必要がある。3つとは、おおまかに言えば、「何」、「なぜ」、「いかに」である。
 第一に、あなたが注目している特性の内的な論理構造は何か(これは、私が法則と呼んでいるものにおおよそ対応する)。たとえばグループ化の法則は、視覚システムが、像に含まれる類似の要素や特徴をグループ化して集団にまとめる傾向をもっていることを意味する。
 第二に、その特性はなぜその論理構造を持っているのか。言いかえれば、それはどんな生物学的機能のために進化したのか。
 第三に、その特性もしくは法則は、いかにして脳の神経機構によって成立しているのか。人間の本性の側面を、どんな側面であれ、真に理解したと主張するのであれば、その前に、この3つの問いすべてに答えを出す必要がある。
 ラマチャンドラン博士は、自説を展開するに当たって「何」「なぜ」「いかに」という論理的な展開法を用いています。
 一つの完成された論理的プロセスを適用することで、自分の考えを整理して、一つの説とする。このこともビジネスに参考になる展開方法です。

 テーマに関して、寝ても覚めてもそのことに思いを集中し、ひらめきを得たら自説として具体的に論理的に展開する。
 推論を楽しみ、アイディアを出すこと--。これは科学者だけの楽しみではありません。ビジネスに従事する人たちも問題解決の場面で、是非、楽しみながらアイディアを創出したいものです。
 この時、組織の中で共通の論理的な展開プロセスが共有されていれば、意思決定は効果的・効率的に行われることでしょう。
 あなたの組織では、共通言語となる論理展開のプロセスを共有していますか?。

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