人材育成コラム
“人財”育成のツボ
2013/08/20 (連載 第51回)
なぜ人は奥歯に物が挟まった言い方を選んでしまうのか
ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表
安藤 良治
ある日、メンバーのCからリーダーを飛び越えて、メールがPMの元に届きました。そこにはメンバーのDのスキル不足から開発が遅れていること、その影響を受けてC自身の仕事も思うように進捗が進んでいないこと、そして自分は2週間の長期休暇を取得予定でいることが書かれていたとします。
まだ人物の掌握ができていない時にこのようなメールが飛び込んでくるとPMとしては困ったものです。あなたがそのPMだとして、まず誰に会い、何を確認することから始めますか?
次のいずれかを選んでください。
(1)リーダーに会う。その際C君からメールが来たことも伝える
(2)リーダーに会う。メールのことは伏せてプロジェクトの状況を確認する
(3)C君に会う。まずはメールの内容を確認し、真意を確認する
(4)D君に会う。D君の担当している開発の状況を確認する
(5)その他(サブリーダーに会う、E君に会うなど)
実は、このテーマは、PMを対象にした実際の研修で使用しているケースです。この研修では、メンバーとのインタビューを通じて、問題の発見、対策の策定を行ない、メンバーとのコミュニケーションが動機付けや巻き込みに影響することを体験するものです。
この研修では、最初にケースの概要を受講者に渡します。プロジェクトを構成しているメンバーの一覧、メンバーの一覧には各メンバの特徴も記載しています。そして、現在のプロジェクトの概略を紹介し、PMとしてプロジェクトの問題を明らかにして、対策を講ずる必要があることを確認します。
グループでそのケース概要を読みながら、「誰に何を聴くか」といったインタビューのシナリオを作成します。インタビューできる機会は3回。つまり最大3人のメンバーにインタビューをしてプロジェクトに生起している問題のありかを突き止め、その対策をまとめるのが研修のミッションです。
研修では私とコンビを組む講師が役者となり、PMが指名したメンバーの役柄を演じます。ケース概要にある各メンバーの人物の特徴を踏まえながら、質問の内容によっては口を閉ざしたり、あるいは本音を語りだしたり…と。ですから、同じメンバーを指名したとしても、インタビューの仕方、配慮によって、引き出せる情報が異なってきます。
上述のケースへの対応は、各チーム様々で、実際の組織の運営上も発生しがちな教訓が得られます。
実際の選択状況を、合計を10として見ると以下のような割合になります。
(1)1.5
(2)5
(3)3
(4)0.3
(5)0.2
最も多い(2)を選択したチームのインタビューでは、PMとして現在のプロジェクトの状況を確認したいという一般的な確認を進めていくわけです。しかし、メールに書かれているいくつかの情報も事実確認したいとの思いから、「C君が長期の休暇をとろうとしているようだが」といったリーダーがまだ知らない情報を持ち出してしまうことがしばしばあります。
するとリーダーは、「PMがなぜそんな情報をご存じなんですか?」と質問します。その時のPMの回答は、その場を誤魔化す人、「喫煙コーナーでたまたまそんな立ち話を聞いた」とする人、中には「実はこんなメールが来ていて…」と事実を明かす人もいます。
一般的な状況確認だけでは、プロジェクトに生起している問題の核心に触れることは難しく、リーダーは「PMは何かを心配している。しかし、具体的なことは話してくれない。何か奥歯に物が挟まった言い方なので、こちらも気を付けて回答しないと立場が悪くなるのではないか」と思うようになります。
この場合の会話は、正に腹の探り合い、決して雰囲気の良いものではありません。
そして、インタビューの終了後、PMが知りたがっていることを確認するため、リーダーがサブリーダーやC君に面談し、C君がPMにメールを送った事実を把握します。(という設定にしています)
リーダーから問いただされたC君は、「PMを信頼して直訴したのに・・・」との思いから、裏切られたように感じ、その後のPMとの面談では、全く口を閉ざしてしまいます。
中には、PMからリーダーへのインタビューは一般的な情報確認だけに絞り、周辺情報だけを収集して次のインタビューでC君に会うというチームもあります。この場合は、C君とは淡々とインタビューが行えることにはなります。
しかし、(1)のように最初にリーダに会い、正直にメールの存在を明かし、PMとリーダーが一緒になって解決しようと働きかけた時とは、得ている情報の量が異なります。
私は以前、人事部で仕事をしていたころ、似たような経験を幾度かしました。直接、直訴した人物と会うこともありましたが、直訴した人物との直接の会話だけでは、職場の実際の状況が掴めないため、片寄った情報で判断する危険がありました。
そこで、このようなケースでは最初に管理者と会い、「直訴があったことの事実」を伝え、直訴の内容に関する事実確認と管理者の意見を確認するようにしました。そして、直訴した人物との面談を誰がするかを確認しました。多くの場合、管理者自らが面談し、解決したいと申し出るので、その管理者に任せ、面談後の状況を確認することにしていました。
私が直接会った方が良いと判断したケースでは、管理者には職場に戻ってから、この内容に関しては他言せず私からの連絡を待つように伝え、該当者と面談するようにしていました。
管理者やリーダーがその組織をまとめる役割を担っているわけですから、まずはそのまとめ役と会い、情報を共有することが問題を適切に解決することにつながると経験から学んだことです。
さて、上述の研修の最後に、私は受講者の皆さんに確認します。
「あなたが、リーダーのAさんだったとしたら、C君が自分を飛び越してPMに直訴のメールを送っていた事実を、PMから教えてもらいたいですか?」
この質問に対し、受講者の九割方はYESと答えます。何故か、毎回1名は手を上げない人がいるのも事実ですが・・・。
リーダーの立場であれば、「PMから包み隠さず持っている情報を開示してほしい」と思うのにもかかわらず、PMの立場の時には、情報を開示しない現実。それも相手を慮るがゆえに、情報を開示しないことが賢明、と判断してしまうのです。
なぜ、このギャップが生まれるのでしょう?
「私が相手の立場だったら、どう思うだろう?」
単純なその問いかけが、情報を共有し、信頼関係の下で共に問題解決に向かって行動できるようになるのかと思います。
