人材育成コラム
“人財”育成のツボ
2014/05/20 (連載 第60回)
新時代の徒弟制度、OJL(On the Job Learning)の定着と実践 シリーズ(1)成人を育てる -成人学習-
ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表
安藤 良治
このOJLの定着と実践をテーマに今号からシリーズで展開していきます。
第1回となる今号のテーマは、成人を育てる--成人学習です。
テーマについて論を進める前に、「そもそも誰の何のためのOJLか?」--このことを明らかにしておく必要がありそうです。
「OJLを導入する企業のため」
OJLを導入することで主体的に学習し、自ら考えて行動する社員が増えることを目的にします。ですからOJLの導入は、「企業のため」になります。
「OJLにより、自ら主体的に学び、成長する社員のため」
社会人として、企業人として、主体的に学び、行動することが、個々人の成長には欠かせません。当然、決まったことを決まった通りに守り行動する規範や行動を身に付けなければなりません。一方で「ここは守りか、攻めか」「ここは提携か、自主開発か」--必ずしも正解がない中での意思決定ができるようになるためには、主体的に考える習慣が欠かせません。そのためのOJLの導入です。ですからOJLは、自ら学び成長する社員のためでもあります。
では、OJLを実践する指導者にとっては、どうでしょうか。
毎年この季節になると私は、新入社員の職場指導員への研修を担当します。この指導員研修を担当し始めた5年前に、私はある失敗をしました。長年人事部門を経験していたこともあり、「職場指導員に任命されることは名誉なこと」との思いがありました。そのため、研修の受講者モデルを「モチベーションの高い社員の集まり」と設定して研修を行ったのです。ところが蓋を開けてみると、指導員として選ばれたことに名誉どころか、迷惑な顔をしている人が多くいたのです。「こんな忙しいときになんで新人の面倒を俺が見なきゃいけないのか」と嘆いている人。「自分が新人の時、先輩は何の面倒も見てくれなかった。私だって同じように新人と接すれば良い」と・・ ・。
受講者モデルを間違えると研修での「掴み」はうまくいかないものです。その年の研修は私にとっては苦い経験となりました。有難いことに翌年以降もその企業から継続のオファーを頂戴し、現在に至っているのですが、翌年からは指導者自身にスポットを当てました。「『指導した経験』そのものが自分自身の成長に大変役立つ」ことを強調し、受講者自身の成長のための「指導員研修」を展開しました。この視点の変化が功を奏し、受講者自身が良い学びを得ようとする研修となっています。
この経験から、「社員の一段の成長を支援する指導者のためのOJL」という視点が欠かせません。指導者を中心に置いてOJLを学ぶことが、自分自身の成長になり、結果として主体的に学ぶ社員が増え、企業の人財育成の推進力となると考えます。
このコラムで展開する「OJLの定着と実践」も、「指導者のためのOJL」の視点で書いていきたいと思います。
さて、初回のテーマ「成人を育てる(成人学習)」。指導する対象者が誰であるか?--受講者のモデルを正しく捉えることは大変重要です。私がかつて指導員研修で「モチベーションの高い社員の集まり」と受講者モデルを設定し、実際には指導者として任命されたことをネガティブに捉えている人が多かったために「掴み」が難しかった経験をお話ししました、このように、指導の対象となる人がどんな人であるかをモデルとして設定することが、育成プログラムの成否を決めるベースとなります。
「OJLを推進する指導員が対象とする相手は、社会人である、そして成人である」--。このことを意識して取り組むことが主体的に学び、行動する社員を育成する最初のポイントです。
では、成人に対する教育として意識すべきことは何でしょうか?
米国の成人教育の理論家マルコム・ノウルズは、「成人教育」を意味する言葉から発想されたアンドラゴギー(Andragogy)を定義し、学校教育を対象とするペタゴギー(Pedagogy)とを比較して、アンドラゴギーの特徴を4つ示しました。
- 成人は自分たちが学ぶことについてその計画と評価に直接関わる必要がある
- (失敗も含めた)経験が学習活動の基盤を提供してくれる
- 成人は、自分たちの職業や暮らしに直接重要と思われるようなテーマについて学ぶことに最も興味を示す
- 成人の学習は、学習内容中心型ではなく、問題中心型である
この4つの特徴を踏まえ、OJLを推進していくことが求められます。社会人であり、成人である人たちを「教え込もう」としたり、学校教育のように「画一的な対応」をすれば、「反発」や「拒否」といった反応が現れ、主体的に学ぼうとする意欲が阻害されることになります。
成人である彼らは「学び方は知っている」という前提で、「自ら学ぼうとする姿勢」を支援する態度、ファシリテーション力やメンタリングの要素を展開することが求められると「成人学習学」では説いています。
今回のコラムをシリーズで展開することに関して、私が関わったITラーニングファシリテータ育成プログラム開発グループ(ITLFG)の協力を得て、毎号のテーマとリンクする形で補足資料を掲載していただけることになりました。是非、こちらをご覧ください。(→ http://ithrd.jp/index.php/blog/ojl)
ITLFGが所属する団体のIT人材育成事業者協議会は4月30日、一般社団法人IT人材育成協会に名称が変わりました。教育会社を対象にした名称からIT人材全体の育成を対象とした名称に変わったこと。また、ITLFの対象層がこれまでのインストラクタ主体であったものから、現場の指導層全体に拡充されたこと。これらは、2014年のエポックな出来事になるのではないかと思っています。
OJLを推進する指導層は、中堅社員からマネジメント層まで幅広い層が対象になります。実に忙しい人達が対象です。忙しい人だからこそ、その役割を期待されているわけです。その際、配下のメンバを育てることと同様に期待されていることが、周囲(部門の上下間、関連部門など)への巻き込み力(良い影響力)の発揮です。
以下、「影響力の法則」(アラン・コーエン、デビット・ブラッドフォード著税務経理協会刊)から引用とその解説をします。
「人を動かす力は、他者のためになることを常に真剣に考えている人が発揮できる能力である」
言い換えると
「相手と信頼関係を築き、双方にとって良い結果がもたらせるように仕事をする人が人を動かせる」
私の入社同期の友人や同年代の人たちの中で企業のトップとして活躍する人もいます。その友人たちの今日の立場を築いたのは、自分自身の立身出世でなく、他人を思いやる心や他人から感謝されるような行動であったように思います。
OJLを推進するとは、正に相手のためになることを常に真剣に考えることが重要であり、相手にとって良い結果が得られる(主体的に学べる)ように配慮する心、その姿勢が結果として相手に伝わり、良き学習者、仕事の担い手に育っていくのだろうと思います。
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