人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2014/07/18  (連載 第62回)

新時代の徒弟制度、OJL(On the Job Learning)の定着と実践 シリーズ(3)ラーニングオブジェクトを定義する

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 「自分がただ教えているだけで教育をしていなかったことに気付いた。学習者のことをきちんと見ず、『どうすれば学習する気になるか』など考えていなかった」
 これは、先日行った職場指導員研修の研修終了後、ある受講者が提出したアンケートの一文です。この文章を見て、私は大変嬉しく思いました。

 この指導員は、後輩に対して指導する内容を計画し、目標を定めてその計画に従って「学習者を指導」していたようです。しかし、学習者の学習は思うように進まず、指導計画通りに進みません。「何故?」という疑問を持っていた時期に「指導員研修」を受講することになり、そこで「指導計画で前提とした『学習者モデル』と『実際の学習者』のギャップ」に気づきました。
 「このまま当初の指導計画を進めても、期待する成果は上がらない!学習者のことをきちんと見なければ・・・」
 研修を機に指導員が個々の学習者に向き合うようになってくれたならば、研修の意義が高まります。このようなコメントを読ませていただくと、講師冥利に尽 きる思いです。

 指導者に選ばれた方は、学習者の到達目標を定め、その目標達成のための指導計画を策定することが必要です。先月のコラムでも「教案設計」をテーマに
  (1)指導する目標、目的を明確にする
  (2)学習者のモデルを確認する
について紹介しました。
 学習者は、一人ひとり「自我」という名の個性を持ち、所有するスキルも異なれば価値観も異なります。「個々の学習者と向き合って『指導計画』を立てることが重要!」なのは確か。しかし、一人ひとり個別に一から「指導計画」を策定して、「学習内容」を用意することは、大変手間がかかると同時に、「学ばせる文化作り」の標準化が難しくなります。何とか標準化の実現と個別の学習者への柔軟な対応を可能にしたいものです。

 そこで今号は、「ラーニングオブジェクト」という概念を用いて「学習内容」を整理する方法をご紹介します。ラーニングオブジェクトを定義することが、学習者モデルに沿った「学習内容の策定」と「個別の学習者に対する学習内容の軌道修正」を実現するにつながります。
 今回の「ラーニングオブジェクト」に関しても ITHRD(IT人材育成協会)のホームぺージに関連資料をリンクさせていただきました。そちらのスライドも参考にしていただけたらと思います。(こちら http://ithrd.jp/index.php/blog/ojl )

 「ラーニングオブジェクトを用いて学習内容を整理する」とは、
学習範囲全体を表した「コース」を定義した後に、その構成要素である「レッスン」「ラーニングオブジェクト」「ラーニングアクティビティ」「学習要素」に分解し、組み合わせることによって、学習内容を整理していこうとするものです。
 例えば、「入社3年間で一人前になる」という抽象的な学習目標が設定された場合、この表現だけでは何をどう学習して良いのか分かりません。「一人前の条件」を具体的に落とし込むことで、はじめて学習内容が決まってきます。一人前の条件として、「問題解決能力、コミュニケーション能力、対人関係能力が設定水準以上であること。さらに担当業務分野の知識A、B、Cが其々設定水準以上であること」と定義したとしましょう。これら全体を学習することが、入社3年間に学習する「コース」となります。

 コースの構成要素の一つである「問題解決能力」は、「レッスン」にあたり、その向上のための学習内容を決めていくことが「レッスンプランの策定」になります。私が担当する「問題解決法(創造的実行プロセス)」を適用して「問題解決能力」を高めると決定すれば、方法論として「創造的実行プロセス」を使用した「レッスンプランを策定することになります。
 「創造的実行プロセス」は、その構成要素として「問題課題分析」「発生問題分析」「決定事項分析」「将来問題分析」の思考ツールや「問題とは?」という概念レベルの内容。更に「思考力の4つの要素」といった内容を持っています。
 この一つ一つの思考ツールや他の内容が「ラーニングオブジェクト」です。
 ラーニングオブジェトの一つである「問題課題分析」には、「分析プロセス」「プロセスの解説」「ケース研究」「分析例」などの学習のための教材を用意しています。また、この教材を用いて理解を深めるための「ラーニングアクティビティ」として、「ケース個人研究」「ケースグループ研究」「実務課題討議」といった学習の進め方も用意しています。
 このラーニングオブジェクトをしっかり準備することで、様々な学習者に対し学習内容を提供することができます。
 「初めて問題課題分析を学ぶ人に、分析例を用いてプロセス解説する」
 「問題課題分析を学習したことがある人に実務課題を用いてグループ討議する」
などの適用により、対象とする学習者の状況に応じて学習内容を組み立てていくことが可能になります。

 以前、教材開発を専らの仕事とされている方とこのラーニングオブジェクトについて議論させていただいた際、その方が言っていたことが印象に残りました。
 「教材開発の仕事では、テーマに基づいて一品一品制作することが多くありました。しかし、内容的には似通ったテーマもあり、『教材の再利用』ができないかが課題となっていました。このラーニングオブジェクトの概念とその整理をうまくすれば、再利用率が高まることに気づきました」
 教材の再利用ということが、教材開発に携わっている方にもテーマとなっていることを知りました。職場の指導で、教材を開発するのはとても大変です。個々の学習者に対して教材を用意することは現実的ではありません。かといって、マニュアルや仕様書を読ませるだけで指導するのは、学習者の学習意欲の点からも適切とは言えません。

 学習すべきラーニングオブジェクトを定義して、学習者自身に教材作成を課題とするなどの工夫により、職場で学習できる文化を築いていくことが必要ではな いでしょうか。
 IT分野における技術の伝承--このテーマは日本においてはあまりうまく進んでいないのではないかと危惧しています。ラーニングオブジェクトを定義し、ラーニングアクティビティをうまく組み合わせることで、職場における学習する文化の形成を進めることが求められているように感じます。皆さんはどのようにお考えですか?

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