人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2014/11/17  (連載 第66回)

新時代の徒弟制度、OJL(On the Job Learning)の定着と実践 シリーズ(7)双方向コミュニケーション

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 「コミュニケーション」を辞書で調べると、
「社会生活を営む人間が互いに意思や感情、思考を伝達し合うこと。言語・文字・身振りなどを媒介として行われる」
とあります。
 「コミュニケーション」という言葉自体に、互いに伝達し合うことの意味があるわけですから、敢えて「双方向」と付した今回のタイトルは、不自然な表現と感じる方もおられるでしょう。
 しかしながら、育成の場面において「指導者」と「学習者」の関係は、指導者の一方的な話が多いことに思い当たる方は多いのではないでしょうか。
 一対一の個別指導の場面においても指導者が一方的に「教え込み」、学習者の理解を確かめないまま、「教えた」というアリバイをもとに放置しているケース、が、職場の指導に多く見られます。「教えたのにできないのは学習者が学習しないため」と突き放してしまっては、学習者の意欲はどんどん低下して、職場での戦力として育ってくれません。
 育成の場面にこそ、「互いに意志や感情、思考を伝達し合う、双方向のコミュニケーション」が必要だと感じます。

 「育成の場面における双方向コミュニケーション」の鍵は、「発問」にあると言います。「発問」とは、指導者が学習者に問いかけをする行為で、学習者から回答を得た後に、その問いかけの内容に関して、指導者が薀蓄を語るやり取りをいいます。答えを知らないで問う「質問」とは異なり、「発問」は指導の場面で学習者の理解度を確認する、気持ちを理解するうえで重要な行為とされています。
 大勢を対象にした学習の場面では、全員を対象に問いを投げかける「全員対象発問」、ある人を指名して問う「指名発問」、席の順番や氏名順など順番に問う「リレー発問」などを使って、指導者は一方的な話に終始せず、時折学習者の理解度を確認したり、学習者の体験を引き出す中から伝えたい内容に関しての興味を高め、維持することに努めます。
 学習者が答えづらい内容や批判的な意見が返ってきそうな内容に関しては、問いを投げかけてから指導者自身がその薀蓄を語り出す「自問自答型発問」をうまく利用することで、一方的な話よりも「対話」を演出することで理解を深める手法を使うこともあります。
 ジャーナリストの池上彰さんは、テレビ番組で出演者から質問を受けると良く「いい質問ですね!」と答えてから、少しその質問に咀嚼を加えてから、質問者に問いを投げ返す、あるいは他の出演者に問いかける「投げ返し発問」を使います。この手法は、話題を発展させることに有効なだけでなく、とっさの質問に良い薀蓄が思いつかない場合に、他者の考えも伺いながら自分の考えを整理するために使うこともできます。
 発問を上手く活用することで、指導者の一方的な話でなく、学習者との対話型「双方向」のコミュニケーションに近づいてきます。

 問いかけのスタイルには、学習者が「はい」あるいは「いいえ」で回答できる「閉じた質問」と、「はい」「いいえ」では答えられず自分の考えや事実を回答しなければならない「開いた質問」があります。指導の場面では意識して「開いた質問」を用いて相手の考えを引き出したいものです。
 職場の指導に良くあることですが、学習者が行き詰まっているような状況を見ると、その原因について指導者は自身の経験から「仮説」を考えます。そしてその仮説をそのまま問いかけると、学習者は「はい」「いいえ」のどちらかで回答することになります。つまり、経験のある分野では「閉じた質問」を使う傾向が強いということになります。学習者に考えさせたい場合などは、仮説が思い浮かんでもぐっと我慢して「開いた質問」を使うことで、自ら原因を考える学びの場とすることができます。

 この2種類の問いかけと合わせてコミュニケーションのテーマで良く学習するのが、心理学者カールロジャースが開発した「アクティブリスニング」です。カールロジャースは、「人は、自分の経験が尊重され、理解されていると認識すると、相手を信頼する」ことを発見し、信頼関係を築き相手から本音を引き出すための手法として「アクティブリスニング(積極的傾聴法)」を開発しました。コミュニケーション教育の場面では、必ずテーマになる手法の一つです。
 私はこのテーマの学習の際、3人一組での実習をよく行います。実習の主役である「聴き手」、そして「話し手」、もう一人「オブザーバ」を置いて体験します。この実習では、3人目の「オブザーバ」にもっとも多くの気付きがあるようです。積極的に聴くためには、「相手の目を見て」、「共感的な表情で」、「効果的にフィードバックやあいづちを打つ」ことが重要、と実習を通じて学ぶのです。

 私の反省として、アクティブリスニングの学習の際に、姿勢や問いかけのスタイルにこだわり、形ばかりをその場で覚えてもらう指導をしていたことがありました。これだと一回5分程度の実習も二人の会話は余り続かず、5分が長く感じることもしばしばありました。
 「アクティブリスニングは難しい」と実感する実習では、職場に戻って使える手法とはなりません。そこで自分自身「どんな時にアクティブリスニングを使っているだろう?」と考えました。相手から信頼関係を得るための手法でもありますが、既に信頼関係にある仲間との会話ではどうでしょう?
 親友から電話あるいはメールがきて、「今日、時間ない?」と聞かれれば、多少の融通はしてでもその友人のために時間を設けます。大事な相手だからこそ、自然に「時間、あるよ!」と答えて、一緒に居酒屋にでも行きます。
 久しぶりに会った際にも、その時の第一声は「おい、どうした?」と、相手が聴いて欲しいと思っていることを話しやすく促します。
 例えば職場の愚痴のような話になることも多いですが、その愚痴を聞いて諭すようなことはせずに、良く聴き、共感的な態度で一緒にその出来事に腹を立てたり、悩んだりするものです。その内親友の方から「お前に話して何だかすっきりした、まぁしょうがないよな、また頑張るよ」自分で解決するような話が出てくると聴き役としての私の役割は終了、そこからはいつものように親しい友との脈略もない楽しい会話に入ります。

 私が何かを聴いてもらいたい時には、今度は私からその親友にメールします。「今日、時間ない?」そして万難を排して時間を作ってくれた友は、会うなり「おい、どうした?」今度は友が聴き役になって私の話を聞いてくれます。
 こんな友とのやり取りを思い出せば、カールロジャースの言う
「人は、自分の経験が尊重され、理解されていると認識すると、相手を信頼する」
本当だなと思うと同時に、信頼関係のできている相手とならアクティブリスニングを知らなくても自然と積極的に傾聴することができている事実に気づきます。
 そこでアクティブリスニングの実習の際には、親友との会話を紹介してから、取り組むように改訂しました。あまり表情や問いかけにこだわらずに、親しい友人と話しているような気持になることを優先して実習をするようになったことで、5分間の実習が長いと感ずるような人はいなくなりました。

 指導者と学習者の間にも信頼関係が欠かせません。指導者の信頼があるからこそ、学習者の信頼が得られます。相手を信頼して、アクティブリスニングを実践することが指導者に求められていると思います。
 指導の場面で重要な役割を果たす「コミュニケーション」。プロジェクト管理の場面でもプロジェクト計画を立てる際に「コミュニケーション計画を策定する」ことがプロジェクトを成功に導くために欠かせないとPMBOKが推奨しています。と同様に指導の場面においても場当たり的な「発問」ではなく、教案設計の時点でコミュニケーション計画を策定しておくことが望ましいです。先月掲載したストーリーボードに「発問」の場面とその内容についても記載しておくのが一般的な方法です。

 さて、15人以上もいるような研修で「双方向コミュニケーション」を実施することは可能でしょうか?指導者1人に対して、nの学習者ととらえれば、1:nの関係ですから、双方向のコミュニケーションは困難である。と考えても不思議ではありません。しかし、インストラクションデザインの分野では、
 「1:nではなく、(1:1)×nの関係で双方向コミュニケーションする」
と学びます。
 「発問」を上手く活用して、1:1の双方向のやり取りを生み出し、そのやり取りをn回繰り返すことで、「双方向コミュニケーションを実践する」ことができるというのです。
 これは言うは易しで、誰に質問したか、どんな反応だったかをうまく記憶しておかなければならないので訓練が必要です。でも、(1:1)×nの法則を理解してから、私自身の「発問」も徐々に進化してきているように感じています。
 皆さんも(1:1)×nの双方向コミュニケーションを意識されては如何でしょう?ここでもカールロジャースの言葉を念頭において取り組むことが大事だと感じています。

 ITHRDのホームページに「一方向型/双方型コミュニケーション」のスライドを用意していただいたので参考にしてみてください。( http://www.ithrd.jp/index.php/blog/ojl/99-2014-11-11-itlfcommunication

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