人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2016/08/23 (連載 第87回)

使命感がもたらしてくれるもの

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長柳井正さんの著書「経営者になるためのノート」(PHP研究所刊)を紹介したいと思います。

 この本(ノート?)は、元々は2011年頃社内の経営人材育成のために作成したもので、社外秘として一人一人にシリアルナンバーをふって管理して、執行役員の教育から、現在では店長教育にも活用しているものです。2015年9月にPHP研究所から市販書として出版され、現在11刷まで増版されています。
 なぜ、社内の教育図書を市販書として出されたのか。解説によれば、経営の透明性を一層高めるため、ファーストリテイリングのことをもっと知って欲しいという思いと、それ以上に日本をもっと元気にしたい、世界をもっと良い世界にしたいという、柳井さんの強烈な思いからとのことです。

 経営者が書いた社内教育用のテキストと考えると、かなり泥臭い、業績重視の経営哲学的なことが書かれているのかと想像していましたが、仕事を進めていく上での基本、これからリーダーになろうとする人から是非読んで身につけたい内容が書かれています。
 序章「経営者とは」から、抜粋して紹介しましょう。
 経営者とは、一言でいえば「成果をあげる人」です。
 成果とは、「約束したこと」です。
 約束したことを成果としてあげてはじめて、顧客、社会、株式市場、従業員から信頼されて、会社は存続し続けることができるのです。
 約束する成果を考えるにあたって、1番大切なことは、社会における自分たちの存在意義、つまり使命を考えることです。
 約束する成果というものは、使命の実現に一歩近づくものでなければいけないということです。
 経営は「実行」です。考えていること、思っていること、あるいは知識として学んだことを実行してはじめて成果はあがるのです。経営者というのは、社会から期待される成果をあげるにあたって、4つの力が必要だと考えます。それは、「変革する力」「儲ける力」「チームを作る力」「理想を追求する力」です。
 本書は、経営者に必要な上記4つの力を章毎に解説しています。
 ノートという体裁も実にユニークです。B5サイズの大学ノートの中央にA5サイズの書籍を埋め込んだ形式で、上下左右に罫線が引かれ、学んだこと気づいたことをふんだんに書き込めるようになっています。
 この形式について解説に紹介がありました。
 「出版用にやむを得ずカバーをつけ、著者である柳井さんの名前が入っているが、できればカバーは外していただき、nameの箇所に自分の名前を書いてほしい。これは柳井さんからの願いだ。そして真っ黒に汚れるくらい、このノートに書き込んで欲しい。柳井さん自身、様々な本から、そうやって自分の実践することをみつけ、具体化してきた。実際、ファーストリテイリングでは、ノートの汚れ具合を見れば、その人の成果が見えると言われるくらいである。」

 私は、先月のコラムでもご紹介したように現在「オンザ・ジョブ・ラーニング(OJL)」の普及のためのプログラム開発に携わっています。なぜ、OJLなのか、それは「人が育つ文化」を作りたい、少しでもそうした思いを持った方々のお役に立ちたいという思い、使命感から取り組んでいるテーマです。
 今月実施したOJLF育成研修の紹介セミナーには40名の方が参加してくださり、好意的な意見や、貴重なアドバイスを頂戴しました。
 OJL並びにその推進役となるファシリテータの育成に関して、反対する意見はありません。しかしながら、経営層の思いとうまく連携して展開できるか、このことが参加した皆さんの関心事項だったように思います。

 OJLF研修を単なるファシリテータのハウツーを学ぶ研修としてしまっては意味がありません。OJLFに任命される意味・意義・使命がきちんと伝わり、動機づけされてはじめて組織の中で生きてくるのだと思います。
 そんなことを思っていた矢先に「経営者になるためのノート」と出会ったのは良いタイミングでした。
 柳井さんは、著書の中で何度も「単なる作業」と「使命を持った仕事」の違いを訴えています。

 「普通に雇われて、普通に働いている人は、たいていの場合は顧客の創造という概念がありません。ですから、経営者が顧客の創造をしていくという方針をもって、これを具体的な場面場面で伝えていかないと、社員というのは、こういったことに関心を示さなくなります。
 関心を持たなくなると、毎日が同じことの繰り返し。一つ一つの仕事が、単なる作業になっていきます。作業になるとお客様と接していても、そこから創造力を働かせてお客様のために何ができるかを考えようとすることがなくなります。」

 この著書は、最初は次代を担う経営者育成のために書かれたようですが、実際には、チームを率いるリーダー層、組織をマネジメントする管理職層など経営意識を持って取り組んで欲しい人たちに学んで欲しい要素がまとめられています。
 柳井さんの思いの中心は「使命感を持って仕事に取り組むこと」のようです。このことについては、経営者に必要な4つ目の力「理想を追求する力」で言及されています。
第4章「理想を追求する力」経営者は使命とともに生きよ
第4項「使命感がもたらしてくれるもの」
 (本文ママ)
 使命感を強く持つことは、あなたやチームにどのようなことをもらたしてくれるのでしょうか。私は、少なくとも次の8つのことがもたらせると考えます。
 (項目のみ)
1.使命感は責任感に通じる
2.使命感は職業的良心に通じる
3.使命感は内発的動機を高めてくれる
4.使命感は、あなたを「めげない人」に育ててくれる
5.使命感は、あなたのチームメンバーに「方向性」を与えてくれる
6.使命感は、あなたのチームに「優秀な人材」をもたらす
7.使命感は、あなたの会社が何者かを明確にしてくれる
8.使命感は、あなたに「判断基準」を与える
 使命感を持つことの重要性は、皆さん共有できることかと思います。柳井さんは、次に使命の達成度をきちんと評価すること、これができてはじめて使命感の発揮につながると言います。
 使命とは簡単に実現できないものだからこそ追求する価値があるものなのです。
 ですから、本気で使命を追求する会社は評価が厳しくてあたり前です。目標を高く掲げ、高い基準での業務遂行を求めるからです。
 当然、実力主義以外の人事で、こういった使命の実現は不可能です。
 平凡な成果を認めてはいけませんし、低い目標設定で満足する人や、いつも基準に達しない仕事しかできない人を、その役割のまま置いておくことは許されることではないのです。(中略)
 実力主義の公正さを失った人事は、社員のモチベーションを下げ、経営者に対する信頼を喪失させます。これでは使命の実現どころではなくなります。
 人事は、経営者が、自分自身を一番厳しく律しなければいけないマネジメント領域です。
 本書は、私にとっても大変参考になる学びの多い図書でした。是非皆さんも本書を手に取り、自社や自組織の人材育成の参考にされては如何でしょうか。

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