人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2016/12/21 (連載 第91回)

研修を実務に直結させるハイインパクトラーニング~ATD 2016 JAPAN SUMMITレポート

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 昨年10月に続き2回目のATD JAPANが11月20日大手町のSMBCホールで開催されました。300名以上入る会場がほぼ満席になる盛況ぶりで人材開発に関する世界の動向に関心が集まっていることを感じさせました。
 ATD(Association for Talent Development)は、米国ヴァージニア州に本部を置く会員制組織(NPO)であり、人材開発・組織開発の支援をミッションとし、世界120カ国以上に約4万人の会員を持つ、タレント開発に関する世界最大級の組織です。
 毎年米国でATD国際会議が開催され、世界各国から1万人近くの参加者を集めて、世界の最先端のタレント開発に関するセッションが行われています。
 「ATD 2016 JAPAN SUMMIT」の基調講演では、教育評価や成果への反映に関する世界的権威でウエスタン・ミシガン大学名誉教授ロバート・O・ブリンカホフ氏が、「戦略『実行』の人材開発実現-研修とパフォーマンスの整合を取る具体策」をテーマに講演しました。今回のコラムではブリンカホフ教授の基調講演の内容をお伝えします。

 ブリンカホフ教授は、トレーニングの測定および有効性に関するエキスパートであり、世界のL&Dカンファレンスで講演されている人気のスピーカーとのことです。今回は、ブリンカホフ教授が考案したハイインパクトラーニング(HIL)システムを用いて、L&Dによって投資効果を高めることを中心に話されました。以下に講演の内容を要約します。

L&D部門は、間接部門?
 企業のLearning and Development(L&D)部門のリーダーは、これまで長い間スタッフを支援する程度の存在として見なされてきた。つまり、企業が競争力を保つためにタレントを採用し、働く人の満足を高める環境を提供して定着を促す、社員にベネフィットを提供する部門として存在してきた。
 しかし、これがL&Dの貢献のすべてであるとすれば(あるいは誤ってそのように考えられているとすれば)、その影響力はあまりにも小さく、容赦もない予算削減に直面することとなるだろう。L&D部門は単なる間接部門ではない。
 競争力を保とうとする企業は、強力かつ不可欠なL&D機能を大いに必要としている。これは、競争力を高めるだけではなく、競合他社よりも多くを学び、高い業績を上げる組織を作るうえで必要とされる機能、戦略目標を達成するうえでL&D部門は不可欠な組織であるべきだ。

戦略目標達成のために重要な役割をもつトレーニング
 新たな事業を進めるにあたり、必要なスキルをトレーニングする。その成果がゆっくり出るのか、スピーディーに出せるのか、時間と成果の関係を確認する必要がある。通常よりもスピーディーに成果が出せれば、その分が利益の獲得になる。
 かつて、固定電話から携帯電話のシフトに関わる仕事をした。競合会社との中でいち早く新しいスキルを身につけられるかが課題であった。競合他社よりもスピーディーにスキルを身につけられれば、新規事業のシェア獲得に優位に立つ、という重要な役割を担った。
 戦略目標達成のために、スピーディーに必要なスキルを習得し、実践できるようにすること。このミッションを踏まえれば、L&D部門は、戦略上の重要な部門である。

学んだことを実際に仕事に生かせているか?
 ある調査によれば、学んだことを実際の仕事に生かせているのは、2割程度である。もちろん、これは、学習のテーマによって違いがある。仕事上必要なテクニカルスキルは高く、マネジメントスキルなどは実務の上では低くなる。
 戦略上必要なスキルを身につけるというL&D部門の重要なミッションを踏まえた場合、「学んだ人の2割しか実務に生かせない」のでは困る。学んだことが実務に生きるようにする必要がある。

 ところで、皆さんは、
「素晴らしいトレーニングをすること」と
「トレーニングから素晴らしい結果を得ること」
とどちらを大事に捉えるか?
 戦略上のミッションを踏まえるならば、もちろん後者である。しかしながら、実際には、前者にウエイトを置いているL&D部門が多いのではないだろうか。

学びを仕事に生かす割合を8割にするために
 「なぜ、学んだことを仕事に生かせていないのか?」この理由を調査したところ、研修受講前の職場の問題、研修受講後の職場の問題が浮かび上がった。研修内容そのものに対する問題は、全体の5%程度だった。
 研修受講前の職場の問題は以下の3点
(1)リーダーの理解不足(どんな学びがあり、仕事に生かせる可能性があるのか)。
(2)マネジャーが学び(研修)の必要性を感じていない。
(3)送り出し側(職場)の研修に対する期待がない(「行ってもいいよ」)。

 研修受講後の職場の問題
(1)マネジャーがトレーニングの成果を生かす場を提供していない。
(2)全体として学びの実践を義務づけていない。
 学び(研修)と職場に乖離があることが判明した。そこで「ハイインパクトラーニング」を考案し、展開することにした。

ハイインパクトラーニング
 学び(研修)と職場に乖離があることが、学びを実務に生かせていない理由であることが判明したので、研修前と研修後をしっかり学び(研修)と結びつけるため、以下のような順番で「インパクトMAP」を作成することにした。
(1)研修前「職場でのミーティングの実施」→インパクトMAPの作成
・なぜ、トレーニングで学ぶ必要があるのか。
・学んだ後、学んだことをどう生かすのか。
(2)eラーニングで事前学習
・基本的な事項は、eラーニングで習得する。
(3)第1回ワークショップに参加
・受講後「インパクトMAP」にアクションプランを記入。
(4)実務での実践
(5)第2回ワークショップに参加
・受講後「インパクトMAP」にアクションプランを記入。
(6)実務での実践
上長は、研修前のミーティング段階から受講後まで継続的にコーチングを実施する。

 さて、研修前と研修後にインパクトMAPを作成し、上長と会話をするというのは、かなりの労力である。
「こんなことはできない!」「現実的でない!」と思った人がいるだろう。ハイインパクトラーニングを導入した企業も最初は同じように「理想的だが、現実的でない」と考えた。
 「だからしない」のか、「賛同を得られる人からやっていく」のか、この違いは大きい。現にハイインパクトラーニングの導入企業も最初は、少しの職場しか実践していない。しかし、繰り返し実施していると、少し実施する部署が増えてくる。さらに続けていると、いつかは「皆がやる」ことにつながる。
 一夜で変わることを望まずに、徐々に変化する覚悟で取り組んでいくことで、「学びを仕事に生かす割合を8割」に変化させることができる。


 以上が講演の要約です。ブリンカホフ教授の話は、説得力があり、共感することの多い内容でした。特に、最後のハイインパクトラーニングについては、「インパクトMAP」の作成を聞いて、私も「そんなのは現実的でない」と思った1人でしたが、一度に大きな効果を望まずに、じっくりと徐々に賛同者が増えていくのを待つことの重要性に賛同しました。

 ジム・コリンズの著書『ビジョナリーカンパニー2 飛躍の法則』にもこんな記述がありました。
「劇的な転換は、ゆっくり進む」
コリンズは、この説明に「巨大で重い弾み車」を押すことを想像しようと言いました。
(1)必死になって押すと、弾み車が何センチか動く。
(2)押し続ける、回転が少し速くなる。
(3)どこかで突破段階に入る。勢いが勢いを呼び、回転がどんどん速くなる。
(4)誰かがやってきて「どんな一押しで、ここまで回転を速めたのか教えてほしい」と尋ねてくる。
 劇的な転換を求めるためには、地道が努力が必要だとの話を思い出すブリンカホフ教授の話でした。

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