人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2018/8/22 (連載 第111回)

ティール組織に学ぶ(3)本当に大切なことに時間を費やす

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 「ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現」 フレデリック・ラルー著(英治出版刊)から、課題を提起し、そのテーマについて展開するシリーズの3回目になります。
 今回のテーマは、「本当に大切なことに時間を費やす」についてです。
 著書より引用します。(一部省略して要点のみとした箇所があります)
 オランダで地域密着型の在宅ケアサービスを提供する組織のビュートゾルフは、今日の支配的な組織モデルである達成型(オレンジ)から進化型(ティール)という新しいパラダイムへの変化を示す、おそらく最も優れたケースだろう。

 背景を簡単に紹介しておこう。オランダでは、19世紀以降どの地域にも、病人や高齢者に在宅ケアサービスを提供する地元の看護師がいる。こうした地域看護師はオランダの医療制度になくてはならない存在で、ホームドクターや病院システムと密接に協力してきた。1990年代に、オランダの健康保険制度に「自営業である看護師を組織化したらどうだろう?」というアイデアが組み込まれた。大勢いる看護師の数とスキルを活かすという点で、理にかなった仕組みだ。

 (この組織は)徐々に、達成型組織の理屈が根を深く張り始めた。仕事は専門化し、新規顧客の開拓担当者が、看護師のケアサービスのやり方について口を出すようになった。プランナーが採用され、日々のスケジュールを看護師に提供して、患者から患者への異動を最適化するようになった。コールセンターの従業員が患者の電話を受けはじめた。規模が拡大するとともに、地域マネジャーとディレクターが、現場の看護師を上司として管理するようになった。正確なスケジュール管理を目指し、効率を上げるために、あらゆる種類の処置に標準時間が設定された。たとえば、静脈注射はちょうど10分、入浴は15分、傷の手当は10分、足を圧迫するための弾性ストッキングの交換は2分半、という具合である。

 コストを引き下げるため、こうしたさまざまな医療処置(「商品」と呼ばれるようになっていた)は、求められる専門知識に応じて階層化された。

 効率の向上を監視し続けるため、すべての患者の自宅玄関ドアにはバーコードの付いたステッカーが貼られ、看護師は「商品」を提供し、訪問が終わるたびにバーコードをスキャンしなければならなかった。中央のシステムですべての活動の時間が記録され、遠隔地から監視・分析できる仕組みになった。

 規模とスキルの両面で効率を求める達成型パラダイムの視点からは、こうした変化は十分理にかなっている。ところが、これは患者と看護師を同じくらい苦しめるプログラムであることが明らかになった。

 患者は、かつて存在していた看護師との個人的な信頼関係を失ってしまった。

 看護師の方も、労働環境が悪い方向に向かっていることに気づく。ほとんどの看護師は、ケアを求めている人々を看護するためにこの仕事を選んだのだ。看護は金持ちになるための仕事ではなく、したがって今自分たちのしている行為は自分の職を愚弄している、そう感じるようになった。

 組織が大きくなるにつれて必要な管理職の階層も増え、どの階層のマネジャーも誠実に自らの任務をこなそうとする。つまり部下からの報告内容を管理し、予算との乖離に目を光らせ、経営資源を使いたいとの要請を二重に点検し、仕事のやり方を変更する場合には、関連する管理職の判断を仰いで万全の準備をしてから承認する。このプロセスの中で、やる気と前向きな姿勢は抑えつけられる。

 地域看護に革命をもたらしたビュートゾルフは、ヨス・デ・ブロックによって2006年に設立された。ヨスは看護師として10年間の経験を積み、ある看護機関でマネジャー兼スタッフにまで昇進していた。社内からの改革は無理だと悟ったとき、彼は自分の組織を始めることにした。そしてそれ以前とは全く異なるパラダイムを導入し、ケアのあり方と組織の構造を根本から変えてしまった。ヨスが設立したビュートゾルフは目覚ましい成功を収め、看護師の数は7年間で10名から7000名へと成長し、圧倒的に高水準のケアを達成している。

 オランダ語で「地域看護」という意味のビュートゾルフでは、看護師は10~12名のチームに分かれ、各チームは、細かく割り当てられた担当地域に住む、およそ50名の患者を受け持つ。一つのチームは、以前には部門ごとに区別されていたあらゆる仕事を担当する。看護師たちは、ケアサービスを提供するだけでなく、どの患者を何人受け持つかも自分たちで決める。新しい患者の受け入れ、ケアプランの作成、休暇や休日のスケジューリング、業務管理も、さらにはどこにオフィスを借りるのか、そこをどう飾るのかもチームで決める。現地のコミュニティにどう溶け込んでいくのか、どの医師や薬局と協力していくか、そして現地の病院とはどう協力するのがベストかを判断する。ミーティングをいつ開くのか、看護師間の仕事の割り振りをどうするのかを考え、個人やチームの研修計画も立てる。自分たちが対応できないほど患者が増えた場合には、チームの規模を拡大するのか、二つに分けるのか、さらに自分たち自身の業績も分析して、生産性が落ちたときにはどう修正するのかも決める。チーム内にリーダーはいない。重要な判断は集団で決める。

 その結果、ケアがバラバラに行われることはなくなった。できる限り、一人の患者に対して、常に一人か二人の看護師が担当に付けるように計画が立てられる。看護師は、ときにコーヒーでも飲みながら患者と向き合い、患者自身のことや病状や嗜好を理解するためにじっくりと時間をかける。こうして数日たち、数週間が過ぎていくうちに、患者と看護師の間には深い信頼が築かれる。ケアはもはや注射や包帯だけではない。患者は一人の人間として扱われ尊重される。体の問題だけでなく、気持ちや、人間関係や、精神面でのニーズにも注意を払ってもらえる。ある誇り高い老婦人が友人たちを家に招待しなくなってしまったのは、病弱に見える自分の姿を気にしてではないか。看護師がそう感じたら、美容師を患者の自宅に呼ぶ手配をしてもよいし、娘に電話して新しい洋服を買うようすすめてもよい。

 ビュートゾルフのチームにいる人々からは、「私は自分の仕事を取り戻しました」という言葉が異口同音に発せられる。仕事の満足度を証明する数字がある。従来の介護組織に比べ、ビュートゾルフでは病気を理由とする欠勤率が60%低く、離職率は33%低い。現在、ビュートゾルフに入社するために従来型組織から転職してくる看護師は後を絶たず、2006年後半にわずか10名の看護師で開業した組織が、2013年にはオランダの地域看護組織で働く全看護師の三分の二を占めるに至ったのである。ビュートゾルフはたった一社で、オランダのヘルスケア産業を変革しているのだ。

 「こんな仕事をするために看護師になったのではない!」

 ビュートゾルフを設立したヨスの思いは、たった10名でスタートした組織が7年間で7000名の規模に拡大し、オランダの地域看護の在り方を変えてしまいました。
 これは、地域看護という事業の特殊性から成し遂げた変革だったのでしょうか?

 私は、日本のIT事業の現状に「こんな仕事をするためにITエンジニアになったのではない!」と考える社員が相当数いるのではないかと危惧しています。
 こうした人たちは、日本のIT業界におけるヨスの出現を待っているのではないかと思うほどです。
 日本のIT業界の多くは達成型のパラダイムに基づき、各部門は。各期の予算編成、予実管理に追われ、まずは業績の確保が優先される事業活動をしているのではないでしょうか。長期的な観点から計画していた戦略的な活動よりも、当期予算の確保に奔走している事業部門、従って配下にいる社員への仕事のアサインも成長戦略に基づくものとはいえず、場当たり的な仕事のアサインを繰り返すこともめずらしくありません。
 IT会社の事業統合も頻繁に行われ、一つの会社の規模が大きくなっています。組織の規模が大きくなることで行われる効率化のための取り組みは、上述のオランダにおける従来型地域看護の組織の取り組みと形は違えど似たようなことが起きているといえます。
 ソフト開発においても精緻なプロジェクト管理を行うためにWBSの作成や予実管理のために多くの時間を費やし、一方で環境変化が激しいために顧客要望の変更が多く発生し、変更管理のための時間を費やす。

 「本当に顧客が求めているものは何か?」

 プロジェクトに従事する全員が、このことを考えて行動すれば、WBSに基づく機能の実現だけでなく、もっと先手を打った提案により、顧客の満足度を今以上に高めることができるはずです。

 「本当に大切なことに時間を費やす」

 このことを実行している組織には、働く者にとって高い満足があり、顧客の満足があります。
 目標管理を見直す機運が高まっていることもこのことに関連があるようです。


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