人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2018/10/22 (連載 第113回)

ティール組織に学ぶ(5)原点はマクレガーのY理論

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 「ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現」 フレデリック・ラルー著(英治出版刊)から、課題を提起し、そのテーマについて展開するシリーズの5回目になります。
 今回のテーマは、「原点はマクレガーのY理論」についてです。
 著書より引用します。
 1960年代に当時MITの教授だったダグラス・マクレガーが提唱したX理論とY理論、マクレガーによると、経営者は従業員について次の二つのどちらかの見方をしているという。

 X理論:従業員は本来怠け者で、なるべくなら仕事をさぼりたいものだ
 Y理論:労働者は意欲的で、自発的で、自制心を発揮できる

 どちらが真実なのだろう?この点についての議論が始まるといつまでたっても終わらないだろう。マクレガーは何度も検証を重ねたうえで、ある重要な見解に達した--どちらも正しいというのである。

 人々を不信の目で見て(X理論)、あらゆる種類の命令、規則、罰則で従わせると、彼らは制度を出し抜こうとするので、あなたは自分の考え方が正しかったと感じるだろう。

 信頼をもって接すると(Y理論)、責任感ある態度でその信頼に応えようとするはずだ。すると、自分の立てた前提が有効だったと感じるだろう。

 これを発達心理学の観点から説明しよう。順応型/達成型色の強い組織構造と組織文化をつくり上げると、人々は順応型/達成型式の反応をするようになる。進化型(ティール)色の十分強い組織にすると、人々もそのようにふるまい始めるのだ。

 結局、根本をたどっていくと「我らが刈り取るのは蒔いた種から育った物」、つまり自業自得なのである。恐れは恐れを生むし、信頼は信頼を育てるという最も基本的な真理に行き着くというわけだ。従来の階層型組織と、そこに組み込まれたおびただしい数の統制システムの核心は、恐れと不信を育てる恐ろしいほど強力な機械だ。自主経営構造と助言プロセスは、長い時間の間に「同僚同士の信頼」という広大な共同貯水地をつくりあげるのだ。

 組織は自社の価値観や使命を日常的に語る。進化型組織はもっと根本的なこと、つまり人間性に関する基本的な前提を語っている。このことは、自主経営によるさまざまな組織慣行が今日でもまだ反体制的で受け入れられにくいことと関係があると思う。私たちの多くは、人々と仕事について心の中に深く刷り込まれた前提から逃れられないでいる。つまり人も仕事も恐れで動くという思い込み、組織には階層と統制が必要だという思い込みである。恐れに基づく思考方法に光を当てて初めて、私たちはそれとは異なる前提を選ぶことができる。

 私のように人事にどっぷりつかっていた者にとって、社員をX理論で捉えるのか、Y理論で捉えるのか、いつも悩ましい課題でした。
 いわばX理論は「性悪説」、Y理論は「性善説」。
 人財育成の観点からは、Y理論で諸施策を講じたい。一人ひとりの「やる気」を引き出すためには、自主的にかつ縛りを設けずに伸び伸びと仕事ができる環境を用意してやりたい、と考える。
 本来、人事部門にいればY理論で全てを組み立てたいと思うものです。

 しかしながら、現実には「自分だけよければよい」とする社員が存在し、性善説で組み立てた諸施策を悪用する者が現れる。
 すると、統制バランスが崩れ「不信感」が組織に生まれる。
 マスコミが、一人の悪用した者を取り上げ騒ぎ立てる。
 悪用する者が生まれれば、人事は悲しいかなX理論で考えた統制のルールを設ける必要が出てきます。
 結果として、「あなたを信じていますよ」と言っておきながら、統制のルールはX理論に基づき、行動を制約するルールを導入する。
 そして、社員は「やらされ感」の強い制度の中で働くことになる。

 人事を仕事としてきたなかで、採用や教育においては「Y理論」で夢を語る、一方で、人事諸制度を策定運用する立場としては「企業の番人」として「X理論」に基づいてルールを逸脱した者はいないかと目を見張らせる。
 この自己矛盾のなかでバランスよく立ち回るのが自分の仕事だと思ってきました。
 本当は、Y理論だけで運用できる組織がつくりたい。でも、それは理想であって現実的ではないと諦めていました。
 私は、ラルーの提唱する「ティール組織」になぜ衝撃を受けたか?
 その諦めていたものが、つまりY理論だけで運用して業績も含めてうまく経営できている会社がいくつもあるという現実を見せられたからです。
 どうすれば、自分の所属する組織をティール型組織に変革できるか?
 絶対条件ともいえるものが「経営トップの社員をY理論で信じる心」です。

» 2018/6/20 (連載 第109回)ティール組織に学ぶ(1)ティール組織とは?

のコラムで紹介した、フランスの金属メーカーFAVIのCEOに就任したゾブリストが、就任時に行った、「タイマーを取り外し、生産ノルマを撤廃した」ことは、周囲を驚かせると同時に、「私は皆さんを信じている」と宣言しました。
 ゾブリストのメッセージは、社員に「今度のCEOは本気だ!」と伝わり、「仕事は与えられるもの=言われたことをやる」から、「仕事の責任は自分にある=自分で考え行動する」に意識の変革が行われました。
 ある時は、Y理論でよいことを伝えながら、統制のルールはX理論できっちり逸脱する者が出ないように管理する。このような中途半端な施策では、変革できないということでしょう。

 ただ、悲しいかな人間は弱い。うまくいっている時には、Y理論に基づき仕事に責任を持って取り組める集団をつくることは可能なものの、ひとたび挫折を味わうと弱い部分が現れて、その集団の方向性から逸脱する者が出てくることは覚悟しなければなりません。「その時どうするか?」このことを考えておかなければ、結局中途半端な運用になって、元のもくあみとなります。
 ティール組織に変化するためには、経営トップと心の会話ができるようになる必要がありそうです。
 本気でY理論ベースで組織を運営したいと考えるならば、ラルーの「ティール組織」は大変参考になることでしょう。

 「働き方改革の機運」「目標管理制度見直しの機運」「頻繁に起こる災害対応で見せ始めた社員の安全第一の取り組み」
 徐々にではありますが、日本の働き方の文化も変化しているように感じます。
 どう変化させていくか? この辺りで、その目的とゴールを明確にさせていく必要がありそうです。


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