人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2010/09/02  (連載 第15回)

ミドル・アップダウン・マネジメントを採用せよ

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 タイトルの言葉は、野中郁次郎氏と竹内弘高氏による著書「知識創造企業」の 一節です。発刊から既に15年近くを経ても色あせることのないこの書から現在 も学ぶことは実に多くあります。
 野中氏は、2008年「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」の中に 日本人として唯一ランクインし、氏の提唱する「暗黙知と形式知」、「SECI モデル(組織的知識創造の行為)」は、世界にインパクトを与えています。

 アジャイルソフトウェア開発手法の一つである「スクラム」は、この書のルー ツである、1986年1月の Harvard Business Review で竹内氏と野中氏が発表した 「The New New Product Development Game」というセミナー資料が起源となって います。
 スクラムとは、ラグビーのスクラムに因んでつけられた名称で、素早い(アジ ャイル)開発が求めらていた現場で開発された手法です。野中、竹内両氏は、新 製品開発における順次的な「リレー」アプローチと重層的な「ラグビー」アプロ ーチを比較して、職能横断的なチームメンバーが最初から最後まで一緒に働き、 彼らの絶え間ない相互作用が働く「ラグビー」アプローチの優位性を説きました。 この「ラグビー」アプローチからヒントを得たのが、スクラムソフトウェア開発 なのです。

 ビジネスアナリシスの国際団体IIBAでは、8月5日「Agile Extension to the Business AnalysisBody of Knowledge(Draft forreview)」を発表していま す(英語版のみ:http://iiba.info/AgileBABOK1)。アジャイルソフトウェア開 発とビジネスアナリシスが、どう融合し連携していくのか、ITの人材育成に関 わる方々もウォッチしておく必要があるように思います。

 筆者は、7月7日ヒューマンキャピタル2010の基調講演「実践的知恵が拓 く経営の活路」と題した野中氏の講演を聴講しました。今年75歳を迎えるとは 信じられないほどエネルギッシュに語られる氏の講演に感銘し、改めて「知識創 造企業」を読み返しました。
 今号のタイトルである「ミドル・アップダウン・マネジメントを採用せよ」で は、次のような記述があります。

「知識は、チームやタスクフォースのリーダーを務めることの多いミドル・マネ ージャーによって、トップと第一線社員(すなわちボトム)を巻き込むスパイラ ル変換プロセスを通じて創られるのである。このプロセスは、ミドル・マネージ ャーを知識マネジメントの中心、すなわち社内情報のタテとヨコの流れが交差す る場所に位置付けるのである。
ミドル・マネージャーのダイナミックな役割を強調するミドル・アップダウン・ マネジメントこそが、我々の理論を従来の経営論から区別するポイントである。
(中略)
ミドルは、トップと第一線マネージャーを結びつける戦略的「結節点」となり、 トップが持っているビジョンとしての理想と第一線社員が直面することの多い錯 綜したビジネスをつなぐ「かけ橋」になるのである。あとで見るように、彼らは 知識創造の真の「ナレッジ・エンジニア」なのである」

 かつては、意思決定の迅速化を求める中で、組織のフラット化、ミドルマネー ジャーの削減が潮流とも言えましたが、トップと第一線マネージャーとの結節点 の役割をもつミドルマネージャーの存在は、今後ますます重要度を増してくるよ うに感じます。

 トップが自らの方針を幹部会議で伝えても第一線まで伝わらないと嘆く姿をし ばしば拝見します。その対策として、社内のイントラネットでトップ自らの発言 の機会を増やし、社員全員に直接呼びかけている例を伺います。このことで、一 部では風通しが良くなったとの声も聞こえますが、あまり変わらないとする声の 方が多いのではないでしょうか。

 トップが経営の目線で社会を見て発信する情報と、第一線で現場を見て感じて いる社員の意識にはかなりのギャップがあります。ここに、結節点であるミドル マネージャーがうまく翻訳して伝える必要があります。
 日本語の曖昧な表現の中でその行間に込められた「想い」を汲み取れるのは、 経験のあるミドルマネージャーの技です。これができるのが、かつて日本の文化 であり、強さと考えられていました。

 一方、第一線で活躍する社員は、環境の変化を肌で感じ、「このままではいけ ない」と直観が働きます。しかしその直観をどう展開して良いのかが分からない。 会社に何かを伝えたいが、うまく伝えられない、あるいは傍観者となって自分は 与えられた範囲でやるしかないと「正しい直観」も披露する場がないまま、暗黙 知は葬り去ることになります。

 メンターやトレーナーがいるところでは、その意見を聞く場はあっても、彼等 のミッションは社員の成長支援ですから、その社員の声をトップに伝える役割は 担っていません。ここでも結節点としてのミドルマネージャーの存在が必要にな ります。
 企業が受託したプロジェクトをまとめるプロジェクトマネージャーもミドルマ ネージャーの一人です。プロジェクトマネージャーは、企業の目標を達成するた めトップとプロジェクトメンバーの結節点であると同時に、顧客の目的を達成す るため顧客とプロジェクトメンバーの結節点でもあります。

 この結節点であるミドルマネージャーの更なる権限の強化と育成がソフトウェ アベンダの課題ではないでしょうか。
 ミドルマネージャーは、責任は重いが相応の権限が与えられていないと指摘す る現場の声を聞きます。何もしないときには特段承認を求める行為は必要ではな いが、何かをする時の手続きが煩雑で「とても権限が与えられているとは感じら れない」との声が聞こえてきます。

 益々期待が高まるアジャイルソフトウェア開発でも普及が進むにつれ、導入の 失敗事例も出始めているようです。スクラムソフトウェア開発におけるプロジェ クトオーナーやスクラムマスターといった役割を形式的に決めたものの、その責 任や権限が曖昧な場合に失敗につながっているとの報告が出ています。プロジェ クトオーナーやスクラムマスターと言う役割もまたミドルマネージャーと言える でしょう。

 ミドル・アップダウン・マネジメントの下、ミドルマネージャーが相応の権限 を有することで、ミドルマネージャーにモチベーションが向上し、配下の社員も ミドルマネージャーを憧れの存在として見ることができれば、自らも「いつかは ミドルマネージャーになりたい」と相互啓発につながると思います。

 ミドルマネージャーの元気さが、日本企業の活力のバロメーターと言えるかも 知れません。

(※このコラムは2010年8月19日に「iSRF通信」で配信された記事を、Web掲載向けに編集したものです)


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