人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2012/01/18  (連載 第32回)

「育てる人」を育てる

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 2012年最初のコラムとなります。
 読者の皆様どうぞ今年もよろしくお願いいたします。
 皆様にとって良い年となることをお祈り申し上げます。

 さて、新しい年の最初のテーマは、表題の通り「『育てる人』を育てる」とし ました。読者の皆さんは、人事や人材開発、教育部門や現場の指導者など「人を育てる」ことをテーマに活動されている方がほとんどではないかと思います。その点では、ご自身が「育てる人」であるわけですが、一人ででき ることには限界があります。よって、ご自身と同じ志を持って「育てられる人」 を増やしたいと思っている方が、大勢いらっしゃるのではないでしょうか。
 「育てる人」がその気にならなければ人は育たない。その気になったとしても 伝え方が正しくなければ、その真意はなかなか伝わらない--。「人を育てる」 ことは難しいと感じている人が多くいます。苦手と感じている人もいます。

 一方で、自分が手塩にかけて育てた人材が成長する、あるいは感謝の言葉をか けてくれた時、何事にも変えがたい満足感を感じることも事実です。
 職場の先輩や人材育成に携わる人たちが、自分自身の「育てる人」としての力 量を高め、そして同志を増やすことは、未来の活性化につながる重要なテーマだ と思っています。このテーマは、2012年を通しての私自身のテーマと捉えて います。
 私は以下の3つの活動を通じて、このテーマに取り組んでいきます。
(1) iSRF通信(バックナンバーはこちら)を通じての啓蒙活動
(2) ITTVC(IT人材育成事業者協議会)主催ITラーニングファシリテータ(ITLF)基礎研修の開発と普及活動
(3) OJT指導者研修、職場先輩研修等企業のオンサイト研修時の講師としての活動
 つい先日、1月11日にITTVC主催の新春パネルディスカッションが行わ れました。テーマは、「インストラクターの目指すべき方向」。
 モデレータには、我がiSRFの代表である田口さん、そしてパネリストには 基調講演も行った「教える技術」(かんき出版)の著者である石田淳さん、株式 会社日立インフォメーションアカデミー上席インストラクタの梅木さん、株式会 社富士通ラーニングメディア担当部長の新藤さん、そして私も加わり、4名のパ ネリストによってテーマに関するディスカッションを行いました。
 当日は、約40名の出席者と対話型のディスカッションを目指したいというこ とで一工夫しました。パネリストが予め用意した質問を会場に投げかけ、リアル タイム投票集計システム3eアナライザーという装置を使って、会場の皆さんの 意見の集計結果を見ながら対話を進めました。

 私は、以下の少し長い質問を会場に投げかけました。
「あなたは、ある研修でファシリテータを担当しました。受講者に実習をさせて みると、経験豊富なあなたには、受講者のできていないことが数多く目に付きま す。何とか、受講者が気づき、明日からの行動の改善につながるよう、フィード バックする必要があります。さて、あなたは以下の方法のうちどれを選択します か?」

 1.できていないことは、すべて指摘する
 2.できていないことを、3つ以内に絞って指摘する
 3.指摘する前に本人の振り返りを発表させる
 4.上記3.の後に他の受講者の感想を聞き、そしてあなたがまとめる
 5.実習が終了して最初にするのは、できていたことを褒めること
 読者の皆さんなら上記のどれを選択するでしょう?
 これは、連載第23回「思いを伝える」のコラム(こちら)でも触れたように、私が講師となってから行ってきた順序どおりの質問となっています。
 この日の会場の皆さんの回答は、1.が1名、2.が7名、3.が12名、 4.が5名、そして5.が最も多い14名でした。
 6年前の私なら、1.を選択している状況でしたから、この日の参加者の皆さ んは、指導者としての経験もあり、理解もある方が多かったようです。

 パネルディスカッションの後、懇親会があり、1.を選択した方とお話をする ことができました。その方は、経営者であり、信念を持って事業を展開されてお られました。そして、社員には自分の思いを伝えるため、徹底して細かなことま で指示してしまう、とおっしゃっていました。
 「できていないことをすべて指摘する」ことのマイナス面を承知している一方 で、自分の思いを伝えるためには、そのことが必要だとも考えておられ、会話の 中で葛藤が見られました。
 私自身も独立して最初に担当した際の講師としての振舞いは、一生懸命である が故に、「何とか伝えたい」との強い思いが「できていないことをすべて指摘す る」行動として現れました。その結果、指摘された受講者は俯き、自信を無くし た表情で、徐々に受講意欲も減退していく様子を感じました。正に思いはあれど、 相手に伝わらない状況を生起させてしまったわけです。
 講師やインストラクタを担当される方にとっては、研修という限られた短い期 間の中で、受講者の「気づき」につながるメッセージを伝える必要があります。 どうすれば伝わるのか、気づきにつながるのかを『学び』『実践する』ことが必 要です。私は、失敗の中で工夫し、ようやくその伝え方が分かってきたように思 います。ITラーニングファシリテータ(ITLF)基礎研修では、理論的なこ とだけでなく、私の失敗経験や受講生同士の体験を共有しながら、同じ失敗のな いよう、効果の高い方法を共有する場としたいと思っています。

 さて、先程の経営者に関しては何が正しい振舞いでしょうか?私は、先程の方 に伝えました。
「今の振舞い(すべてを指摘する)でよいのではないかと思います。なぜなら、 経営者として『俺はこうしたいんだ』『だから振舞いはこうでなくちゃいけない んだ』と○○したいという思いを明確に伝えられて、そしてそのメッセージは相 手に伝わっていると思うからです。心理学で言えば、Iメッセージで指摘してい ることになります。社長のガミガミは愛情表現として伝わっていると思います。 でも、もし伝わらないな、と感じたときは要注意ですね。やり方を変える必要が あるかもしれません」
 心理学では、指導する際の言葉として「YOUメッセージ」を使わないように 教えます。「あなたは、○○しなさい」といった指摘をYOUメッセージといい ますが、成人した社会人としてはあまり言われたくないメッセージです。人間関 係、信頼関係を築く上でも注意するよう学びます。
 ところが、スポーツの監督やコーチと選手との関係では、しばしば強いYOU メッセージで指導している場面を見かけます。厳しい指導、できていないことを 平気で罵倒するようなシーン。これは、YOUメッセージを受け入れるだけの信 頼関係が構築できていることの証のようです。
 ですから、先程の経営者も社員との信頼関係があり、愛情を持って発信してお られるようでしたので、「今のままで良い」とお伝えしたのです。

 パネルディスカッションで、モデレータの田口さんからパネリストに質問があ りました。
「ご自身は、褒められて育ちましたか」
 3人に質問されたと思いましたが、私も含め皆さん「いいえ」、叱られ、時に 罵倒されながらも、何とかこらえ頑張ってきたと回答されていました。
 「では、何故今褒めて育てることが必要なんでしょう」と田口さん。
「時代が変わったのかもしれません」
「選択肢が少なかった過去の時代と、選択肢の多い現代の中で人材育成に関して も心理面を配慮した行動、指導が求められているのではないでしょうか」

 2012年「『育てる人』を育てる」をテーマに取り組んでいきます。
 どうぞよろしくお願いいたします。

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