人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2012/07/13  (連載 第38回)

「新たなビジネスにはどんな人材が必要か」

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 6月13日に行われた第17回ITスキル研究フォーラムは、「新たなビジネ にはどんな人材が必要か」というテーマで行われました。
 当日は、基調講演と企業講演そしてパネルディスカッション「次の時代を動か す人材とは」の3部構成で行われました。2つの講演とパネルディスカッション とも講演者並びにパネリストの主張がしっかりしていたので大変わかりやすく、 そして何か元気をもらえるとても充実したセミナーでした。
 中でも基調講演でお話しされた株式会社リコーIT/S本部の石野本部長の講 演の中で「我々が変える、自らを変えるというマインドが必要だ」との話が印象 的でした。そして、リコーの浜田元社長の著書「浜田広が語る『随所に主となる』 人間経営学」を引用され、株式会社リコーにはもともと主体的に変えていこうと する文化があることを紹介されました。

 セミナー終了後早速、浜田元社長の著書を購入し、「随所に主となる」の意味 するところを確認しました。

「新たなビジネスにはどんな人材が必要か」
     ──── 「随所に主となる人材である」

 セミナーを聞き、そして著書を読んだ上での私の結論が、この定義です。
 著書は、「新たなビジネス」をテーマにしたものではありません。また、浜田 元社長が取り組んでこられたことを紹介しながら人間経営学としてまとめられた ものですので、「随所に主となる」を展開しているのもごく一部分です。セミナ ーでの石野本部長の話も「随所に主となる」だけをテーマにお話になっていた訳 ではありません。
 では、なぜそんな定義に至ったのか。
 まず、浜田元社長の著書より「随所に主となる」のある部分を引用します。
 「お役立ち」と「納得」がリコーのキーワードだとすると、「随所に主となる」 が経営者や管理職のための行動のキーセンテンスである。随所に主となるという 状況をどれだけつくることができるかというのが、トップマネジメントや管理職 にとって重要なのだ。(中略)現場にとって最適なことは、現場にいる部下が判 断することなのだ。(中略)
 「随所に主となる」というのは臨済宗の祖、臨済(867年没、唐の禅僧)の 言葉からきたものだが、「随所に主となれ」という言い方をする人がいる。「主 となれ」でも、「主となる」でも似たようなものと思うかもしれないが、まった く違う。「なれ」とオーダーするのではない。「なる」ように、どうやって仕組 むかなのである。随所に主とならなければいけない。なってくれなければいけな いのである。ならせるのではないのだ。さすがに禅の言葉である。
 「なれ」と「なる」の違いは、なるほどと思います。新たなビジネスをはじめ るにあたり、そのビジネスの推進者を任命し、「随所に主となれの精神で、主体 的に事業に取組んでくれ」と経営者が訓示したとしましょう。しかし、任命され た者にとっては受動的な動機ですし、「主体的に」といわれても過去の先輩たち の例をみれば、その気になって主体的に取組んだところ「相談がない」と幹部の 逆鱗に触れた、との例は枚挙に暇がない。そんな状況では、新しいビジネスほど 慎重に幹部の顔色を伺いながら、受動的な行動をとっている。実際、こうした例 は少なくありません。
 一方、新しいビジネスほど、想定できない問題に遭遇することが多く、その問 題の解決のために意思決定をしなければなりません。問題に遭遇する度に細かな 指示をしなければならない体制で組織を運営するのか。浜田元社長の言うように 「現場にとって最適なことは、現場にいる部下が判断することなのだ」と社員が 主体的に取組むための環境を用意し、権限を委譲するのか。この違いが社員の行動に大きく影響します。

 「主体的になれ」と「主体的になる」の違いは、「学べ」と「学ぶ」の違いと も共通します。以前のコラムで「職場の指導にもARCS動機づけモデルを取り入れる」をテーマに大学院1年生の塾講師が「学ぼうとしない学生」と奮闘して見事目標達成できた例をご紹介しました。(こちら→連載第18回
 いくら「学べ」と連呼しても、また理解できていないところを一方的に教えて も、当人に学ぶ姿勢がない状態では学習し成長することはありません。教える立 場の者が、取組まなければならない最初のことは、「学ぶ気にさせる」ことだと お伝えしました。そして大学院1年生の塾講師は、教え子と真剣に向き合い、学 ぶ気にさせるための工夫を重ね、結果としてARCSモデルに合致した行動、

・注意 (Attention)  ≪面白そうだなぁ≫
・関連性(Relevance)  ≪やりがいがありそうだなぁ≫
・自信 (Confidence) ≪やればできそうだなぁ≫
・満足感(Satisfaction)≪やってよかったなぁ≫

のプロセスをふみ、教え子が「学ぶ気になり」、結果として志望校に入学できる というサクセスストーリーが生まれました。
 新しいビジネスにおいても、まずは主体的に行動できる人材を選定することが 重要でしょう。そして、主体的に行動するための諸条件(環境や権限)を用意す ることも必須条件ではないでしょうか。
 

---◇---◇---◇---◇---◇---◇---◇---

 先日、5月にデンバーで行われたASTD2012に参加された方の報告会を 聴講する機会がありました。この方は、1997年から毎年ASTDのカンファ レンスに参加して、毎回帰国後報告会を開催してくれています。
 彼曰く「昨年はかなりレベルが下がり、あまり収穫を得られなかったので、今 年も同様であれば、今年で最後の参加としよう」と思っての参加でした。ところ が、その不安は解消され、「実に多くの刺激をもらった。特に3回の基調講演に おいて、明確なメッセージが出されていた点が収穫」と高く評価していました。
 基調講演の明確なメッセージとは、イノベーションにつなげるための具体的な 原則やプロセスについて、各講演者から聞くことができたことです。
 例えば、「ビジョナリーカンパニー」の著者としても有名なビル・コリンズ氏 は、次のようなメッセージを発していました。
「イノベーションを起こすには、クリエイティビティだけではダメで、ディシプ リン(規律やルール)が必要。適切なディシプリンの下でクリエイティビティを 使うこと。クリエイティビティは自然に備わるが、ディシプリンは違う(強い精 神力が必要?)」
 他の講演者は「規律と自由の中間でイノベーションが生まれる」と言い、また ある講演者は「Be Goodのマインドセット(自分は優秀である)とGet Betterのマインドセット(自分はもっと成長したい)の2つのマインドセ ットを定義し、社員を如何にしてGet Betterのマインドセットに持っ ていくかが今後の課題」とメッセージを発信していました。
 ASTDの参加報告をした彼の感想は、「これまでは変革のためにはクリエイ ティビティの発揮という点にフォーカスが当たっていたが、規律が必要で『イケ イケどんどん』も『自分に厳しすぎる』のもダメだという話しが新鮮でした。ど ちらかといえば、これまでイノベーションのキーワードは掛け声どまりの印象だ ったものが、人材育成においてもいよいよ具体的な展開の段階に来た印象を持ち ました」と語ってくれました。
 また、上記のコメントにも関連して、「東洋思想を学び、それを従来のアメリ カ型思考フレームと融合しようとする動き」も随所に見られたことも今年の特徴 だったようです。

 かつて一人勝ちだったアメリカは、いつしかマインドセットはBe Good となり、自分たちは正しい、優秀であることを鼓舞しようとして、結果としてチ ャレンジ精神を失いかけていたとASTDで自己評価しています。日本人なら何 かあると、すぐ反省の弁を述べるところですが、米国が自己反省する姿というの は、ある種の脅威を感じます。そして、Get Betterなマインドセット を身につけるために東洋思想も学び、一人ひとりの向上精神を高め、イノベーシ ョンにつなげようとしている様が今回のASTD参加報告で感じられました。

 東洋思想の代表格でもある「随所に主となる」--。東洋の文化を背負ってき た日本だからこそできるテーマではないでしょうか。世界情勢はますます混沌と しています。その中で、過去の栄光にすがるBe Goodのマインドでなく、 今日よりも明日を良くするためのGet betterなマインドで一人ひとり の向上精神を高め、新しいビジネスに元気に取組む社員を育てたいものです。

この記事へのご意見・ご感想や、筆者へのメッセージをお寄せください(こちら ⇒ 送信フォーム